第53話 君の傷⑷

 私は孤独だった。子供の時から、ずっと、孤独。幼稚園でも、友達は出来ない。


 習い事も、帰る時はいつも独りだ。周りの人は、いつも親が迎えに来てくれるのに。


 両親はジャーナリストで、ほとんど家に帰ることは無い。


 家事代行サービスの人が作り置きしてくれた夕飯を温め、それを食べる。虚しい気持ちになる。でも、言い聞かせた。


 明日には、両親が帰ってくるかもしれない。そう、毎日言い聞かせた。それだけで、孤独は薄れた気がした。


「では、失礼します」


「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げ、家政婦さんを送り出す。あの人はきっと、私が嫌いだ。だって、笑っている顔を見た事がないんだから。


 彼女が帰ってからは、お風呂を沸かして、風呂に入って、寝る。


 そうすると、余計にお腹が空かなくて済むのだ。


 そして私は、祈るのだ。明日には、両親が帰ってくるという、ありもしない幻想を、夢見て、夢を見る。


 しかし、その明日は一生来ることは無かった。飛行機が、墜落したのだ……。


 入学式、前日の事だった。


 私がいなければ、両親は飛行機に乗ることもなかったのだと、何度自責の念に駆られただろう。


 その日から、私は生きる意味も、死ぬ意味もなくなった。


 帰ってきた両親と話し、頭を撫でてもらうのが生きる理由だったし、死ぬ理由なんて、毛頭ない。


「ねぇ、真理ちゃん」


 両親の葬式で、私はお母さんの弟さんに声をかけられた。会ったのは、祖母の葬式以来か。


「家に来ない?父方の祖父母の方も亡くなられて、身寄りないんでしょ」


「……いいんですか?」


「良いも何も。僕は君の叔父さんなんだからさ、手助けさせてよ」


 その言葉を聞いて、私はぶわりと鳥肌をたてた。


 こんなこと、言われたことなどなかったから。


 この人となら、家族になれるかもしれない。孤独を、紛らわしてくれるかもしれない。


「……こちらこそ、よろしくお願いします」


「うん、なら明日あたり荷造り手伝いに行くね。諸々手続きをして、引越し自体は一週間後とかになるかもだけど、大丈夫かな?」


「はい、大丈夫です」


 一人暮らしなんて、慣れている。それよりも、私はここから先の未来に、希望と期待を膨らませていた。


 そして、新生活が始まった。親に送って貰っていたランドセルを背負い、少し散り始めた桜を巻き上げて、走る。


 驚いたのは、私が大して両親の死を憂いてなかったこと。


 所詮私は、安心材料が欲しかっただけ、先行きの不確かな未来が怖いだけなのだ。


 でも、そんなことは気にしなかった。今まで両親とほとんど暮らしてこなかった私には、家族と過ごす日々が、楽しすぎたのだ。


 叔父さんや、叔母さんも優しく、兄妹も私を受け入れてくれた。


 私が末っ子ということもあったのかもしれない。ずっとそんな日々が続けばいいと、そう思っていた。


 そう、思っていた。


 ある日、叔父さんが私たち3人を集めて話をした。


 なんでも、叔父さんのお姉さんの気が病んでしまい、病院に入ることになったので、そのお子さんを引き取りたいとのことだ。


「実は、真理ちゃんと同い年の子なんだ。男の子なんだけどね」


「可哀想に……」


「真理ちゃん、私たちで慰めてあげようね」


「う、うん……」


「ちょ、僕は!?」


「お兄ちゃんは、少し経ってからねー」


「そんなー!」


 あははは、とみんなが笑う。私も、苦笑いを浮かべた。


 まずい、このままでは皆に愛されなくなってしまう。家族が、取られてしまう。それが、怖くて、寂しくて、しょうがなかった。


 そんな私に、「真理ちゃん」と叔父さんが声をかける。


「あの子は今、心に深い傷を負っている。君と同じ傷だ。だから、彼に寄り添ってあげて欲しい。それが、君の傷を埋めることにも、繋がると思うんだ」


「そう……、ですね」


 あぁ、そうだ。私は、きっといつまでも満たされることは無いのだ。


 満たされた状態を知らなければ、満たされることなんて、ないのに、私は今まで満たされようとしてきた。所詮、無い物ねだりに過ぎなかったのだ。


 私が満たされるものなんて、この世にないのだ。


 そうやって、ズルズルと過去を引き摺ってる間に、居候が家にやってきた。端正で中性的な顔立ちをした、少年だった。


 第一印象は、暗いやつ。その次に、なよなよしたやつ。最後に、女々しいやつ。


 確かに、可哀想だとも思ったが、それ以上に悪い所が目立つ。


 だから私は、蓮に強く当たった。でも、彼は私に寄ってきた。


「……貴方、なぜ私に構うの?貴方、私の事嫌いでしょ?」


 帰路を歩く中、私が質問すると、少し後ろを着いてきていた蓮がびくりと肩を震わせた。そして、ゆっくりと口にする。


「あの…、俺、大人の人、苦手なんだ」


「お兄ちゃん、2つ上だよ?まだ子供でしょ」


「それでも、怖いんだよ……。でも、あの人たちは俺に優しく接してくる。その裏で、どんな風に思われているのか分からない。それなら、思ったことをちゃんと言ってくれる君の方が、幾分もマシだ」


 ……驚いた。蓮は、私の事を気に入ってくれてたんだ。その時、私は彼に少し惹かれた。


 しかし、彼はきっと兄と姉が根っからの善人であると気がついてしまう。


「やだな……」


 その時、私の中の悪魔が囁いた。「お兄ちゃんとお姉ちゃんが、蓮の家庭事情をばらしたことにすればいい」と。


 私はそれに従い、翌日には「お兄ちゃんたちから聞いたんだけど、西川蓮って父親に逃げられて、その後気が荒れて八つ当たりしたせいで母親が気を病み、今度は叔父である父にまで寄生しようとしてる」と、あることないこと流した。


 その結果、蓮は孤立し、お兄ちゃんたちは周りから陰口を叩かれるようになった……。


「蓮……」


「お前が言いふらしたんだろ。最低だ、お陰で俺の居場所はなくなったよ。それと、もう信じないことにしたんだ。お前も、兄ちゃんも、姉ちゃんも」


 そう言った彼の目は、とても悲しそうで、苦しそうだった。


「違う、違うの……」と心の中で叫ぶも、自責の念がそうさせない。


 あぁ、また失敗した。ちゃんと伝えればよかったのに。


 その一週間後、蓮は家を出て、その後は私は虐められた。当たり前だ。あんなデマを流したんだから。


 首謀者は、他でもないお兄ちゃんとお姉ちゃんだった。無理もない、むしろ当然。でも私は、家では仲のいい家族を演じた。それが、罪滅ぼしだったのだ。


 そして私は中学入学直前、耐えきれなくなり一人暮らしを打診した。


 叔父はあっけなくそれを認めてくれ、隣町の学校の近くのアパートを一室借りた。


 お金は両親の遺産から借り、高校になったらバイトをしてバイト代から払う、そう決めていたのだ。


 その3年後。私は学校で蓮を見つけた。声をかける気など、もうない。

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