第12話 番外編 バレンタインの思い出

あれは学園でのこと。


ルーカスの背丈は私より頭一つ分は高くなっていた。背丈のことでからかうことは出来なくなっていた。



今日は廊下や教室でも女子が固まって密談をしている所をよく見かける。

ルーカスと共に教室に入ると、それぞれ自分の席に着いた。


授業の用意をしようと、鞄から荷物を出している時も周囲が気になって仕方がない。

私は斜め前の席のメグの背中をつつく。



『メグ、メグ、ねぇ、今日なんかあったの?』


メグは私の声で振り返ると、一緒に話していたローラと顔を見合わせる。


「おはようリナ」

「リナ…まさか今日が何の日か知らないの?」


2人は信じられないといった顔つきで不思議そうに私を見つめる。


『え?』


2人はもう一度顔を見合わせるとため息をつき、ローラは私の隣へと座った。3人で輪になり、こそこそと話し始めたのはメグだった。


(あぁ、メグとローラとは学園の時によくこうして話していたわね。卒業してからは仕事に忙しくて、疎遠になってしまった。2人とも元気にしてるかな)



「もう、リナ、今日はバレンタインでしょ!」


「リナは贈る相手がルーカスと決まっているからね~」


2人はクスクスと笑う。


『へ?あ~そっか、それでなのね。どうりでそわそわした雰囲気だと思った。でも私は誰にも贈らないわよ』



「は?」

「なんで?」


2人は同時に詰め寄ってきた。


そう、バレンタイン。年に一度のこの日は女の子が好きな男の子に手作りの贈り物をする日。


主にクッキーを渡すことが多くて、手芸が得意な方はハンカチに刺繍をして渡したりもする。

ハンカチは学園で使われると、刺繍の出来栄えが他の子に見られるから腕に自信のある人しかしない。

逆に言うと自信のある人はハンカチを渡して、敢えて使ってもらい、ライバルを牽制するのだ。


そう、ハンカチを使うということは交際を承諾したという証。クッキーなどお菓子は食べたらなくなってしまうので、何人にも配る子もいる。


私は、そういうの苦手だし、そもそもクラスの男子とは必要以外話したことない。


「なんでって、別に私とルーカスはただの幼馴染みだし。贈りたい相手もいないから」


私は笑って答える



「はあ、リナはほんとにもう….

あのね、ルーカスは素敵でしょ?そこにいるだけでオーラが違うし。そんなことしてるとルーカスがとられちゃうよリナ」


メグは私がルーカスのことを好きだと思っているようだ。


「あ、でもそれはないんじゃない?だってルーカスは、リナに変な虫がつかないように自分がいるって皆の前で言ってたじゃない?」



『は?何それ、ちょっと初耳なんだけど、ルーカス何考えてるの、また誤解を招くようなことを…』


私は恥ずかしくなって赤面して、慌てて訂正する。


ルーカスの家はこの街で大きな商会を営んでいる。それに加えてあの容姿、成績も優秀。学園でルーカスのことを知らない者はいない。ちょっと注目されているうちの一人。そんなルーカスの言葉は良くも悪くも一定の効力を持っている。


『あのね、ルーカスと私は別に付き合ってる訳じゃないから。私が抜けてるからちょっと偉そうにからかってるのよ。』


「どうだか~。でもそれ以来リナに近づく男子いなくなったものね」


「ルーカスって意外と独占欲強いのかも」



メグとローラは2人で盛り上がっていた。


『もう、2人とも、ほんとに違うから。

それに元々私に声かける男子なんていないからっ。』


結局その日はそわそわとした雰囲気のまま授業を終えた。


放課後、いつものようにルーカスと一緒に並んで帰る。


そう、もうこの頃には一緒に並んでることが嫌ではなくなっていた。自分の容姿のコンプレックスはあったけど、隣に並んで歩くのが日常になっていた。まぁ、すごく会話が盛り上がるということはなくて、ただ、一緒にいる…そんな日常だった。


「リナ」


隣を歩くルーカスが珍しく話しかけて来る。ふと見るとルーカスは落ち着かない様子。他の人なら見落とすだろうけど、私には分かる。


「ふふ」


「ん?なぜ笑う」


「だって、ルーカス、なんかそわそわしてるから」


ルーカスは虚を突かれたように固まり、立ち止まった。あれ、そんなに嫌だったかな。


「ごめんね笑って。なんか完璧なルーカスがいつもと違うからつい。」


「僕は完璧じゃないよ。ただ…努力してるだけ。リナ、こ、こ、ここれを。家に帰ったら開けて。絶対だよ。」


ルーカスは今まで見たことがないくらい動揺していて、顔が真っ赤だった。


キョトンとしているとルーカスは私の手に包みを持たせると、反対の手を引っ張り歩き出す。そんなに急いで帰りたいの?


『ルーカス、待って。それに、何これは?


「じゃ、ここで、また明日。」


いつもの所で別れ、ルーカスはスタスタと歩いて行った。その歩き方はなんだかぎこちなくて、ちょっとおかしかった。ルーカスの後ろ姿に向かって声をかける。


『ルーカス。なんか分からないけど、ありがとう』


ルーカスは一瞬立ち止まり、軽く頷いた気がした。そしてそのまま振り向かずそそくさと帰って行った。


私は家に入ると、自室へと向かった。

ルーカスから渡された包みを机に置く。

いつものように課題をしようと思ったけど、包みが気になる。


なんだろう…ルーカスからのプレゼント?まさかね。

でも気になる。よし、開けよう。


私は包みを丁寧に開いていった。

中から薄いピンクのハンカチが出てきた。


『ハンカチ?』



広げて見ると縁にはレースがついており隅の方に模様が施してあった。


『ん?』


模様と思われたものをよく見ると、文字のように見える。

これって…


そこには


''To R Love L"


と刺繍されていた。


『これは…リナへ、愛を込めてルーカス…?』


へ?まさか自分であのルーカスが刺繍を?いやいやいや、さすがにないよね、きっと商会の人に頼んだのね。でも、ラブって…

恥ずかしいよ…からかってるの?新手の嫌がらせ?



次の日の朝、ルーカスに問い詰めたら、まさかのルーカスが刺繍したことが判明した。私が刺繍苦手だろうから代わりに自分が贈ることにしたそうだ。何よ、どういうこと? ルーカスって、私のこと好きなの…?


『可愛いけど恥ずかしくて使えない』


ルーカスはどうして使ってくれないのかと真面目な顔をして問いかけてきたけど、使える訳がない。あんなの、見られたら恥ずかしすぎるっ。


ごめんね、ルーカス。

気づいてたよ、ルーカスの指が所々怪我してたの。きっと一生懸命練習してくれたんだね。私の為に。


本当は嬉しかったんだ。

今でもあのハンカチは大切に閉まっている。きっと一生捨てられない…


私もルーカスにハンカチを渡そうとあの後頑張ったんだけど、悔しいけどルーカスより下手だった。下手でも渡せてたら良かったかな…



ねえ…ルーカス…


そしたら何か変わってたかな










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