第72話:熱気凄いぜ! アイドルライブ!
「あれ、なんでラウラがいるんだ?」
「それは貴様がはぐれたって聞いたからだ――相変わらずの方向音痴のようだな」
「だから、初見の場所に辿り着けないだけだ。そこまで酷くねぇって」
「そうか? ルフェルの天然と貴様の方向音痴が合わさった時の迷宮など地獄だった思い出あるぞ?」
言われて思い出す苦い記憶。
異世界のダンジョンというか古い迷宮での話だし、今は反省しているのだが……複雑だったその場所で好き勝手進む俺と、目についたものの方に行ってしまうルフェルが合わさって――それはもう、酷い有様に。
「…………忘れてくれ」
「あれらを、忘れろだと? ……無理を言うな」
俺も覚えているから無茶な注文だとは思ったが、あの場所で一番ツッコみを頑張っていたラウラからすると、哀愁が漂うぐらいには酷かったものようだ。
「ごめんねラウラ、どの世界の霊真も方向音痴で」
「……そうか、こっちもなのか――そうか」
あれ、そんなに項垂れるほどに俺は酷いのか?
いや……流石に大丈夫……と思ったけど、この話で盛り上がる二人を見て、まじでなんとも言えない気分となった。式に助けを求めるように視線を送ったが、普通に首を横に振られたし、なんか俺がいたたまれない。
「……あれ、というか朝日は?」
「朝日なら別の友達と先にライブ行ったぞ、抽選でチケット当ててたらしい」
「へー……やばいな朝日」
素っ気ない反応になってしまったが……式情報では今回の新宿で行われるクシナダのライブは入れる規模で言うと丁度四千人ぐらいで、彼女のフォロワーを考えると倍率は六十倍はいくらしい。
綾音の力を借りて三人分を予約したようだ、流石に無理だったらしく、式は悔しがっていたけど、朝日は普通に当てたのか……。
「まぁ、それも親友が手に入れてくれたことで問題なし! 早速行こうぜ!」
「了解……じゃあ余った一枚は……えっといるか、ラウラ?」
「別に欲しいとは言ってないぞ……」
さっきからこっちをチラ見している彼女にそう聞けば、そっぽを向いてからそう返された――じゃあ、祭り好きな奴に渡すかと興味がありそうな奴に視線を送ったんだが……。
「じゃあバア――」
「貰わないとも言ってない、せっかくだからな!」
「最初からそう言えよ……まぁ、あとライブまで三十分だし、早く行こうぜ?」
そういうことなので、俺は召喚獣を一度戻してから綾音と式、そしてラウラの三人と一緒にライブ会場に向かい、スタッフなども入れるような最前列に通された。
「…………なぁ、くれたのって紗綾さんだよな?」
「まぁ……そうなんだけど」
「あの人、まじで何者なんだよ……やっぱり仕事できる人って凄いな」
身元の保証に関しても、冒険者のライセンスのおかげでスムーズに入れたし、こんな良い席で見るのは初めてで、既に緊張がやばい。
式の布教のせいか、コールは完璧で……何より少しハマりかけているという現実もあってか、なんか開始十分前頃には楽しみで落ち着かなくなってきた。
そして、十分が経ち既に待機しているドラムやギター、三味線に和太鼓といった方々の緊張が伝わるほどに、会場全体が静かになり……横から彼女が現れた。
長いだろう薄緑の髪を右へとサイドテールに整えた彼女は、煌びやかな巫女服のようなアイドル衣装に包まれて、マイクを持ちながらも俺達の方に笑いかける。
「ダンジョン祭、五十周年記念――せっかく呼ばれたから。新曲から、いくよ? ――聞いて、【
一瞬だけ訪れる静寂、そして三味線の人の一音で――全てが始まった。
彼女の歌声を支えるように流れる音楽、アップテンポではあるものの……そこまで激しくないその曲は、優しくも響くようなものだった。
式に聞かされたデビュー曲の一緒に前に行こうという想いを込めたものではなく、これは誰かに寄り添うようなそういうもの。
……皆が聞き惚れ、何より感じられるこの歌。
俺もこの場にいる一員だから分かるが、これは頑張る誰かを支えるようなそんな歌だ……でも、それだけじゃないような気がする。
「…………あれ?」
小声だが自然とそんな声が、何故か涙が零れてしまう。
……理由は分からない、ただ良い曲だからと言うものだけじゃ絶対に無い。頭痛を覚える……揺さぶられるように、俺の中で何かが揺れる――ただ良かったなと、約束を果たせたんだと、心から思って。
「……ふぅ。うん、えへへ。やっと、歌えた」
そこで閉められたが、その瞬間に拍手で埋まる。
……何故かこの曲からの感傷のせいかこの時間が一瞬に感じ、呆気にとられて拍手が遅れたが、なんとか合わせ――。
「じゃあ次は、デビュー曲だよ! 【揺れる
そして、その瞬間の事だった。
地面が揺れ、最近起こった中でも一際――いや、あまりも隔絶した大きさの地震が起こり、丁度ライブ会場の後方を巻き込むようにしてダンジョンが生まれた。
「――なんで、だ?」
その呟きは横にいるラウラのもの。
だけど、それは俺の言葉でもあった……そのダンジョンからは、普段は起こることのない脱走が起こり、そこから出てきた奴は、俺が知ってるものだったから。
「やはりここは別の世界か――しかし私は滅びを与えるだけだから、役割は変わらない――でも、あぁ――また、会えた」
そこでそいつは、言葉を切った。
……そして近くにいるクシナダに一切意識を向けず、この数の人間を前にしても、それらに一切興味を持たず、俺のみに視線を送り――とても優しく微笑んだ。
「私は災夜ヴォルニュクス、大地に愛され災禍を齎す魔王なり。さぁ人間よ、私という試練を超えてくれ――と、本来なら言うはずだった。だが、駄目だ一目で駄目だ。私はどうしてもこの感情を制御できない、だから完膚なきまでに滅ぼそう」
そいつは、大地より生まれし精霊の一種にして、異世界で魔王種と呼ばれる怪物。俺達がミソロジアで最初に倒し、その存在を終わらせたはずの――四天王の一角。
だけど……こいつだけはこの世界で戦ってはいけない。
いや正確には、こんな街中、それも大地に接する場所では何があろうと絶対に戦ってはいけない災害の具現だ。
「さぁ英雄、私の愛しい怪物よ――貴様ならどうする?」
その問いは、彼女の視界に映る俺に向かって投げかけられて……大地からは彼女の眷属が何十匹も現れた。
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