第4話

「ふぅ、緊張したなぁ」

「そうだね。なんか凄く大人な感じがしたね」

「確かにな。俺もあれぐらいできるようにならないとな」

「そうだね。社長を目指すんならね」

「よし、じゃあそろそろ行くか」

「了解であります! 隊長殿」


 俺達はその場をあとにして自社のブースへと向かっていった。


「これがお兄ちゃん達の企画したベッドなんだね!」

「ああ、こうして見ると中々の迫力だな」


 俺達は自社製品のお披露目をしているブースに辿り着いた。目の前にはソファータイプの新型ベッドが置かれている。


「うーん、これは寝転ぶのが楽しみ! 早く試したいよ」

「はいはい、まずは落ち着けって。こっちにお茶を用意してるからな」

「うん、わかった。じゃあ、早速座ってみるね」


 妹は意気揚々とベッドに腰掛けた。そして、そのまま倒れ込んでいく。


「うわぁ、ふかふかだぁ! これ気持ちいいよぉ!」


 妹はそのままゴロンゴロンと転がり始めた。まるで子供みたいだ。


「こらこら、あんまり動くなって。優しく扱うって約束だろ?」

「あっ、そうだった。ごめんなさい」

「はぁ、全くお前は……」


 俺はため息を吐きながら妹の横に座り込んだ。


「えへへっ、ごめんなさい。ついテンション上がっちゃって……」

「まぁいいさ。それより、このベッドの感想は?」

「うーん、やっぱり寝心地が最高だね。ソファでありながらベッドにしても眠たくなる感覚がたまらないよ」

「そうか、それは良かった。このベッドは結構自信作だったからな」

「うん、これは売れるよ。絶対に」

「ははは、そこまで褒められると照れるな」


 俺は少しだけ恥ずかしくなった。だが、ここまで喜んでくれると作った甲斐があったというものだ。


「ねぇ、お兄ちゃん。もうちょっと横になってみてもいいかな?」

「別に構わないけど、気をつけろよ。汚したら保証はできないからな」

「はーい、大丈夫だよ」


 俺は妹の言う通りにしてやった。すると、彼女はすぐに寝そべったまま動かなくなった。


「おい、本当に寝るつもりか?」

「むにゃ……ぐーすぴ」

「嘘だろ!? おい、起きてくれ!」


 俺は慌てて妹を起こしにかかった。しかし、妹はなかなか目を覚まさない。


「駄目だ。完全に眠りについている」

「うぅ……もう食べられないよ」

「夢の中でまで食い意地を張ってどうするんだよ。ほら、さっさと起きるんだ」


 俺は必死になって妹を揺り起こした。


「うぇ? 何? もう朝なの?」

「寝ぼけてないでさっさと起きろ」

「うぅ……もう少し寝かせてよ」

「いや、そういうわけにもいかないだろ。展示会に来ておいて寝るとかありえないから」

「えっ、ここ外なの? 全然気が付かなかったよ」


 妹は完全に目が冴えたようで身体を起こした。


「まるで実家にいるような寝心地だった。危なく寝落ちするところだった」

「寝落ちしてたんだよ。とりあえず落ち着いたようだな」

「うん、なんかゴメンね。せっかく連れてきてくれたのに」

「気にするな。それよりもさっきのベッドの感想を聞きたいな。率直な意見が聞きたくてさ」

「そうだね……やっぱり良い出来だと思うよ。ただ、私としてはもう一つ工夫が欲しいな」

「ほう、どんな風にだ?」

「例えば、マットレスの素材とかに何か特徴を持たせて欲しいな。普通のものじゃなくてお兄ちゃん達の会社でしか扱っていない特別なものにして欲しいな」

「なるほど、その辺りは考えてなかったな。わかった、その方向で検討してみよう」

「うん、それがいいよ。きっと皆喜ぶと思う」

「そうだといいんだけどな」

「絶対だよ! お兄ちゃんは凄いんだもん。私が保証するよ!」

「はは、ありがとうな。じゃあ、そろそろ他の場所も見て回るか」

「うん、行こう!」


 こうして俺達はその場を後にした。その後も展示スペースを見て回ったが特に目新しいものは見つからなかった。やはり、普通が一番という事だろうか。そんなことを考えていると妹がある提案をしてきた。


