第23話 戦いの終わり

「わ、悪かった……襲っちまって悪かった兄ちゃん……」

「気にせずとも良い。お前は悪くない」

「急になんかこの世の全てにイラついちまって、家飛び出して暴れちまってたんだ……なんかほぼ記憶も消えてるけど、アンタに襲い掛かったって記憶だけは残ってるんだ」

尊の方は、襲って来た男との戦いを終えた所だった。

悪魔の影響が抜け、男の方はすっかり穏やかな顔で、禿げかけた頭を掻きながら、困った顔で尊の方へと対応をしていた。


「何も問題はない」

「いやいやいやいや、このまま何もなしってのは良くねえよ…ほら、何か欲しいものはあるか?金ならあるが……」

「いいと言っているんだが……仕方ない。謝礼という形で受け取ろうか」

「いや、謝礼……?襲ったってのにか?」

相変わらず、男は首を傾げていた。

それもそのはず、悪魔や悪魔祓いのことについて他人に教えないように、尊が言葉を伏せているせいで、男に肝心なことが全く伝わっていないのだ。


「とにかく。この後は気を付けて帰るといい。そして僕のことは忘れてくれ」

「お、おう……わかった。わかったよ。兄ちゃんも気を付けてくれよ」

と、尊が踵を返し、雪穂を呼ぼうと彼女のいた方へと向かおうとすると、男が急に足を止め、振り返ってくる。

「ん、どうした?」

「いや、さっきのアンタと一緒にいた、あの女子高生。大丈夫なのかなって……」

戦いの音は止んでいる。ということは、雪穂は問題なく悪魔憑きを倒したのだろうと、尊は安心していた。


ならば、男が言う「大丈夫なのかな」という言葉の意味は、何だろうか。

そういえば、戦いを終えたであろう雪穂が、なかなか戻ってこない。

まさか雪穂が敗北していないといいが……などと考えながら、尊は公園の土を踏みしめ、雪穂がいるであろう場所へと向かう。

公園の中は随分と荒れ、遊具がひしゃげている所まであった。

何せ随分と厄介そうな悪魔だ。相当激しい戦いがあったということを、その様子が物語っていた。


そこには、血に塗れた儀式具を手に持ちながら、土の上に倒れた女を見下ろす雪穂の姿があった。

「良かった。終わったのか」

そう安堵したのもつかの間、尊の声に向かって振り返った雪穂の顔は。

どこか、別人であるかのようにひどく冷え切っていた。

「……どうした?」

「……ああ。うん、大丈夫。なんか、いつの間にか終わってた」

尊が声をかけると、雪穂はまた普段通りの表情に戻っていた。ほっと胸を撫で下ろすが、やはり尊にはあの冷たい顔が、何かの見間違いだとは思えないほどに、脳裏へと焼き付いていた。


「…尊さん、どうしたの?」

「いいや、何でもない。とにかく、今日は報告のために修道院まで戻ったら、早く帰るといい。もう空も暗くなり始めているだろう」

「そっか…もう6時近いもんね」

スマホで時刻を見てみれば、時刻は17時56分。普段なら、もう家に帰ろうとしているくらいの時間だ。

「こっから歩いて修道院まで行って…って。多分帰るの7時過ぎるな……。早いとこお母さんに連絡しとこ」

「そういえば君は、家族がいるんだったな」

「そういえばじゃなくて何?」

そりゃいるだろうと思ったが、尊の言っている意味がわからず雪穂はそのまま立ち尽くす。

「いや、何でもない。こっちの話だ」

「何それ……」


尊の言っている言葉の意味がわからず、モヤモヤした気持ちを抱えながら、雪穂は先に修道院へと戻っていた。

「ユキぴょ~~ん!仕事どうだった?」

入るなり、一華が馴れ馴れしくも話しかけてくる。

「めっちゃ大変だった。おかげで全身超痛いし服は汚れるし、正直続けんのキッツいかも。一華さん大丈夫なわけ?」

「大丈夫だよー。別に公園みたいなとこでばっか戦うわけでもないしね。あと、アタシのことは一華さんじゃなくていっちーとかいっちゃんとかそんな感じで呼んでもらっても」

「やだ」

一華の提案を、雪穂は最早一考すらしないどころか食い気味にバッサリと断る。


「何で~~?あ、そうだ。今日はユキぴょんって呼んでもそういや何も言わないんだね?」

イオリンに呼ばれた時はあんな怒ってたのに珍しいね、と、雪穂の態度に少し疑問を持っていた。

「疲れててツッコミ入れる余裕もないだけ。あと、初対面相手にそこまで馴れ馴れしく出来ない。もっとこう、距離感ってもんあるじゃん?」

「アタシは初対面から誰でも仲良くできるので~?ガチガチに固まっちゃってもいいことないよ?人生軽く!重く受け止めても疲れるしねっ」

「そう言う一華さんはマジで軽いよね」

無邪気にウインクを返す一華に、あくまでも雪穂は冷たい態度で返す。


「なんだー。ノリ悪いなー」

「…そもそも、何で悪魔祓いなんかやってるんですか」

一華の態度と、悪魔祓いという職業のイメージそのものが、雪穂にはどうしても結びつかず、疑問として口をついて出る。

「あー…何?もしかしてアタシのこと気になる?気になっちゃってる?」

「いやなんかイメージにないから気になっただけです」

「うん。まあ……色々あった感じ?色々」

「えっ……ああ、そう。ですか……」

答えを濁らせるとは思わなかったが、人には色々と事情があるのだろう。そう思えば、さっきの尊の謎の言葉も、もしかしたらそういったものの現れなのかと、少し納得がいった。


このまま一華と少し話をしているのも、案外悪くはないか、などと考えていた矢先に、尊が帰ってくる。

「ただいま。少し遅くなりました」

「気にしないでもいいですよ。何せ今日は予想外のことが起きましたからね」

黒崎が顎に手を当てながら、尊の方を見る。

「予想外のこと……そうですね。予定にあった悪魔憑きは街に住む井上正樹という男でしたが、もう一人別の人物が悪魔憑きとして我々に襲い掛かってきました。そのことでしょうか?」

「君は少々結論を急ぎ過ぎるきらいがありますよねぇ。私としてはそれでも構わないのですが、もう少しのんびり話してくれてもいいんですよ?」

「時間は大事なので」

「急がば回れって言うじゃないですか。それに、急いで上手く伝わらないなら、結局また伝え直す必要が出てくる。結局そうすれば時間は余計にかかるんです。……と」

ゴホンと咳払いをしてから、改めて姿勢を正し、黒崎は話を続ける。

「私はそういうお説教がしたいわけじゃないんです。実は私の方からも伝えたいことがあるんです。八坂さんの方も聞いてくださいね」


「ここ最近、悪魔憑きが急増しているという話です」

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