第21話 嵐の前の

 夜も更けてきてすっかり寛ぎモードに入ってしまった櫛奈。アーラはそのまま帰ってこないし、トゥムクスとレィタムは子供達を寝かしつけに行ってしまった。

 最早誰からも見られることはないと確信したのか、悠々とフェイレスはその姿を露わにしている。

 自由というか何というか。櫛奈もすっかりその姿に慣れてしまっている。

 そういえば彼について何も知らないなと、ぼんやりとそう思う。


「なあ、結局フェイレスは何者なん? ウチからお金を巻き上げて何が目的なん?」


 ここに連れてこられた意図は知っていたが、彼自身の目的については全く聞かされていない。隣で佇む頭の無い悪魔に顔を向けず、尋ねる。


『巻き上げるなんて人聞きの悪い。ワタシはただクシナさんのことを思って……』

「はいはい、そういうのええから。別に話したくないんやったら、まあええんやけど」

『別に構いませんよ。……実はワタシ、元々神だったんですよ』

「ふ~ん、そうなんや。……え?」


 思わずフェイレスの方を向いてしまった。今、彼は何と言った? さらっと重要なことを言わなかったか。


「いや、え? ホンマなん?」

『どのように取っていただいても構いません。ワタシは神の座に戻る為に、貴方と組んだのです』


 淡々と続くフェイレスの言葉を、櫛奈はまだ信じ切ることができなかった。

 彼は自称悪魔だと言っていた。そんな奴のいう言葉が信用に足りえるだろうか。それを判断できるほどの長い付き合いもしていない。

 結局、櫛奈はその話を真実として受け入れることにした。仮にこれが嘘だろうと、櫛奈の行動方針に変わりはない。


「神って、お金稼いだらなれるもんなん?」

『まあ、厳密に言えばそういう基準みたいなものは無いのですが。ワタシの場合はお金で解決することができるということです。ですので、クシナさんには活躍して貰って、もっと貴方からモノを買って貰わないといけません』

「なんや結局お金なんやな……」

『世の中、お金で解決できることが多いだけですよ』


 何処か遠くを見るようにフェイレスはそう言った、ような気がした。彼の視線や表情が分かるわけがないのだが、櫛奈は何となくそう感じ取る。


「ほんならウチの為、アーラの為、それからフェイレスの為に頑張らなアカンな」

『……おや、今の話を信じてしまって良いのですか?』

「どっちでもええねん。どうせ、ウチはお金を稼がなアカンし、その為にはアンタから能力を買わなアカン。アーラの頼みもあるし、ついでにアンタの企みにも付き合ったるってだけの話やわ」

『それはそれは。恐悦至極です』


 思ってもいないことを言う彼に、櫛奈は呆れて溜め息を吐く。これからこういったやり取りを続けなければならない現実に目を背けたくなるが、仕方ない。

 結局は自分の為だ。文句は言っても根は上げない。


『……ところでクシナさん。魔獣、という存在を知っていますか?』

「あ~、確かこの世界におる悪いバケモンのことやっけ?」

『概ねその認識であっています。彼らは徒党を組んで村や町を襲い、人間を食らいます。二足で歩行する種もいれば、四足で走る種もおり、そのどれもが友好的ではありません。基本的に話し合いでの解決はできないと考えていてください』

「話し合いって、そもそも話せるやつおるん?」

『魔獣にも格というものがございまして。低級の魔獣はコミュニケーションもままなりません。知能はそれこそ獣並みと言ったところでしょう。ですが中級クラスにもなると人語を話すようになります。ですので、例え人の言葉を話していたとしても、余計な感情を持たないことです』


 フェイレスは強く、そう締めくくった。確かに櫛奈はこの世界のことを何も知らないに等しい。いきなり魔獣とやらが気さくに喋りかけて来ていたら、うっかり気を許していたかもしれない。

 あり得た未来を想像し、櫛奈は彼にお礼を述べる。


「ありがとうな、フェイレス。そういう情報、ホンマ助かるわ」

『いえ、これも全てワタシの目的の為でもありますから。それに、これから戦うのに敵の情報を知らないというのは、少々不平等でしょう』

「は? それどういう意味――」


 フェイレスの気になる言い方にその真意を尋ねようとした櫛奈だったが、すぐに別の音にかき消されてしまった。

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