「ねぇ、お兄ちゃん。最後にあのベッドを使ってみたいな」

「ああ、あれか。でも、あれは無理じゃないか?」

「どうして?」

「だって、あれはどう見ても俺達の身の丈に合わないだろ?」


 会場の中心に置かれたそれはどう見ても実用と言うよりはモニュメントといった方が近い大きさだった。


「いいじゃん、一緒に寝ればいいんだから」

「いや、流石にそれはまずいだろ。会社の人間が来た時に見られたらどうするつもりなんだ?」

「ふふっ、兄妹なら何も問題はないよね?」

「いや、そうかもしれないけど……」

「じゃあ、決まり! 早く行こ!」


 妹は俺の手を引いてベッドのあるブースへと向かっていった。そこであった光景は言うまでもなく俺も危うく妹と寝落ちするところだった。




「お兄ちゃん、今日はありがとね。とっても楽しかったよ」

「ああ、俺の方こそ。久しぶりに二人で過ごせてよかったよ」


 帰り道、俺達は手を繋いで歩いていた。いつもなら恥ずかしくて嫌がるところだが、今は素直に受け入れられた。それだけ気分が高揚しているということだろう。


「ねぇ、お兄ちゃん。今度さ、二人きりでどこか遊びに行こうよ」

「そうだな、また近いうちに時間を作ろう」

「ふふっ、約束だからね」


 妹は嬉しそうに笑っている。その笑顔を見れただけで俺は満足だった。


「それじゃあ、今日はさっそくベッドのレポートをまとめちゃうね」

「おう、頑張れよ」


 俺は妹と別れて部屋に入った。一人になると寂しさが込み上げてくる。


「このベッド。あいつも喜んでくれたよな」


 俺は息を吐きながらベッドに腰掛けた。そして、そのまま仰向けに倒れ込む。


「うわぁ、これヤバいな。マジで寝てしまいそうだ。さすがは社長が選んで送ってくれたベッド。ここで一緒に寝てくれたら……いやいや、何考えてるの俺。ありえねえっつーの」


 俺はしばらくベッドの上で横になっていたが、だんだん眠くなってきた。


「妄想の中なら自由だよな。いやいや、これは不味い。社長怒らないで。いや、このままだと本当に寝てしまうぞ」


 俺は慌てて身体を起こしてベッドから降りた。そして、そのままソファーに腰掛けて目を瞑る。


「うん、これぐらいの体勢の方が落ち着くな」


 このソファーは変形したりはしないが。

 俺は目を閉じたまま深呼吸をした。心地よい睡魔が襲ってくる。


「はぁ、これは寝たら駄目だ。起きないと……」


 俺は必死になって眠気と闘っていた。しかし、やがて限界が訪れて意識を失ってしまった。




「んん……俺はいつの間に寝てしまったんだ?」


 俺はぼんやりとした頭で考えながらゆっくりと身体を起こした。


「ここはどこだ? 確か、ソファに座っていて……」


 俺は少しずつ記憶を取り戻していった。そこでハッとする。


「そうだ、俺はベッドで寝ようとしていたはずだ!」


 慌てて周りを確認するがベッドはなかった。俺は冷や汗を流した。


「まさか、夢遊病か!? 俺は無意識のうちにベッドを移動させたのか!?」


 自分の行動に恐怖を覚えた。だが、いつまでも怖がってはいられない。


「とにかく妹に連絡を取らなければ」


 俺は携帯を手に取って妹の番号を呼び出した。しかし、呼び出し音が虚しく鳴り響くだけだった。


「駄目だ、出ない。一体どこにいるんだ?」


 俺は焦りを覚えていた。妹がいないとわかれば俺は何をすればいい? 社長に連絡するか?

 いや、忙しいあの人に連絡するなんて迷惑すぎんだろ。不安に押し潰されそうになる。


「とりあえず外に出てみるか」


 俺は立ち上がって部屋の扉を開けた。すると、リビングに妹がいた。


「あれ? お兄ちゃんどうしたの? そんなところでボーッとして」

「お前こそどうしたんだよ。いきなり消えたから心配したんだぞ」

「えっ、どういうこと? 私はずっとこの家にいたよ」

「そうなのか? 携帯鳴らしたけど出なかったじゃないか」

「携帯なら鞄の中に……ああ、自分の部屋だ」


 どうやら俺が考えすぎているだけのようだった。だが、心配事は他にもあった。


「俺の部屋のベッドがどこにいったか知らないか?」

「それなら社長さんがあれも展示すると言って持っていったよ。あれ会社から貰った物だしお兄ちゃんソファで寝てたから良い思って許可したんだけど」

「そうなんだな。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「……って、社長がここに来たのか!?」

「うん、来たしお兄ちゃんの部屋にも入ったよ」

「お……おお、そうか……」


 どうやら心配の種が増えてしまったようだ。しかし、ここで妹を問い詰めても何にもなるまい。全ては後の祭りだし会社で何も言われなければ。


「それよりお腹空かない? 私、何か作ろうと思うんだけど」

「そうだな。確かに少し小腹が空いたかも」

「わかった。じゃあ、ちょっと待っててね」


 妹は台所に向かった。その普段と変わらない後ろ姿を見ながら俺は安堵のため息を漏らすのだった。

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