第12話 英雄の誕生と敗北者
Sランク冒険者がいとも簡単に倒され、あまつさえ無惨な状況になってしまっている事に配信のコメントは大盛り上がりであった。
同時接続者数は50万人を超え、コメントの速度もどんどんヒートアップしていく。
だが俺ははっきり言って気分が悪くなったので、コメントを見ないようにした。
「───ひでぇな、これは。 ……魔物もだが……視聴者が物凄く民度が悪い……人の不幸をこんなに騒げるなんて……本当にひでぇ奴らだ」
心配のコメントもあるにはあったはずだが、大多数は倒れた配信者に対する罵倒や嘲笑ばかり。
「この女の人、なんでこんなに嫌われてるんですかね〜」
梨奈の言葉に、俺はスマホを広げこの配信者についてググって見ることにした。
「ふむ……? 彼女の名は
彼女の非公式wikiには、彼女が実力的にはAAAより下という評価を下された試験結果が貼り付けられていた。
そして近々ランク降格処分されるかもしれないと配信内で言っていたことも俺は知ったのだ。
「ランクの降格ってあるんですか?私、全然詳しくなくってぇ……」
梨奈はパンケーキを片手にそう訪ねてくる。
「あるにはある……としか。 でも基本稀だぞ?……何よりSランクなんて自己申告ぐらいでしか降格させられる事なんてないと思うけどなぁ」
「はぇ……そんなもんなんですねぇ☆案外図太い人ほど生き残るシステムって訳ですか☆」
図太い……いや間違いじゃないとは思うんだけどね?なんというか、図太い……か……んんぅ。
「────誰……か……」
と、配信の中で引きずられていたユナが泣きながら助けを乞う声が聞こえてきた。
……あまり気持ちのいいものじゃない、否。 死ぬほど気持ちの悪いことだ。
だが俺の心持ちとは裏腹に、コメント欄はどんどん酷い言葉で溢れかえっていた。
中には───、
『あんたが死ねば、そこの枠に私達が滑り込めるかも!』とか『ざまぁwwwwアンチを煽った罰だ!』とか『史上初!偽Sランク冒険者ユナ、無惨に魔物の餌になる!マジで酒がうめぇ!』とか『ここで死んだら最高に盛り上がるぜぇ?』みたいな、酷いと言う言葉すらはばかられる事を平気でコメントに書き込んでいるやつすらいた。
「…………誰………………か…………」
あまりの惨状に思わず俺は走り出しそうになるが、そもそも彼女が何処のダンジョンなのか、そして彼女がボス部屋にいた場合等を考えて、足がすぐに止まる。
「────誰が助けに行ってくれッ……これは、あまりにも……」
「人って醜いですね先輩。 私冒険者ってこんなに頭のおかしい奴しかいないこと、知らなかったです」
梨奈の言葉が妙に突き刺さる。
「……くそっ、これで死んだとか聞かされたら胸糞悪いとかいう話じゃねぇぞっ!!……ん?」
どうしようもない現実に、思わず目を逸らしそうになったその時の事。
「──────僕が来たからもう大丈夫です皆!!!」
何者かが配信に乱入したのだ。
それは白髪の少年だった。
その姿は、多分きっと主人公のように光り輝いていた事だろう。
*
「僕の名前は
タクミはそういうと背中から取り出したロングソードを取り出す。
それだけじゃなく、左手にはハンドガンが握られていた。
「誰ですか?このタクミっていう男。 見たところそこまで強そうには思えませんケド」
梨奈は画面を見ながら、そう呟いた。
その意見には俺も賛成だ。あまり強そうには思えない。
「むしろそれじゃ犠牲者が増えるだけじゃ……」
そう思っていた俺の前で、タクミと言う少年は有り得ないほどの力を見せた。
*
「「「グルルァァァァァァア────!!!」」」
頭に弾丸をぶち込まれた魔物は、怒り気味に手に抱えた女を投げ飛ばすと、獲物である巨大な大剣を構えた。
そこで初めて画面を見ていた人達は、その魔物がどんな魔物なのかを知ることとなった。
「……牛、いやミノタウロス……?」
半人半獣の魔物、ミノタウロス。
古代ギリシアにおける
冒険者協会が指定する魔物のランクはS
頭は牛で、肉体は男と言うそれは身の丈ほどの大剣をタクミに向かって振りかぶる。
先程まで非難轟々であったコメント欄は、新たな乱入者の登場や、ミノタウロスに関するコメントなどで溢れかえっていた。
俺も梨奈も食い入るように画面を見守る。
少し薄暗いダンジョン内部で、ミノタウロスと少年タクミの剣戟がぶつかり合う音と火花が煌めいていた。
だがタクミの方がどうやら一枚上手だったようだ。ミノタウロスの突進攻撃を躱し壁にめり込ませ、隙を晒したところに必殺の一撃を打ち込んだのだ。
決着はわずか一瞬で行われた。
轟音がとどろき、ミノタウロスがゆっくりと倒れ、そしてそれを貫く形で立っていたタクミの姿。
それらが揃った時、コメント欄に自然とこの言葉が打ち込まれるようになっていたのだった。
「───まるで、『英雄』だ…………っておーい?梨奈?」
俺は隣で見ていたはずの梨奈がまるで興味を無くしたかのように唐揚げを食べている事に気がついた。
「……見ないのか?」
「……食べてた方が気が楽なんです。 息苦しかったのであの場面は」
「……それもそうだな。 まぁじゃあ食べるか───すまんなこんな、明日誕生日だってのに……」
「先輩、一旦さっき見た光景は忘れましょうね。 ご飯に集中ですよ☆」
そういうとご飯を食べ始める梨奈。
彼女を見習って俺もご飯を口に入れる。──けどやっぱり気になったので、チラチラと横目で画面を見ていると。
「素晴らしい!!タクミ君と言ったね。 君はSランクすら倒してしまう強敵を一人で倒して見せた。 そんな君にSランクは自然と付与されるだろう──今日は君という新たなSランク冒険者の誕生を祝おうじゃないか!!」
いつの間にか合流していたのか、キョウヤがそこにいた。
彼は新たなSランク冒険者の誕生を祝して祝いの言葉を述べている最中だった。
……へー、そっか。あれはボスだったのか。
なら尚のこと俺は焦る必要も特になかったって訳だなぁ。 やーすっきりすっきり。……。
嘘である。
「───先輩、画面見ながら……しかも死ぬほど苦しそうな目で見ないでくださいよ。 ご飯が不味くなっちゃいますよ?」
「あ、ぁぁ……すまん、……」
俺は慌てて画面から目を逸らす。
だがとある光景が何故だか頭の中からこびりついて離れないのだ。
それは───、
倒れて、必死に這いつくばって助けを求めていたユナを……誰一人として見向きもしなかった事だった。
「…………俺はアイツらは嫌いだ。 冒険者として守るべき人道を無視しすぎているっ」
誰かに助けを乞う人を放ったらかし、新たなSランク冒険者を祝うなんてあまりにも……ふざけている。
それでも多分、視聴者も含めあの場にいた誰もが優先していない。
……俺が、助けに行けたら……なぁ……。
ボス戦ができない自分の歯がゆさを、改めて思い出しつつ俺はご飯と向き合うのだった。
味が少し薄く感じた。
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