第20話 ミスティ
袖を掴まれて、カイはブロッサムの顔を見た。
真っ青になって小さく震えている。
(まずい!吐く寸前だ!!)
今ブロッサムは必死に耐えている最中だ。
すぐに連れて行かねば。
「すみません、通して下さい。」
ブロッサムは歩くことも、ままならないようだった。
いつもの様に抱き上げ、運ぶ。
慣れたものである。
(まだ出てきてはダメですわ!
我慢して下さいまし、吐瀉物さん!)
自分の胃の中に、必死に語りかけるブロッサム。
淑女として、負ける訳にはいかない戦いがそこにあった。
イザークが、先回りしてドアを開けてくれる。
こちらも、慣れたもの。
「近くにトイレがある。
一旦そこへ。」
イザーク、ブロッサムを抱えたカイ、アクアが走って行く。
トイレの入り口で、カイはブロッサムを降ろす。
アクアに付き添われ、よろよろと入って行くブロッサム。
(あまり吐いていると歯が溶ける、と聞いた事がありますわ。
大丈夫かしら?)
ブロッサム、虫歯ゼロが自慢だ。
子供の頃から、食後の歯磨きを徹底的に教え込んでくれた両親と使用人に感謝。
ある程度落ち着いたら、またカイに運ばれて用意された休憩室へ。
ベッドに寝かされるとブロッサムは、気絶する様に眠りについた。
――ブロッサム
澄んだ女性の声がした。
(まあ、どなたかしら?
わたくし、今休んでますの。
御用なら、アクアに言っておいて下さいませ。)
――ごめんなさいね、わたしのせいで苦労させて
(わたしのせいで?
もしかして、グレイス様?)
やはり、先ほどの聖騎士達の動きは彼女の指示だったのだろうか?とブロッサムは思った。
霧のせいで周りが見えない。
……何時、外に出たのかしら?
霧の中から銀髪の女性が現れた。
灰色の目をした美しい女性だ。
(誰かしら?
お母様に似ている……)
ローズに似ている思うと、フローラにも似て見えた。
かと思えば、アクアやソフィア、マーガレットにも似ている。
表情によってはヴァネッサやミレニアムにも……
ブロッサムの知っている全ての女性に似ていた。
――わたしの名はミスト
あなたに話したい事があります
(まあ、女神様と同じ名前。
でも、教会の像よりも可愛らしい方ね。
ミスティと呼んでもいいかしら?)
――ミスティ?
女性は驚いたようだった。
(あら?
あだ名をつけられるのは、お嫌?
可愛いと思うのですけれど。)
――嫌ではありません。
あだ名をつけられるなんて、初めてだわ
(そうなんですの?
きっと、貴女が神秘的で美しいからみんなが遠慮してしまったんですのね。)
――そうなのかしら……
(照れてらっしゃるわ。)
微笑ましく思っていると、女性はブロッサムに近づいてきた。
――わたしが、あなたの前世の記憶を消さなか った理由を教えます
これを見て
掬った水を差し出す様に、掌を上に向け近づけてくる。
そこには、青く丸い水晶のような物があった。
(これは、何ですの?)
――惑星ミスト
こちらが、光半球
今、こちらに向いている方は青い海と、たくさんの島。
その上をゆったりと雲が流れている。
――そして、こちらが闇半球
くるりと回転して、反対側が見えた。
灰色に煙って、中は見えない。
――少し見やすくしましょう
灰色が薄れて海や地面が見えてきた。
黒い海、砂漠化した大陸、その真ん中にビル群の様に立つ禍々しい物。
――これが、魔王
宇宙から来ました
これが来てから、多くの種が滅んでしまった
声音に悲しみが混じる。
――既に眠りにつきし、太古の神々が目覚めたなら、魔王を消し去る事も可能
でも、天変地異により今生きている他の種も全滅する
――だからわたしの様な新しき神が、人間に神聖力を与えているのです
新しき神は、人を通じてしか力を使えない
――しかし、問題があります
神聖力は、使い手の人間の意識に影響を受ける
今、人間の意識は変わりつつある
――ブロッサム、惑星はどんな形をしていますか?
(?
ボールみたいな真ん丸ですわ?
何故ですの?)
厳密には完璧な球では無かったようにも思うが、だいたいそんな感じの筈だ。
――最近の人間達の中には、こうだと思っている者もいます
ミスティの手の上で、惑星ミストはぺしゃんこに潰れた。
(ひゃっ!?)
ブロッサムは驚くが、ミスティは微笑む。
――実際のミストが潰れる事はありません、安心して
(そうなんですのね。)
皿の様に平らな海の上に地面が乗っている。
先ほどまで見ていた闇半球だ。
くるりと裏返り光半球になる。
(ぱっと見、正距方位図法の地図の様に見えますわ。
その上に陸地の模型を乗せたみたい。)
前世の知識が頭をよぎる。
こういうのを趣味で作る人もいたなあ、と。
――しかし、意識の変化は結界に影響を与えます
ブロッサムとミスティから少し離れた場所に、聖女服の女性が現れた。
整ってはいるが特徴がない、マネキンみたいな印象の女性だ。
(誰?)
――誰でもありません、ただの3Dモデルです
分かりやすくしようと思って
(まあ、親切ですのね。)
不思議な事が次々と起こっているのに、のんびりとした感想を述べるブロッサム。
彼女は、結界を展開させる。
術者を中心とした球形の結界だ。
――意識が変わると、こうなります
結界の上下が狭まって、どんどん平べったくなっていく。
洗面器をひっくり返した様な形になった所で、やっと止まった。
上も狭いが、それよりも下がかなり浅い。
(ずいぶん薄っぺらになりましたわ。
これでは、上下が心許ないですわ。)
――その通り。
人々が上や下に広がる空間を忘れても、魔王はそれを覚えている
そこから、攻撃されるでしょう
……だから、あなたの前世の記憶を消さなかった
前世では、地球は丸いのが当たり前だったでしょう
その知識を持つあなたが、今は必要なのです
(?
今世でも惑星は丸いと習いましたわよ?)
――神聖王国は、魔王以前の文化が色濃く残る場所
実感しづらいかもしれません
ですが、今世で他の惑星についての話を人から聞いたり、本をみたりしましたか?
地下や深海については?
それらの知識は今、急速に失われつつあります
かつてこの惑星には、地球と同じ水準の科学があったのに……
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