六章②

 メッセージアプリの通知かと思いきや、バイブレーションが鳴りやまない。ということは電話だろうか。

「……なんだろう」

 ポケットからスマホを取り出し、画面をタップすると、そこには『社城果涯』の文字が並んでいた。


(うわ……そういえばあの日、依頼者のところに行く前に連絡先交換してたんだっけ)

 嫌みな相手が嫌みな相手に代わるようなものだが、この際、相手があの果涯でも鶴よりはマシだ。ああなってしまった以上、祖母とはもう冷静に話し合える気がしなかった。

 鶴から逃げているのは、わかっている。でも、電話を無視するわけにもいかない。

 念入りに心を落ち着けてから、通話ボタンを押す。すると、途端にスピーカーから怒声が聞こえてきた。


〈遅い! さっさと出ろよ〉

 ちっと盛大な舌打ち。どうして自分の周囲にはこんなにも他人につらく当たる者が多いのか。

 夜花は思わず、遠い目をしてしまう。

「はいはい、ごめんなさい。……それで、どうしたんですか。急に」

 投げやりに謝罪を口にし、用件を訊ねる。果涯のほうも、夜花に用件を告げるほうが優先であると思ったのか、すぐに冷静な口調になって切り出した。


〈この間の件に関連してるんだが。あの男、廃村で拾ってきたがらくたを周りに配ってやがった〉

「え!? がらくたって、あの、いろんな破片とかを?」

〈ああ。本当、くっだらねえ。廃村に行ったことを知人友人に自慢して回って、『戦利品』と称してがらくたをばら撒きやがったんだ。依頼を受けた以上、それも全部回収して、浄化しなくちゃいけなくなった〉

「うわあ……」

 厄介すぎて、聞いているだけで気分が悪くなってくる。どれほどの規模かわからないが、他人が他人に配り歩いたものをすべて回収するなんて、想像するだに困難だ。

 しかし、夜花が気になったのは、そのことよりも。


「もしかして、私に手伝えとか……そういう話?」

 お前も一度かかわったんだから手を貸せ、などと言われたら堪ったものではない。

 背筋に冷や汗を流しながら訊ねた夜花に、電話の向こうで果涯が笑った気配がした。

〈冴えてるじゃねえか、見習い〉

「いや! 絶対、絶対、嫌です!!」

 果涯の笑い声がスピーカーから聞こえてくる。必死に抵抗する夜花を完全に楽しんでいるようだ。

「と、当主さまに言いつけるわよ!?」

〈親父に告げ口したらシメる〉

 どうやら、当主の名を出すのは彼にとって地雷らしい。「シメる」のトーンが本気だ。

〈安心しろ。お前に回収を手伝ってほしいのは、一件だけだ〉

「一件……?」

〈そう。まれびと――小澄晴の弟のところだ〉


 夜花は目を瞠る。

 狭い田舎だ。どこがどう繋がっていても不思議はない。だが、まさか晴の弟の手に例のがらくたがわたっていようとは。

 果涯は言いにくそうに続ける。


〈例の依頼者の知り合いの弟の友人……だったか。そんな感じの繋がりらしい。小澄晴の弟に接触するんだ、小澄晴本人に伝えずにってのも無理だろ。けど、小澄晴には……兄貴がついてる〉

「兄貴?」

〈……社城瑞李〉

 ああ、と得心した。

 序列一位の兄に、序列四位の弟。なんとなく、兄弟の関係性に察するものがある。つまり、果涯は兄とできるかぎりかかわりたくないのだろう。だから、代理で夜花に回収を頼むのだ。


〈そういうわけだから、お前が小澄晴に話を通せ。いいな〉

「なんで頼む側が偉そうなの?」

 尊大な態度で命令され不服ではあるが、誰にでも苦手なもののひとつやふたつはある。

(まあ一件だけならいいか)

 晴のことは夜花もなにかと気になっている。これを機に、交流を試みるのもいいかもしれない。

〈こちとら、お前の知り合いの今井とやらの浄霊まですることになったんだ。いいから従え〉

「今井さんのことは私には関係ないと思うんだけど……。わかった。じゃあ、回収したらそのままそっちにわたせばいい?」

〈ああ。邪気にはくれぐれも気をつけろよ。たいしたものではないだろうが〉

「はーい」


 なんだかんだ言って、真面目に注意をうながしてくるあたり、果涯も悪い人間ではない。ただ少し、口が悪くて捻くれているだけで。

 夜花は通話の途切れたスマホをポケットにしまった。

「ともかく、善は急げよね」

 先日見た感じだと、あのがらくたについていた念は、長く放っておくべきではないだろう。行動するのは早いほうがいいはずだ。

 仕方なく、夜花は居間への道を戻った。


   ◇◆◇


 夜花が仏間を立ち去ってすぐ。

 千歳は鶴に向き直る。

「それで……村野鶴さん」

 そう呼びかけると、鶴の動きが一瞬止まり、警戒するような彼女の鋭い視線が千歳を貫いた。

「あんた、あたしのことを調べたのかい」

「いや、夜花の身辺は調べたけど、あんたについては詳しくは調べていない。なにしろ、何十年分もの情報は簡単には集まらないし」

 千歳は肩をすくめるが、鶴の警戒が解かれる様子はない。かまわずに続けた。


「ただ、思い出したんだよ」

「なにを」

「六十年くらい前、社城址培しばい……若かりし頃の先代社城家当主に、よく付きまとってた女の子がいたことを」


 今度こそ、鶴は目をこれ以上ないほど大きく見開き、絶句する。

「俺のいた学年からだと、三つ下だったかな。あの頃はまだ少子化だの過疎だのの問題もなくて子どもの数は今より多かったから、普通なら三つも下の子なんて覚えてないんだけど……あんたは確か、屋敷にまでついてきていたことがあった」

「な、なにをそんな、小僧が見てきたかのように」

「実際に見てきたから。そして、これが、あんたが望む社城家だよ。まともなやつなんぞいやしない。本当に、孫娘を社城家に入れたいのか?」


 千歳は真っ直ぐに鶴を見つめた。

 ひどく動揺しているようで、彼女の手がぶるぶると震える。視線は畳のどこかに向けられ、完全に硬直していた。

 しかし、思ったよりも早く、鶴は我に返って息を吐き出す。


「それでも……だよ。社城家には、すべてがある。だから追い求めるんだ」

「すさまじい妄執だな。なにがあんたをそこまで掻き立てる?」

 千歳の問いに、鶴は湯呑の茶を一気に飲み干してから、おもむろに返した。

「あたしゃ、見たんだ。あの夜に」

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