第二羽 カナリア

 入学式から1ヶ月が経ち立夏になった。春とも夏とも言い難いなんともアンバランスで、中途半端な時期だなと思う。まるで子供と大人の狭間で溺れる中学生みたいな期間だ。僕はきっと、溺れもがきながら、掴んだ藁を寄るべに大人になっていくのだろう。

 そうなる前に、どうしても見つけたい女の人がいる。子供の頃の思い出だから、子どもの声が残っているうちに伝えたい。「歌を聴きたい」と言ってくれたあの女性にありがとうと。

 カナリアが鳴いて相手を呼ぶように、僕もまた、届かない歌声をあげる。僕はここに居る。見つけて会いにきてと。


 たった一月ひとつきで中学校の制服に袖を通した時に感じた、寂しさは薄らぎ、どこかへいってしまったようだ。制服に着られていた時は新しい環境に馴染めるかという不安よりも、6年1組が終わってしまう寂寥感の方が優っていた気がする。それがいつのまにか衣替えと共にしまわれていた。

 そして出てきたのは焦りという夏服だった。

 毎朝の練習を繰り返す度に声が低くなっていく気がする。立春から立夏、夏至へとグラデーションを残しながら季節が変わるように、僕の声もゆっくりと低く野太くなっていく。

 声が裏返り、長めの髪が跳ねた。

 なんだあれ。窓の先には目を皿のようにして、こちらを凝視してくる男の先輩がいた。胸元を見られたかと思ったらすぐにどこかに行ってしまった。

「今の?」

 いつのまにか、先輩達が集まっていた。声には出していないはずだが、顔には出ていたのか、先輩が教えてくれた。

「カラスちゃんだよ」

「七不思議とかの類ですか?」

 笑いを隠さずに肯定してくる。

「そうそう。昔、そこの公園で泣かせてしまった女の子に謝りたくてずっと探してるんだって。何年も前の話なのにね。そこまでいくと近い将来本当に七不思議になるかもね」

「粘着質な男性もいたものですね」

「男性? カラスちゃんのこと? 一型の制服だけれどもカラスちゃんは女の子だよ」

 カラスちゃんの鳥よけのようにギョロリと見開かれた目とスラックスをはいていたという情報だけで勝手に男と思い込んでしまった。反省しなければ。

「そういえば、外国語の歌がとても綺麗でカナリアみたいだって言っていたね」

加成井かなりい君も名前の通り、カナリアみたいに綺麗な声だよね」

「顔立ちも整っているから、見学に来た時は女の子って思ったんだよねー」

 好き勝手に先輩達が話をしている。ピーチクパーチク小鳥の会話みたいだ。

 正直、女顔の事は気にしているから、触れてほしくはない。少しでも間違われないように常にネクタイまで締めているんだ。ここまですれば性別を間違われないだろうと思ったのに甘かった。

 髪を短く切るべきだろうか。


***


 令和の季節は、グラデーションのように変わっていくなどという風情は無く。事後報告のように次の季節になった事実を突きつけてくる。

 ダラダラと雨の日が続いたかと思うと、急激に気温が上昇して猛暑日を記録した。カラスちゃんは、しとしと降る春雨の日も干からびるほど強い晴天の日も毎朝、僕が歌っていると音楽室にやってきていた。そして、カナリーイエローのネクタイを見て、落胆しながら帰っていく。

 ここまでくると疑惑は確信に変わる。カラスちゃんが探している女の子は僕だ。そして僕が探しているお姉さんはカラスちゃんだ。

 初恋の人に見つけてもらえないのは悔しい。自分だけが気づいているという事実は、なんとも釈然としない。こどものような意地の貼り方だとは自分でも思う。

 立夏から夏至になるように、溺れた僕が藁を掴み大人になれば、きっと自分から名乗り出るのだろう。


 その前に気づいてね。

 カナリアは雄が歌うんだよ。お姉さん。

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