第37話 ケンカした
八坂雪穂は、自室で天井を見つめていた。
双葉のあの揺れる眼差しが、どうも焼き付いて離れなかったのだ。
別に見ていたところで何か変わるというわけではないのだが、その天井の景色そのものは、見ていてどこか落ち着く風景だった。
自分も子供の時は、親と離れたら泣きそうになっていたっけ。
双葉の正確な年齢まではわからないが、おそらくは10歳にも満たない少女が。それが親と永遠の別れとなってしまったのなら、それは耐えられないことだろう。
携帯電話が鳴る。こんな時に誰か送ってくるとするなら…また仕事だろうか。今の時間は21時30分。こんな非常識な時間に仮にも高校生を働かせようなんていう発想が、向こうにあるとは考えたくないが……などということを考えながら、携帯電話を確認する。
「あれ、珍しい。風子からだ」
そこには、風子からのメッセージがあった。
『雪穂 時間ある?』
あまりにもシンプルだが、珍しく絵文字も顔文字もつけていないそれに、言いようもない不安感を覚える。
『あるけど どしたの?』
『親とケンカした』
基本的に優等生であるはずの風子に、そんなことがあるのか。少し意外だと思いつつ。
『あー そうなんだ 風子にしちゃ珍しいね』
メッセージを返す。
『ほんときっかけはくだらないことなんだけど 笑わないでね』
『別に笑ったりしないし あたしのこと何だと思ってるの』
『一人で夜まで遊びに行ってたのバレた』
『私さ 雪穂と別れた後もよくボーリング場とか遊びに行ったりしてんだよね 親には適当言ってごまかしてるんだけど』
『ついにバレちゃった』
下手したら自分も遅くまで悪魔との戦いで帰りが遅くなることもしょっちゅうあるので、雪穂はそれが他人事とは思えなかった。
それにしても、優等生の風子がそんなことをしていたなんて。
もしかすれば、それは自分にすら知らせたくないような秘密だったのだろう。
改めて、自分でも風子のことは全然知らなかったんだな、ということを思い知らされ、雪穂は少しショックを受けた。
『マジ?不良みたい』
『でしょ?自分でも良くないってわかってたんだけどね でもやめられなかった』
『そうなんだ』
『うん』
『ねえどしたらいいと思う?』
そんなもの、自分でもわからないというのが本音だった。
何せ、雪穂自身もこんな事実を知ったのはこの時が初めてなのだ。何故知らせてくれなかったのかという感情の方が、先に来てしまうのだ。
『うーん 正直わからん』
『悩み相談なんて受けたことないし 答え出ない』
『大丈夫だよ』
『話 聞いてほしかっただけだから』
『そう?』
『うん 急に聞いちゃってごめんね』
『いやこっちこそ 話してくれてありがと また学校で会おう』
『こっちこそありがと』
安心してくれてよかったと、雪穂はそっと胸を撫で下ろす。
「はー、やっぱなんか無駄にセンチなんだよなぁ、最近」
同時に、どこか胸の奥につかえのようなものが残っていた。
何せ、自分にも知らせていない秘密というものがあるのにショックを受ける資格が、果たして自分にあるのかどうか。そんなことが頭をよぎってしまったのだ。
結局、澤田の件でも悪魔祓いであることは風子にはバレなかったが、それは彼女に秘密を打ち明けない時間が長引いたことに他ならない。
その日は眠れなかった。
どうにも、色々と考えることが多すぎる。
風子のことを考えていたら、そのうち双葉のことだとか一華のことだとか、色々とぐるぐると浮かんできて、気づけば眠れなくなっていた。
結局、数時間だけ寝て朝を迎えた。
目覚まし時計が一度目に入った時には、夜中の3時を過ぎていたので、寝た時間はきっと4時間もないだろう。
眠気でぼんやりとする頭を何とか醒まそうとするも、すぐに眠たくなってしまう。
通学路でもずっとボーッとしてしまって、珍しく思考もまとまらない。
意識がぼんやりとする中、雪穂は教室の扉を開く。
「おはよー……」
「ありゃ、雪穂なんか今日元気ないね」
「マジで昨日眠れなくて 最近やばいくらい寝不足なんだよね」
「マジで?大丈夫?そういや前もそんなこと言ってたっけ?」
「うん、なんかストレスとか溜まってんのかもなぁ」
ペンダントで抑制しているとはいえ、悪魔の影響がまた出ないとも限らない。
寝ている間にもし何かに乗っ取られたら?ひとりでに動き出したりなんかしたら?
そういう不安もあって、どうにも元から眠りにくくなっているのだ。
「あー、大丈夫といえば大丈夫。今日の授業はほぼ寝てると思うけど」
「あんまあれだったらノートとか貸したげるからね?板書なら毎時間やってっし」
「うん、お願い……」
と言いながら、その時点でもう眠りに落ちかけていた。
特に昼食の後などに眠くなってしまうのは、雪穂にとってはもうよくある話だったのだが、今日の眠気は明らかにそれ以上だった。
今までの寝不足の影響も出ているのだろうか。
「(土日休めればいいけどなぁ……)」
きっと叶わない願いだろうが、何とか祈るしかないのだろう。
「そういえば、風子大丈夫?昨日のこととか…」
「へーき。親との仲直りもしたし」
「マジで?早っ」
「色々言っちゃいけないことも含めてぶちまけてすっきりしたし。まあ、放課後遊びには行けなくなっちゃったけどさ」
「へ…そうなんだ……それは寂しいな」
「何ー?雪穂にしちゃえらい素直じゃん?何?眠いから本音出ちゃう感じー?」
「あっしまった」
いつもなら少しは誤魔化しているところだが、あいにく眠たくて上手く言葉がまとまらず、ごまかしが出来なくなってしまう。
「ちょっしまったって何~!?というか顔赤いよ!?」
「うっさい」
そのまま、何も言えなくなって黙ってしまったが。
気付けば、けだるい眠気もなんだか吹き飛んでいる。そんな気がした。
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気付いてしまっていた。
自分の身の上は、「普通じゃない」「不幸だ」ってことに。
周りの人間が、自分を見る。「あの子は可哀想だ」と。
最初は、自分のことをちゃんと見ていたのだと思っていた。
でも、それは自分の勘違いで、それは単なる、普通じゃない人間を見る好奇心とか、変なものを見るような目線だった。
舐めつくような、見世物を見るような、そんな視線が、何よりも不愉快でたまらない。
アタシは、なりたくてそんな風になったんじゃないんだよ。
願うことなら、「普通」でいたかったよ。
だから、人を見世物にするんじゃない。
何よりも不幸なのは、周りの人間に不幸だと思われていることだ。
なのに、周りは自分を「可哀想だ」「哀れだ」と言う。
そんなことが、腹立たしくて仕方なかった。
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