17.

ポケットから携帯端末を取り出し、時間を確認すると、ちょうど十時に回った頃合いだった。

二時間何もやることがないと、ポケットに戻した姫宮はひとまずはと、スーツケースから物を取り出していった。

無地の服と下着が少々、御月堂夫妻の子は冬辺りに産まれる予定であるから、上着など暖かい物を順番に出していき、クローゼット──ウォークインクローゼットだったようだ──の隅の方に、それぞれ置いた。

洗面所に風呂場で必要な物も全て置いてきて、再び部屋に戻り、ベッドに座った。


二時間やることがないと思っていたが、あった。

自分自身としてはないが、松下を通して御月堂から頼まれていたことがあったのだ。

携帯端末のチャットアプリのトーク画面から、リスト化されたものを読んだ。

今までの依頼人と同じ、妊娠中にして欲しいもの。

その一番上に書かれたものを見た。


"歌を聞かせる"


以前、ある依頼人の奥さんが歌っていたことをうっすら思い出す。

歌ったことはあっただろうかと、自身の妊娠していたことを思い返しながら、どんな歌を聞かせようかと思案する。

無難に童謡にしようかと、おぼろげに覚えている歌詞を頭に浮かべ、小さく息を吐き、口を開いた。


ガンガラガッシャン!


安野達がいるダイニングの方だろうか。やや離れているというのに、急にけたたましい音が聞こえ、驚いて音が詰まった。

間もないうちに慌ただしい足音が数人分聞こえたかと思うと、勢いよくドアが開かれる。


「姫宮様っ! どうされました!」

「どう······? 何がですか······?」

「急に悲鳴を上げるので、何かあったのかと!」


急いで来たのであろう髪が乱れ、鬼気迫る顔をする先ほどの二人にそう言われるが、姫宮は話が見えてこないと言ったようにぼんやりとしていた。


「私はただ、御月堂様の頼まれていた、歌を聞かせてあげようかと」


まだ何も形にはなってませんけど、と無意識に腹部をさする。

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