第8話 3バカの虫退治(その3)

 命からがら逃げ帰った彼らは、どうにかして範囲攻撃ができる手段を用意できないかと頭を悩ませた。


(多分魔法に必要なのはイメージだ。だから、俺ができそうでそれっぽい案が欲しい)

(ブラックホールとか定番だと思うよ?)

(無理。魔力が足りないって本能的にわかる)

(属性が合うかわからんが、召喚獣的なものはどうだ? 鳥とか)

(お前が鳥を愛でたいだけだろ⋯⋯。でもツバサ君、それは“アリ”だ)


 範囲攻撃とは異なるものの、純粋な手数の増加も手段の1つとしては挙げられる。

 しかし、やり方が分からなかったのでお蔵入りに近い保留になった。


(そもそも、闇属性って何が出来るのさ? 闇って光が少ない状態だよ?)

(定義的にはそうだな。あとは知恵が足りないとか、未解明の状態とかも闇に関連していると言えるか)

(⋯⋯ならば、暗殺か?)

(それはありなんだけど、攻撃力がなぁ⋯⋯。ほら、暗殺って相手を一撃で殺せる手段があってこそ成立するからさ)

(確かにね⋯⋯。転生して実感したけど、人間って脆いよね)

(それな)

(文明の進化は生物的能力の退化とも言われるくらいだ。仕方もあるまい)


 人間は刃を手にすることで爪や牙を失い、衣服を身に纏うことで毛皮を失った。しかし、それは言い換えれば、強靭な爪や身を守る毛皮が無くても生きていけるようになった事の証左でもある。

 現に、文明の象徴である“加工された金属の鎧や武具”に宿っている彼らは、下手な野生動物よりも遥かに強いのだから。

 もし非武装の人間が魔虫と戦えば、抵抗などロクにできぬまま死んでしまうだろう。運動不足が社会問題になりつつある、現代の日本人ならば特に。


(やっぱ攻撃力と射程距離だな。欲を言えば、有効射程20m以上の攻撃手段が欲しい)

(拳銃と同じくらいか。そういえば、失敗した抜刀術⋯⋯風切だっけ? アレをもっと使いやすいようにブラッシュアップしてみるのは?)

(抜刀ではなく唐竹からたけ割り、あるいは真向切りか。変に重力に逆らった動きをするより、純粋な威力そのものは出そうじゃないか?)

(それ採用。ただ、振り上げて下ろす動きの関係上、どうしても隙がデカくなる。だから必殺技みたいな位置づけにしたい)

(じゃあ修行だね)


 そんなわけで、突発的に修行パートが始まった。

 舞台は古館の訓練所。ここはナレ死したとある生ける鎧リビングアーマーが居たところである。薪用と思われる短い丸太を立て、それを的に必殺技──名称未定──の練習することになった。

 日がな1日剣と魔法の併用訓練。魔力が減ってきたら魔虫から命ごと徴収し、休憩の必要が無いのをいいことに人間と比べて数倍のスピードで習熟していく。

 初日はそよ風が吹く程度の威力にしかならなかった。

 2日目は的の丸太の表面が軽く凹む程度。

 3日目には明確な傷が付く。

 4日目は深く傷が付き、半ばまで届いた。

 5日目の日が暮れる頃。両断までは行かなかったが、勢いで丸太が半分に割れた。

 7日目の朝日が昇る頃。丸太は両断された。


(木目と並行な向きには断てるようになったな)

(ほな次は直角か⋯⋯)

(丸太を寝かせてやってみよう。その後は距離を離して行けば、射程距離と威力の増加に繋がるだろう。多分)


 目測で20m離れた場所から、寝かせた丸太を輪切りに出来るようになるまでには2週間かかり、そこからは振り下ろし以外の動きでも出来るよう訓練を始めた。

 的も丸太から鎧に変わり、そこから約半年経った頃。魔力消費を度外視すれば、斬撃打撃に関わらず強力な遠距離攻撃を繰り出せるようになった。


(俺は強くなり過ぎてしまったかもしれない)

(大丈夫? ハゲる?)

(ワンキルマンじゃないんすわ俺)

(効率的にはどうなんだ?)

(1発に10体分使います⋯⋯とか言ったらタメ技くらいの扱いになるからね)

(1発あたり通常魔虫3体でトントンってとこかな? キメラなら2体でお釣りが出るくらい)


 顔は無いが、ツバサとケンマがニヤリと笑ったような雰囲気を出す。

 それが示すことはつまり──


(立ち回りに気をつければ、何とかなりそうだね)

(道中は今まで通り、ボス戦は手加減無し⋯⋯そうだな?)

(おうよ。雪辱戦だ)


 ──突発的に始まった修行パートの終了である。


 彼らは館から森へ出て、西へと進む。

 休むことなく、逃がすことなく、1歩ずつ、1匹ずつ、確実に。

 5日歩いてキメラが混じり、更に2日歩いて──


(──女王の反応だ)

(方向は?)

(1時!)


 ガサガサと音が立つのも気にせず、トオルが一目散に走り出す。

 飛翔性魔虫の迎撃にバックラーツバサを投げ、近寄る魔虫はケンマと籠手で迎え討つ。

 一挙一動が数体の魔虫から命を奪い、消費する以上に魔力を回復させる。

 魔虫だったものが散乱し、女王を守る近衛騎士代わりの魔虫がその数を減らす。道が開けた。


(今だ! 一気に攻めるよ!)

(おk! その腹じゃ逃げられねえだろうが、先ずは脚ィ!)


 少しの抵抗を感じさせながらも、女王の左前脚が切り落とされる。

 ──その瞬間、女王が鳴き声のようなものを上げ、魔虫の動きが変化する。


 女王に仇なす逆賊を排除せんと、なりふり構わず襲いかかって来ていた魔虫は一斉に踵を返し、女王の口元へと集まって一塊ひとかたまりになっていく。

 それを女王は一心不乱に貪り、脚が落とされるのも構わず、魔虫を己の糧とし続ける。


 もし、引いた場所で全体を見ていれば気づけたのかもしれない。この時だけは──


 ──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る