聖女♂でございます。

拝詩ルルー

第1話 女神様のお告げ

 俺は辻坂ひなた。元は日本でサラリーマンをしていた。

 今は異世界転生しトラックに轢かれて、エトムント・バルツァーというバルツァー侯爵家の次男として生きている。


 そして俺は今、どこかで見たことがあるような……いや、転生する時に見た空間に来ていた。

 ただ夜中に自分の部屋で寝ようとしてただけなんだが……


 ということで、俺は今、真っ白な雲の上。

 目の前には女神様がいる、っていう状況だ。


 女神様は、胸元がガバッと開いた白いドレスを着ていて、にこにこと微笑んでいた。

 ウェーブがかった長い金髪に、青い瞳。ぷっくりと厚めな唇に、口元には小さな黒子——あらゆるセクシーを詰め込んだ、ヴィーナスというか、モンローといった感じの女神様だ。


 うん、転生する時に見た女神様だ。


「エトムント様……いえ、辻坂陽。今日はあなたにお願いがあって呼びました」


 女神様は俺の元の名前を知ってたんだ……というか、何でエトムントだけ様付け???


「エトムント様は私の最推しですから。様を付けてお呼びするのは当然です」


 そうだ、この女神様は人の心を読むんだった!

 っていうか、女神様はエトムントが最推しだったのか!?

 それならもっと優遇してもらっても……


「こほん。そろそろよろしいかしら?」


 女神様が小さく咳払いして確認してきた。


「あ、はい。すみません」


 日本人のさがで、俺もつい謝ってしまう……


「この国より南の地、隣国との境の瘴気の森で魔王が復活しました。あなたにはその魔王を討伐して、世界を救っていただきたいのです」

「へ?」


 女神様のお願いは、俺の想像の斜め上をいく壮大なものだった。


「そ、そんなことを急に言われても……」


 いきなり世界を救ってくれと言われて、できるとは到底思えないだろ!


「あなたには、そのために特別なスキルを授けているのですよ」

「えっ? スキル? どんな?」

「『聖女♂』のスキルです」

「『聖女♂』!!?」


 なんじゃそりゃ!?


「『聖女♂』スキルって何ですか!? そもそもなぜそんなスキルを付けたんですか!?」

「『聖女♂』スキルは『聖女』スキルの男性版です。この世界にそれぞれ一人ずつにしか与えられないチートスキルで空きがあったのが『聖女』だけでしたので、あなたに授けました」


 女神様が朗らかに、とんでもない理由を教えてくれた。


「えぇ……それなら『聖者』で良かったじゃないですか。わざわざ『聖女♂』にしなくても……」

「あら。それもそうですねぇ。今気づきましたわ」


 女神様の、のほほんととぼけた雰囲気に、俺の気力が一気にガクッと抜け落ちた。


 女神様は俺のガックリした様子は気にせず、話の続きを進めていた。


「もちろん、あなた一人で魔王を討伐しろとは言いません。他のチートスキル持ちの方々と協力していただきたいのです。他のチートスキルには『勇者』『剣聖』『賢者』があります。案内人も必要でしょうから、『密偵スカウト』も付けましょう」


……ん? この組み合わせって確かどこかで……なんだっけ?


 俺が記憶の端に引っかかった何かを思い出そうと首を捻っていると、


「と、とにかく! 他のメンバーも大変優秀な方達ですので、力を合わせて頑張ってくださいね!」


 女神様が何やら焦り出して、話をまとめにかかった。


——その時、女神様の足元で何かがガサッと音を立てた。


「!? そ、それは!!」


 ふわふわの真っ白い雲から見え隠れしていたのは、プラ◯ドポテト——ちょっとお高めのポテチだ。

 ぞっこん岩塩、踊るイベリコ豚、縄文香る帆立だし——この中世ヨーロッパ風の世界では絶対にありえないトゥルトゥルで色鮮やかなプラスチックパッケージが飛び出していた。


 しかも、キ◯ィちゃんがてっぺんに鎮座した、淡いピンク色のスナックトングも一緒にある——ポテチを食べる時に、女神様のゴテ盛りネイルが汚れない便利グッズだ。


 その時、俺の脳内でピキンッと何かが一つに繋がった。


「……もしかして、召喚すべき聖女を召喚せずに、ポテチを召喚したのでは……?」

「オホホホホッ……! そ、そんなまさか!」


 女神様の目線が泳いでる……完っ全にクロだろ!


「俺に『聖女♂』スキルを付けたのも、他に聖女を召喚しなくて済むからでは……?」


 そしてその分、思う存分ポテチを召喚できるからでは……?


 俺がさらに問い詰めると、女神様はたじたじと後退していった。


「オホホホッ! それでは、頑張ってくださいね〜!」


 女神様が誤魔化すようにバイバイと小さく手を振ると、俺の下にあった雲がパッと消えた。


「逃げたな、あんにゃろうっ!! ふざっけんなぁあぁあぁぁああ……!!!」


 俺は下界に落とされながら、叫びまくった。



「はっ!!?」


 がばりと跳ね起きると、バルツァー邸にある俺の部屋、俺のベッドの上だった。


「夢、だったのか?」


 窓の外を見ると、まだ明け方前で暗かった。


 いろいろと信じられないことばかりだったが、一度、異世界転生時にも似たようなことがあったから、完全に否定もできなかった。


 ただ、ぐったりと疲れていたのは確かだったため、俺はとりあえず二度寝をすることにした。——現実逃避とも言う。ぐぅ。



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