第21話 大都会
崖を下る道に沿って進み、ネレ・アレニエの城門前まで来る。高々とそそり立つ塔がやはり一番目立つが、街を囲う壁もかなりの高さだ。梯子で乗り込まれないようにするための対策らしい。
「あまりキョロキョロすると、お上りさんと思われて馬鹿にされるから止めた方が良いよ」
「そ、そうか……」
これで回りを見るなと言う方が無理がある。前に一度だけ、イタリアのヴェネツィアに行ったことがあるが、カメラのフィルムが切れるまでひたすら街並みを撮影したものだ。
今はあの時の以上の興奮を覚えている。スマホが無いのが悔やまれるな……。
「ようこそ、ネレ・アレニエへ!」
城門に近づくと見張りの兵士の一人が話しかけてくる。
「通行証、商い身分証、市民証書、冒険者免許はお持ちですか?」
何それ? そんなものないぞ。
私がレスティアを見ると、彼女もしまったという顔をしていた。
「ゴメン、説明するの忘れてたよ。大きな街に入る時は、身分を証明するものが必要なんだ。ない場合は銀貨一枚の入場料がいるんだよね」
通行証は貴族やそれに仕える者たち、商い身分証は商人、市民証書はその街に定住する市民(この場合はネレ・アレニエ市民)、そして冒険者免許は文字通り冒険者ギルドに所属する人に与えられる。
いずれも持たないものは銀貨一枚の提出と、鑑定を受けなければならない。中々厳しい決まりだ。
「ホントごめんね。お金は僕が払うけど……」
何か言いたげだ。多分、偽装の指輪の事だろう。アパタイトが鑑定を弾くのは常識だ。当然、兵士も把握している。
「良いよ。じゃ、受けてくるね」
だが、私は黙って頷く。
兵士に案内され、詰め所の一角に向かう。
右目は既に目薬で水色に変えたし、指輪さえ隠せれば何とかなるはずだ。
「では、鑑定を行います。装備は全て外して貰えますか?」
やはり予想通りの指示が出る。カバンをテーブルに置き、両手にも何も嵌めてない事を見せる。兵士が外套のポケットを確認するがもちろん何もない。
「はい、大丈夫です」
正直、ヒヤヒヤしたが。偽装の指輪は内径が指に合わず、ネックレスみたいに紐に通して服の下に入れてある。もし女性兵士がいたり、無遠慮に身体に触ってくる連中だったら不味かったな……。
こういう検査自体が形骸化してるってのもありそうだけど。私以外にも検査を待つ人は何人もいるし、効率重視でやらないと長蛇の列になるだろう。
「はい、鑑定終わりです。問題ないですね。旅の目的は何ですか?」
意外なほどアッサリ終わってしまう。今の間に行われたらしい。特に何かされたような感じはしなかった。
「はい、観光です」
「それなら地図をお渡ししましょうか? 無料で配布してますのでどうぞ」
丸められたパピルスに似た紙を渡される。
「ありがとうございます」
「基本的にどこでも行けますが、中央の第一区画だけは関係者以外は入れないのでご注意ください。それでは、良い一日を!」
随分感じの良い兵士なだけに、騙すような真似をしてしまったのが後ろ髪を引かれる。
罪滅ぼしじゃないけど、何かこの街に貢献出来たら良いが。
*
「お待たせ」
「良かった……指輪は平気だった?」
「ああ。そこまで見られなかった」
「一安心だね……うん、ゴメン」
「もう気にするなって」
レスティアと合流し、ついにネレ・アレニエへ入る。街の中にも城門が設けられ、六つの区画に分けられていた。
第六区画、つまり街の外に一番近いここは主に旅人向けの食堂兼宿屋や、山の採石場で働く作業員の寄宿舎、街の防衛に携わる兵士の詰め所などが密集している。
他には敵から攻撃を受けた際には一番危険となる理由から、土地の価格が一番安く、所得の低い市民の集まる住宅街もあった。故に一部はいわゆるスラム街っぽくなってるらしく、メインストリートからは絶対に外れないようにとレスティアから忠告された。
「安物市場は第四区画にあるけど、その前に宿は取っておいた方が良いよ。なんせ良い場所は早い者勝ちだからね」
「お勧めの場所はある?」
「もちろん! 前に来た時に調査済みだよ」
宿屋の一つに入る。当たり前だが、オルディネールの女将さんの宿より大きく、豪華な装いである。
幸い、早い時間だったので丁度、空き室がいくつかあった。その内の一つを取り、荷物は特にないのでそのまま宿を出て第四区画へ向かう。
「今後を考えると証明書は必要だと思うけど、アルマはどうする?」
道中、レスティアが言う。
確かに今回はたまたま誤魔化せたが、細かい身体検査をやられたら指輪がバレてしまう。旅を続けるには証明書は必須だ。
「でも市民や商人じゃないと貰えないんだろ?」
「冒険者なら比較的、簡単だよ。ただ、一つだけ面倒な所もあってね」
以前、証明目当てで応募が殺到し、貰った後はそのまま冒険者として仕事をする事なく、職務を放棄するものが続出したので決まりが変わったらしい。
今はランクの低い冒険者は必ず定期的に依頼をこなし、その役目を果たさないいけないという。守れないものは資格剝奪と、再取得不可の重いペナルティが下される。
「うーん……」
なるほど、面倒だ。だが街に入るたびに鑑定を受けるのもリスクが付きまとう。
「あとで寄って話を聞いてみるよ」
今はとにかく市場に行ってみたい。
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