第9話

庭園は人気がなく静かだった。


「もう充分かしら。

全く、あなたのその顔を見る度に虫唾がはしるわ。

そろそろ夜会を楽しみたいから、あなたは用なしよ。アン、連れて帰って」


やっと苦痛の時が終わる。解放される安堵感からほっと顔がゆるんだ。

その表情を見逃さなかったのか、「待って」と引き留める声をかけて義姉が近づいてくる。


叩かれると身構えると同時に頬に衝撃がはしった。


『うっ…』


私は痛みを必死にこらえた。


「あーもう!ほんとにむかつくわ!」


もう一度頬を叩かれる痛みに備えて、歯を食いしばる。


『っ!』


苦痛で顔が歪む


痛い。


私はずっとこうして耐えてきた。



ただ過ぎ去るのを待つだけ


きっと、このままこの先もずっと


どうして……?


このまま耐えるしかないの?


自分の境遇に嘆いてばかりで、何も行動を起こさなかった。


本当にそれが正しいこと? 


昔逃げようとしてジャックを巻き込んでしまった。

もう誰かを巻き込むのはしたくない。


でも今なら……


今なら、誰も巻き込むことはないのでないだろうか。

ここには義姉の味方しかいない。


ここへ入ることは招待状がなければ難しいけど、出ることはできるのではないだろうか。


試してみる?


逃げた所で行くあてはない。子供の頃住んでいた場所は分からない。

そもそも引き払われてしまって、もうないかもしないけど。

それでも、ここにこのままいるよりはましなのではないだろうか。路頭に迷うことになったとしても。


一度芽生えた疑問は、後から後から湧いてきて怯える私の心を奮い立たせる。


逃げよう


死ぬ気になればなんでも出来るはず


そう心に決めて私は義姉に思いっきり体当たりをした。



「キャ…」


義姉は軽い悲鳴を上げながら転倒した。



勢いあまり一緒に倒れてしまったけど、すぐに立ち上がり走った。

とにかく出口へと向かって


「お嬢様!大丈夫ですか」


後ろでは義姉を介抱する声が聞こえる。


「ちょっと、何してるの!

あれを捕まえなさい!」


捕まる訳にはいかない


ざわつく周囲の目も気にせず

ドレスの裾をたくし上げて、死にものぐるいで走り続けた









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