第一部 記録/安寧の学園
(一)
――イルフォール学園中立国家。
そこは、広大な海の上に浮かぶ、ひとつの四季島だ。島をまるごとひとつ、教育の機関としてもうけた中立の学園国家。次世代を担う子どもたちの生育を目的としたその場所は、出自も貧富も問わない受け皿の広さをもち、孤児から上流階級の子息までが、全寮制の学園で等しくすごす。
基本的な学術や世間一般の教養にくわえ、個々に応じた戦闘訓練や野外活動のほか、各国への
ほかにも、たとえば種族・国家間の小さないさかいなどはあったが、世界的に見れば、ほんのささいな小競りあいのようなもので――
アイは、十歳を数えるころに本大陸の山村で拾われた孤児だ。その後一年半ほどを学園街西区のイルフォール孤児院で過ごし、純暦一九一○年の春に、めでたくイルフォール学園中等部へ入学。同時に学園寮へ入寮する運びとなった。それから三年間をつつがなく過ごし、この春から高等部へ。
外部生を加えての半年が過ぎた純暦一九一四年の十月初旬。
島国の豊かな緑が
その入学生はひょろりと背の高い男子で、耳輪がうえに向けてピンととがっていた。
アイは転入生の
案の定。入学生は、「イナサです」とだけ言って、上流階級の象徴ともいえる家名を、けっして口にしなかった。
「じゃあ、イナサさんの席は、そちらね」
担任のスフィネリア魔導教諭――通称、リアちゃん先生が、彼を席にうながす。彼女は魔導教諭でありながら、魔導術を使えない。そのうえまだ三十二歳とずいぶん若かった。自尊心の高い他の魔導教諭は、彼女にあまり良い印象を抱いていない者も多いが、彼女がこうして教壇に立っているのは、その魔導術への並々ならぬ熱心さと行動力を評価されたからに他ならない。真面目な
時季外れの入学生は、長い足を品よく運び、教室のいちばん奥へ向かった。アイのとなりを通り過ぎるときに、アイはとなりの生徒といつものように軽口をかわしながら、入学生をそれとなく見やった。新しい制服の袖口から、日焼けのない手首がのぞく。彼はそれぞれに黒色の革手袋をはめていた。柔和な横顔に反してどことなく排他的なその黒色が、アイにとってかすかな興味となったことは、言うまでもない。さきほど、彼は自己紹介で、学園で楽しみなことや、運動事が大の苦手だ、などと話しながら、ここぞという時に、
スフィネリア教諭が示した扉側の席。そのとなりには、誰も座っていない。それは、本来そこに座っているべき学生がいなかったからだ。
ざわめいたのは、クラスメイトたちだった。
――ねぇ、あそこ大丈夫?
――大丈夫だろ。だいたい欠席してるし。
――でも、昨日も上級生とケンカしたって。
空っぽの席は、学年でも有名な不良生徒、レヴのものだった。多くは欠席しているが、彼がひとたび気まぐれに現れると、クラスメイトたちはその面持ちを変える。いまにも暴れだすのではないか。目をつけられるのではないか。そんなふうにレヴをおそれて肩をこわばらせたり、あるいは
「ねぇ、アイ。イナサさん、大丈夫かな?」
その声に、周囲の生徒たちの、いくらかは、アイの返答に興味を持ったらしかった。
「ま、大丈夫じゃねぇの? なんとかなるっしょ」
明るいアイの返答に、女生徒らは楽観的すぎでしょー、とけらけら笑い声をあげ、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます