第34話 風呂に入りたい

『お風呂はいっちゃってもいいかもね』と言った栗花落さんに、僕は『先に入っていいよ』と促し、栗花落さんはお風呂へと向かっていった。


 ……別に一緒にお風呂入れるとか思ってなかったもん‼︎ 勿論交代でお風呂に入るつもりで言ったんだもん‼︎


 ……ごめん。でも期待はしてたわ。


 流石に栗花落さんと一緒にお風呂に入れるなんて、本気で思っていたわけではない。

 好き合ってもいない高校生の男女が、一緒にお風呂に入るなんてあり得るはずがないのだから。


 とはいえ、今は状況が状況だ。


 僕の予想では、青谷君と明日見さんは一緒にお風呂に入っていた。

 僕が栗花落さんの家で栗花落さんを押し倒したときに、青谷君の記憶が少しではあったものの戻ったことを考えても、きっと青谷君と明日見さんは体の関係を持っていたはずだ。


 小学生や中学生で体の関係を持ったことがあると言われれば流石に驚きを隠せないが、高校生とともなれば、体の関係を持っているカップルも多くいるだろう。


 青谷君と明日見さんが一緒にお風呂に入っていたとなれば、僕と栗花落さんが一緒にお風呂に入ることで青谷君の記憶を思い出す可能性はある。


 だから、もしかすると、一緒にお風呂に、入れるかも? なんて思っていたが、そんな夢は儚く散った。


 ……いや、いくらなんでも最低だな僕。


 ツラツラと建前を並べては見たが、結局は僕が栗花落さんと一緒にお風呂に入りたい、栗花落さんの裸を見たい、という性欲に塗れに塗れた最低な考えを持っているだけ。


 これでは青谷君が明日見さんから絶大な信頼を得ているように、僕が栗花落さんから絶大な信頼を得ることなんてできないだろう。


 はぁ……。自分が嫌になるな。


 僕は自分の感情なんて押し殺して、最大限栗花落さんに協力するつもりだ。


 それなのに、結局はこうして性欲に塗れ、ただのケダモノに成り下がってしまっている。


 僕は眼下に広がる壮大な景色を前に、自分がいかに程度の低い人間であるかを思い知らされていた。


「理人くーん」

「どっ、どうした⁉︎」


 僕が自分の最低さに落ち込んでいると、風呂場の方から栗花落さんに呼ばれる声が聞こえてきた。


 まさか一緒に----。




 パチンッ。




 僕は自分の頬を叩いた。


 今まさに、自分が嫌いになってたところだろうが。

 二度とそんなこと考えるんじゃねぇぞ低俗なケダモノが。


 きっとシャンプーがないとか、何かをカバンに忘れたとか、そう言った類の話だろう。


 そう考えながら、僕は浴室の扉の前まで歩いていった。


「何かあったか?」

「いやっ、その……。流石に一緒にお風呂に入るのは厳しいけど、せめて浴室の扉の前まで来てもらってお話しした方が、前世の記憶を思い出せる可能性が高まるかなと思って」


 一緒にお風呂に入るのが厳しいのは当然として、栗花落さんが浴室の扉の前であったとしても、こうして僕を呼んでくれたのは嬉しかった。


 それだけじゃない。


 今の発言からするに、栗花落さんも一度は僕と一緒にお風呂に入るかどうかを頭の中で検討したことになる。


 それが僕のように性欲に塗れているわけではなく、前世の記憶を思い出し、消し去るためだというのは理解している。


それでも、扉を挟んでいるとはいえ、服を見に纏っていない状態の栗花落さんが僕と会話をしてくれようとしたのは、明日見さんと青谷君ほどじゃないにしろ、多少は信頼されている証拠だ。


「それは僕も考えてた。……なんなら一緒に入るのもありかな、って思ったのは正直に謝っとく。ごめん」


 栗花落さんが信頼してくれているのに、自分が後ろめたくなるようなことを考えていたのが申し訳なくて、僕は自分が考えていたことを素直に栗花落さんに伝えた。


「何それ。そんなこと正直に話さなくたっていいのに。そりゃ前世の記憶を思い出すためには明日見さんと青谷君がしていたことをマネするべきでしょうし、本来なら一緒に入るべきだったかもしれないってのは私も思ってるわよ。でっ、でもその、流石に一緒にっていうのはね……? 流石にその、ちょっと恥ずかしいというか……。私、大きくないし」

「ブフゥッ⁉︎」

「ちょっ、なんで笑うのよ⁉︎」


 僕は栗花落さんの発言に思わず吹き出してしまった。

 いや、気にしてるのそこなのかよ、別にもっと気にすることがあるだろ。


「いやだって、そりゃ裸見せ合うのなんて普通に嫌だろうにさ、大きくないからって言われたらわらっちゃうって」

「なっ、気にしてるんだからそんなに笑わないでくれる⁉︎」


 気にしているっていっても栗花落さんって普通に胸なかったっけか?

 僕のイメージではある程度膨らみがあったような気がするんだが……。


 なんてことを言ったら『どこみてんのよっ!』なんて往年のギャグを聞かされることになりそうなので、そうフォローするのはやめておいた。


「まだ高1だぞ? これからいくらでも大きくなるかもしれないじゃないか」

「そっ、そうだけど……」

「それに胸だけが全てじゃないだろ。青谷君だって明日見さんの胸に惹かれたってわけじゃないだろうしさ」

「確かに明日見さんは小さかったわね。それもかなり」

「だから気にしなくていいと思う。栗花落さんには栗花落さんにしかない魅力が沢山あるんだから」

「あっ、ありがと……」


 あれ、今僕かなり恥ずかしいこと言ったか?


 いや、まあ栗花落さんの発言の方がよっぽど恥ずかしい発言だろうし、もう気にしないことしにしよう。




「……私、最初は理人君に『なんでアンタみたいな陰キャぼっちが』なんて言ったと思うけど、今では青谷君の生まれ変わりが理人君でよかったなって思ってる」

「えっ、それはどういう--」

「さっ、私もうお風呂上がるから向こう行ってて」

「あ、だから今の発言は……」

「何? レディーの裸を覗き見する気?」

「そっ、そんなわけないだろ⁉︎」


 栗花落さんが僕でよかったと思ってくれている理由を聞きたかった僕だが、栗花落さんの作戦のおかげで理由を聞くことはできなかった。


 ただやはり、栗花落さん本人が言ってくれたのだから、自意識過剰なんかではなく、僕と栗花落さんの関係は少しずつ深まっていっているのだと思う。

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