傷だらけの令嬢〜逃げ出したら優しい人に助けられ、騎士様に守られています〜

涙乃(るの)

第1話

「邪魔よ!」



『痛っ』


突然、突き飛ばされてバランスを崩した。恐る恐る私は義姉の顔を見上げる


「な~に。その顔は!

あなた、まさか文句でもあるの? ほんっとにその顔を見ると虫酸が走るわ。さっさと私の視界から消えてちょうだい」


『申し訳…ありません…』


「ほんっとにトロいんだから」


はぁ


義姉の癇癪や八つ当たりはいつものこと

ただ黙って耐えるしかない



私は10歳の時にこの家に引き取られた。それまで母と2人暮らし。決して裕福とはいえなかったけれど、優しい母と穏やかに過ごしていた。いつも忙しい合間をぬっては私との時間を作ってくれた。

 

 気軽に新しいお洋服を買うことは出来ないので、ほつれているところを修繕してくれたり、野菜の切り方を教えてくれたり、一人で生活するために必要なことを教えてくれた。

 

嫌なことがあった時は、一緒に歌を歌って明るい気分になれるように励ましてくれた


今なら分かる。


母は私の前では無理をしていたのだと思う…心配をかけまいと。

倒れるその瞬間まで。


 私もどこかで働きたかったけれど、子供のうちは遊ぶのが仕事だからと。

 それでも働いて母を少しでも休ませてあげればよかった

気づかなくてごめんなさい……後悔しても遅いけれど


母が亡くなりしばらくすると、知らない人が迎えに来た。


父親の遣いだと名乗るその人が言うには、母は以前勤めていたお屋敷の主に見初められ、私を身籠ったと。

そのことが知れて奥様は激怒。

母は身重の体で屋敷を追い出されたのだそうだ。

 そのお屋敷の主が私の父親だと。

母の訃報をどこから知ったのか、父親が私を引き取りたいと言っているから一緒に来て欲しいと。


その時の幼い自分の行動を思い出すと後悔するばかり。

どうしてなんのためらいもなくついて行ってしまったのか。

知らない人に付いていってはいけないと言われていたのに。


その方に連れられて、このお屋敷に来たときはあまりの広さ、豪華さに驚いた。今までの家とは比べ物にならなかったから



目を輝かせて興奮する私の心を打ち砕いたのは、初めて対面する父親の一言だった。


「お前はここで死ぬまで働くのだ。まずは躾が必要だな。」


部屋を出て行ってすぐに戻って来た父の手には、鞭が握られていた


何をされるのか怖くて固まっていると、容赦なく鞭で叩かれた。


『痛い。やめて。やめてください!いやいやー!』


咄嗟に逃げようとするも、父に殴られて床にうつ伏せで倒れこんだ。背中に馬乗りになられ何度も何度も何度も執拗に殴られた



その仕打ちがどれくらい続いたのかは分からない

ぷつりと意識が途絶えたから




意識が戻った時には、暗い部屋の床に寝かされていた。


体中が刺すように痛い

殴られた所は腫れ上がり、鞭で打たれた所も水膨れができ、服も破れていた。痛みから起き上がることもできなかった


いったいなぜこんな仕打ちを受けるのだろう


混乱してる私の元へ、義姉と名乗る女性が訪れた。


「汚いっ。こんな地下なんて来たくないのに。あなたね。あの女の娘というのは」


金髪の輝く髪に染みひとつない綺麗な肌。吊り上がった目で、私を見下ろす義姉。

きつい印象の女性だった


「ふふっ。いい気味。あなたにお似合いね。いいこと。これからは私の言うことは何でも聞いてもらうわ。分かるわね?あなたなんか生きる価値もないのだから。お父様をたぶらかした下品なあの女そっくり。」


ヅカヅカと寝ている私の側に近づいてきた

おもむろに手を振り上げたかと思うと勢いよく振り下ろした。頬を叩かれたのだと認識する間もなく━バンッーバンッ━バンッ━と乾いた音が響いた



『やめて……やめて』


消え入りそうな声を遮るように義姉は嘲笑いながら罵声を浴びせる


「うるさいわね!声を上げるなんて生意気ね。躾が足りないのね」


ヒュっと何かが空気を切る音がしたかと思うと、身体に激痛が走った


鞭だと気づいて両腕で咄嗟に顔を庇ったものの、悲鳴をあげることしかできなかった


『いやぁ!』


「あなたバカなの?声を上げるなと言ったのよ。耳障りなのよ!」



『…うっ』


痛みと恐怖で、歯をくいしばり、ただひたすら黙って、この地獄のような時が終わるのを待った。


「今日はこのくらいかしら。分かったわね!」



カツッ、カツッ、カツッと靴音が遠ざかって行った


どうやら義姉が行ったようだ。


痛みからなのか恐怖からなのか、ガタガタと全身が震えている。おそるおそる両腕を顔から外した。激痛を通り越して感覚が麻痺している



それから、声を上げると余計に仕打ちが酷くなること


ただ黙って耐える方が打たれる時間が短いこと


逃げようとすれば余計に酷く打たれ、食事も抜かれること


を身を持って学んだ。







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