第10話 無茶なお願い

「先輩、私パンケーキ食べたいです!」


 家に帰ってくつろいでいると、梨奈が突然そんな事を言い出した。


「どうした急に。 言葉にするだけじゃ世界は動いてくれないぞ?」


「辛辣ですねー先輩。 そういえば私明日誕生日何ですよねー。 ……だからぁ? でっっかいパンケーキをたっっくさん食べたいんです! バター塗りまくって、メープルシロップを沢山かけて……」


 とても目をキラキラとさせて、梨奈はチラッとこちらを見ては目を逸らすのを繰り返していた。


「カロリーはどうなんだ? 俺はあんまり女の子の食事事情に首を突っ込む気はねぇんだけど……太らねぇのか?」


 ふと疑問をぶつけてみた。

 "ごすっ"

 頭にチョップを叩き込まれた。


「先輩ー。 女の子に太る、とかそんな現実的な話しちゃダメですよ? 私だから可愛らしく殴る程度で済みましたケド──人によっては刺されますよ?」


 可愛らしく?とは思う威力だったのだが、涙目で俺は頷く。

 というか昔から女子の地雷を踏みまくってボロカスに非難されてきた俺からしてみると、そもそも女子ってのは扱いが訳分からないんだよなぁ。


「先輩? ぼーっとしてますけど、さっきの話わかってくれましたよね? パンケーキをたっくさん食べる! それが私の誕生日プレゼント!───って事で先輩、食材を買ってきてください!」


「俺かよ。 はい、ワタシガイッテキマス」


 睨む目が狩人の目に変化したので慌てて俺は財布を手に外に飛び出した。


 ……あの見た目からは想像つかないほど、彼女は推しが強く暴力的だと思う。多分あのままだと殴られてたって絶対。

 ……ん?LINE……あー、これを買って来いって?


『先輩に買ってきて欲しいものは、パンケーキの粉と卵、牛乳とフライパン。 それからホワイトチョコレート一つと、生クリームとぬいぐるみ(概要はこのURLを→http:■■■■■)よろしくお願いしますね☆』


 俺は使いっ走りかよ!?

 ……ま、まぁ?頼られるってのは嬉しいことですし?別にやってあげなくも────高っ!?何このぬいぐるみ……しかもこれ限定品じゃねえか!?

 すぐに俺はLINEを送信する。


『あの梨奈様、ぬいぐるみ、高いし限定品なんですけど……』


 2分後


『え?買ってきてくれないんですか? 限定品なんて先輩の手にかかればサクッと買ってきてくれるはずですよね?頑張ってください先輩☆ファイトですよファイト♡』


 ……しばらく俺は頭を抱える。

 くうう……なんという女だ。


 だが頼まれてしまった以上、確かに俺は断れない。否、断って失望されたくは無い。

 ……何より。


「こんな俺の事を忘れなかった人に嫌われるのは、二度とごめんだ。 あぁ、仕方ねぇな……ったくアキバ辺りに売ってたりしねぇのかなぁ……」


 胸の奥がズキズキとしたけれど、それでも俺は自分を覚えてくれる優しい──かは分からないけど、可愛らしい後輩の為に一肌脱ぐことにしたのであった。


 *


 俺は今、人混みに押しつぶされている。多分もうすぐあの世に行く。


「せ、まい……人、が……ゴミのよう……に……」


 普段休日にアキバなんて行かないし、そもそもほぼ外に出ない俺からすると久しぶりすぎた電車は……地獄絵図だった。

 しかも……コレはまぁ世界がダンジョンとか冒険者とかそう言った要素が増えた弊害なのだが、電車の中の人は殆どの人が防具をつけているのだ。

 流石にフルアーマーとかのバカはいないが、それでもレザーアーマーとか、かっこいいマントとか、そういったものを装備している人がほとんどだ。


 まぁダンジョン前に着替える場所は少ししか無いから、仕方の無いことではあるんだけども……その結果まぁレザーっていうのは革なわけで。

 それが擦れ会う度に熱が生まれ、そして擦れる衝撃で体が押しのけられるのだ。


 ……例えるならガッチガチに固定されているような感じだ。


「……早く、着いてくれ……頼むって……」


 地獄はあと30分ほど続く。その間何人もの冒険者が出入りしていた。


 *


「……着いた……アキバ……秋葉原……」


 俺は何とか秋葉原に到着した。

 駅を出るとすぐに秋葉原名物の巨大な立て看板と馬鹿でか広告が見えてくる。


「お、Sランク配信者にして、チャンネル登録者数1245万人のVTuber《真島 マジカ》さんじゃん!……ふふふあの人が登録者12人の時から見ているこっちとしては、誇らしい気持ちだぜ」


