古書店の鏑木さん

はた

第1話「都市伝説の多重人格作家」

「さあ、2024年度角山文芸大賞の発表です!!」


 角山文芸大賞とは現代文壇における最高峰の文化賞。あの芥川賞や直木賞にも匹敵する栄誉ある賞である。


「なあ、誰が受賞するかな?」

「決まってるだろう、今年の目玉は…」


 記者たちの予想は、既に一人の作家に絞られていた。

それは…


「兵頭良訓(ひょうずりょうくん)先生の、『星屑の鯨、大海に沈む』が満票で選抜されました!!」


 その時、会場中が絶賛の歓声で満たされた。


 兵頭良訓。現代の文筆家の中でも抜きん出た才能を有し、その変幻自在の作風から「千の文体を持つ男」と呼ばれている。この男を超えるものは、未来永劫現れないと言われていた。


 若手の注目株。日本文壇の救世主。正に現代文壇に必要な「天才」だった。


「それでは、兵頭先生に感想のインタビューを行いたいと思います。圧巻の受賞おめでとうございます。いかがですか?」


「まずは全ての読者の皆様に感謝を伝えたいですね。私のようなものは読者様があって、初めて存在できるのですから…」


 兵頭は慣れた口調でインタビューに答える。


「やはり兵頭先生か…格が違うよな。若手のホープだ」


 記者たちの予想通りの選出。まさに日本の宝だ。その時、年配の記者が話しかけてきた。


「なあ、君ら知ってるか?」

「何をです?」


「もう40年も前の話だが、兵頭先生のような…いや、それ以上の天才作家がいたんだよ」


 記者たちは初耳だった。中には生まれていなかった記者もいる。


「なんせ、ノーベル文学賞受賞を、5度も辞退したんだからな」

「はぁ!?なんスか、そんなデタラメな!!」


「そりゃ、兵頭先生より上ですが。…存在したらの話ですけど…」

「彼も「多重人格作家」なんて呼ばれていたよ」


 そんな作家は日本、いや世界中を探しても存在しないだろう。まさに奇人だ。


「なんでもそのせいで、政府のメンツをつぶしたとかで、文壇を追放されたらしい」


 その存在を知る者は年々、減ってきている。今ではその存在すら怪しくなってしまった。他の記者も話に入ってきた。


「そうそう、今や眉唾の都市伝説だ。名前は確か…」


「西山明憲(にしやまあきのり)」


 もし彼の後継者がいれば…。兵頭良訓など敵ではない。伝説だけが独り歩きした、代表作すら分からない作家である。

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