第7話


 虚獣の体が消滅し、黒い霧となって散っていった。

 それを確認した瞬間、体から力が抜け、俺はその場で膝から崩れ落ちていく。


「……う、嘘でしょ、一撃で倒せた……?」


 ルミナスが信じられないというように呟き、セラフもまた同じように目を見開いている。


「さっきの、手の紋章……。滝川さんと契約したのは私だけではないのですか……?」

「……そういえば、そう、かも」


 ルミナスとセラフが驚愕の表情を浮かべ、俺を見つめてくる。

 とりあえず、二人に何かを言おうとしたのだが……そこで俺は異常なまでの疲労に襲われ、その場に倒れてしまう。

 ……そういえば、契約をした直後は体力が大きく消耗されるんだったな。


「滝川!」

「滝川さん!」


 ルミナスとセラフが慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきたときだった。

 ちょうど廊下から足音が聞こえてきた。

 俺は薄れゆく意識の中、視線だけをそちらに向けると、そこには見覚えのある顔があった。

 銀髪を揺らした美少女――ゲーム本編のヒロインの一人である霧崎美月が、険しい表情で駆け寄ってきた。


 な、なんでここに……いや、そうか。セラフと霧崎の二人は、同じ陣営に所属していたんだったか……!

 さ、最悪だ! またゲーム本編の重要人物と関わるなんて……!


「……二人とも、大丈夫?」


 ……とはいえ、霧崎は原作でも強キャラだったので……彼女が来たというのならもう大丈夫だ。

 緊張の糸が切れたことと、疲労感によって目の前の光景が徐々にぼやけていき、霧崎の姿も遠ざかるように見えた。


「……だいじょうぶ?」


 霧崎がこてんと小首を傾げて問いかけてきたのを最後に、俺の意識は暗闇の中に吸い込まれていった。



 目を覚まして真っ先に飛び込んできたのは、知らない天井だった。

 薄暗い照明の下、シンプルだが高級感のある天井が広がっている。

 しばらくぼんやりとしていたのだが……段々と自分の身に何が起きたのかを思い出していく。


 セラフとルミナスとの出会い。

 ……虚獣との戦い。

 そして、銀髪の少女――霧崎美月が俺を助けてくれたことを思い出したところで、俺はゆっくりと体を起こした。


「ここは……?」


 呟きながら周囲を見回した。

 豪華なベッドに柔らかいシーツ、そしてどこか見覚えのある部屋。

 ……ゲーム本編で似たような部屋を見たことがある。


 ……恐らくだがここは、とある有名な上級天使の拠点内だ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、近くの椅子に座って船を漕いでいたセラフが目を開いた。


「滝川さん……! お体は大丈夫でしょうか?」


 セラフがすぐに俺の顔を覗き込んできた。

 か、顔が近すぎる……っ。


 彼女の瞳に俺が映り込むようなほどにまで距離を詰められ、声が上がりそうになる。

 ……と、とはいえ彼女は明らかに心配そうにこちらを見ているわけで、それで俺はいくらか正気に戻ることはできた。


「ああ。一応はな。二人も……大丈夫そうだな」

「はい。滝川さんのおかげで、何とかなりましたよ」


 近くの椅子に座っていたルミナスも安堵した様子でこちらを見てきた。


「そうね。あっ、滝川。まだ無理しない方がいいわよ。完全に回復したわけじゃないんだから」


 ……そうなのか? すでに体はいつもより軽いんだけどな。

 というか、当たり前のように二人に名前を呼ばれて気恥ずかしいものを感じる。


 俺の名前は前世とまったく同じなので、それはもうとても嬉しいものだ。そりゃあ、二人を担当してくれた声優さんには収録の時に何度か呼ばれたことはあったが、あくまでセラフ、ルミナスという二人に親し気に呼ばれることが嬉しいのだ。


「俺は……どのくらい眠ってたんだ?」

「数日ですね」


 ……マジかよ。

 スマホの日付を見ると、確かに数日が経過していた。

 明日には、入学式じゃねぇか。

 せっかくの春休みがあっという間に過ぎたことを悲しみつつ、ある人物のことが気になって問いかける。


「そうだ。……俺たちを助けに来てくれた人はもういないのか?」


 今、警戒するべきはそこだ。

 俺は一応、彼女のことは知らないことになっているので、あえて名前は口にしない。

 セラフが顎に手をやり、考えるような素振りを見せる。


「霧崎さんのことでしょうか?」

「……たぶん、そうだと思う。銀色の髪をした女性だった、と思うけど」

「霧崎さんですね。彼女は、もう家に帰りましたね」

「そうか……お礼くらい、言っておこうと思ったんだが……仕方ないな」

「私からお伝えしておきましたし、気にしないと思いますよ」


 俺は内心で安堵の息を吐く。


 せ、セーフ! 霧崎もゲーム本編に出てくるキャラクターなので、これ以上余計な関わりを増やしたくはなかった。

 俺はあくまでモブキャラだ。これ以上、出しゃばったことをしたくはないのだ。

 安堵の息を吐きつつ、セラフたちに質問する。


「それで、ここはどこになるんだ?」

「ここはミカエルユニオンよ」


 や、やっぱりかよ……!

 

 ミカエルユニオン――それは上級天使ミカエルが率いる、天使陣営最強のユニオンだ。


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