「こっちは、げぇぇ……。 Sランク冒険者最強、世界ランク2位の《久遠 恭弥》……キョウヤかよ……」


 その看板を遥かに凌ぐサイズの巨大看板では、白髪のイケメンが決めポーズをしていた。

《久遠 恭弥》……チャンネル登録者数3億2000万人の化け物。

 所持する二つ名は《剣聖》《魔王》《審判者》《迷宮踏破者》《超越者》《魔剣王》etc……。

 曰く、日本の中で彼より強い冒険者は居ないとされる最強の存在。

 有名な配信では、《東京第3ダンジョンソロで踏破してみた》や《モンスターパレードとスタンピードを同時に処理してみた》やら《緊急/ボス21連発。 勝てるまで耐久》とかがある。

 ……ちなみにどれも20億回越えの再生数を誇る化け物である。


 ……ちなみに俺も見ているが、まぁやばい。

 もはや画面の中で何が起きてるのかさっぱり分からないままボスが死ぬ。

 あまりにすごすぎて、最近は政府機関やら国連やらと組んで各国の踏破しずらいダンジョンを破壊して回っているらしい。

 ……バケモンだろ。


「……ま、まぁ?俺もボス戦出来たらあんぐらい余裕だしー?」


 言ってて虚しくなったのでやめた。


 とりあえず今は……っ、あの看板は……。


 早いとこ買い物を、と探していた俺の前にまたしても看板が現れた。


「《紅蓮 凱》……Sランク第5位……クソ野郎め」


 その看板の中で高笑をしている男は、俺が許せない男だった。


《紅蓮 凱》

 チャンネル登録者数8500万人の迷惑系人気配信者だ。

 そして、びっくりするほど女に手を出しまくるヤリ男でもある。

 人気配信は《人気Vの素顔が可愛かったので、後で食ってみた感想》とか《ダンジョン攻略で出会った美人と寝た結果》とか《耐久枠/ダンジョンの中で歌っていたら何人の女の人に話しかけられるのか検証してみた》とか。

 ……低俗で下品。反吐が出る。


 なぜ俺はこんなにこいつのことを嫌いなのかと言うと……。

 そりゃあ自分の推しを寝盗られたからにほかならない。


《鈴瀬 ミコト》という推しが昔いたのだ。

 めっちゃ美人って訳じゃないし、リアクションとかも普通だったし、登録者だって1万人すら行かない程だったVTuberだったけど。

 ファンの人をとても楽しませてくれる人だった。

 俺もスパチャを何回も投げたし、ライブにも行った。

 最高額は5万×6。

 結構無茶したけども、喜ぶ姿が可愛くって投げたのだ。

 バイト代から日々の生活費すら投げ打った。


 ……そして彼女の人気が徐々に広まって言った頃、彼女は唐突に配信をしなくなった。

 俺はネットの海の中で彼女に何があったのかを探って行ったのだが……。


 ……まぁうん、結果としては彼女は紅蓮 凱に食われた。

 別にユニコーンとか、ガチ恋とかじゃなかったけど……うん。

 俺は冷めてしまったのだ。


 ファンを置いて有名配信者と絡んだ事……裏切られた、そう思った途端に全てがどうでも良くなったのだ。


 やめよ。

 辛いことを思い出す必要は無い。


 *


「……?何か騒がしいな……」


 ぬいぐるみを売っていそうな店の前に着いた時、何やら騒がしいことに俺は気がついた。


 中を見ると……何やら冒険者同士が争っていたのだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る