第12話 幼馴染を俺はリードする

「──じゃあ、今度は俺がリードしてみるか」


 そう言ったものの、実際にどうすればいいのかは全く見えてこなかった。

 玲奈に主導権を握られっぱなしの俺が、どうやって彼女をリードするのか。

 考えれば考えるほど、無理な気がしてくる。


 それでも、玲奈の期待に応えたいという気持ちは本当だ。

 彼女の笑顔を見ていると、自分でも何かをしてあげたいと思う。

 ずっと玲奈に振り回されてきた俺だが、少しずつ自分の気持ちも変わってきている。


 翌日、学校でいつも通り玲奈と顔を合わせた。彼女は相変わらずニコニコしていて、俺に軽く手を振ってくる。


「おはよう、拓!」


「おう、おはよう」


 いつもと変わらない朝。

 だけど、俺は昨日の言葉がずっと頭に引っかかっていた。

「今度は俺がリードする」と言ってしまった以上、何かしらアクションを起こさないと、また玲奈に振り回されっぱなしになるのは明白だ。


 授業中も、昼休みも、放課後のことばかり考えてしまっていた。

 玲奈はどうやって俺をリードしてきたのか?どんな風に俺にアプローチしてきたのか?

 それを真似すればいいのか──いや、彼女のやり方を真似しても、俺には向いてない気がする。


 結局、答えが出ないまま放課後を迎えた。玲奈は、いつものように俺の机に近づいてきた。


「拓、今日もどこか寄って帰ろっか?」


 玲奈が当然のように言ってくる。

 いつもなら「どこに行く?」と自然に流されていたはずだけど、今日は違う。

 俺はふと、昨日の会話を思い出して、意を決して言ってみた。


「今日は俺が決める。行く場所、俺に任せてくれないか?」


 自分で言っておいて少し緊張したが、玲奈は驚いた様子で目を見開いた。

 しかし、すぐにニコリと笑い、その瞳には少しだけ興味深そうな光が宿った。


「へぇ、拓が決めるんだ?それ、楽しみかも」


 玲奈の反応に、俺は少しホッとした。どうやら、うまくいってるらしい。

 ここで主導権を握らなければ、また振り回されてしまう。そう自分に言い聞かせながら、俺は少し考えた後、ある場所を提案した。


「今日は、公園に行こう」


 玲奈は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「いいね!」と笑顔で応じた。

 学校の近くにある広い公園。そこは俺たちが子供の頃、よく一緒に遊んだ場所でもある。


「公園か~、久しぶりだね。なんだか懐かしいなぁ」


 玲奈は嬉しそうに歩きながら、公園の思い出話を始めた。

 子供の頃、二人で遊具で遊んだことや、かくれんぼをしたことなど、懐かしい話が次々と飛び出してくる。


 俺たちは、静かな夕暮れの中、ゆっくりと公園を歩いた。

 子供の頃は無邪気に走り回っていたけれど、今こうして玲奈と並んで歩いていると、あの頃とは違う何かを感じる。

 お互いに幼なじみ以上の存在になろうとしているのかもしれない──そんな考えが頭をよぎる。


「ねぇ、拓」


 ふと玲奈が立ち止まり、俺の方を見つめた。その目はいつもより少し真剣で、俺は自然と顔を向けた。


「こうやって昔話するのもいいけど……最近、私たち少しずつ変わってきてるよね」


 玲奈の言葉に、俺はドキリとした。まさに、俺が感じていたことだ。

 幼なじみという関係を超えつつある、そんな微妙な距離感を彼女も感じているんだろう。


「そうだな……昔みたいにただの幼なじみってわけじゃなくなってきたかも」


 俺がそう言うと、玲奈は少しだけ照れたように微笑んだ。


「うん、私もそう思ってる。だからさ、これからもっと特別な存在になれたらいいなって……」


 玲奈のその言葉には、今までの冗談めかした感じがなく、本気の想いが込められているようだった。


 彼女はこれまで、俺の弱みを握って攻めてきていたが、今は違う。正面から自分の気持ちを伝えようとしているのが伝わってくる。


 俺はその言葉にどう答えればいいのか、すぐにはわからなかった。

 ただ、玲奈が本気で俺との関係を進めたいと思っていることは間違いない。そうでなければ、こんな風に正直に言ってくれるはずがない。


「俺も、玲奈といるのが楽しいよ」


 俺は素直にそう伝えた。

 まだはっきりした答えが出せるわけではないけれど、少なくとも玲奈と過ごす時間が特別だと感じているのは確かだ。


「ふふ、ありがと」


 玲奈はそう言って微笑み、俺の腕を軽く引っ張った。


「さ、これからも私をいっぱいリードしてよね。楽しみにしてるから」


 その言葉に、俺は少しだけ照れながらも頷いた。


 玲奈のリードに振り回されるのも悪くないが、俺も彼女をリードする存在になっていく。そうすることで、もっと対等な関係になれる気がするし、それが俺たちの新しい関係の始まりかもしれない。


 夕暮れの公園を歩きながら、俺たちはしばらく無言で手を繋いでいた。


 以前なら意識してしまっていたはずのその手の温もりが、今ではただ心地よかった。

 玲奈が俺を振り回してくる日々が続くと思っていたけれど、こうして少しずつお互いの距離を縮めていくのも悪くない。


「これからどうなるんだろうな、俺たち」


 俺がふとつぶやくと、玲奈は小さく笑って「それは拓次第だよ」と言った。


 そして、俺たちは夕焼けに染まる空を見上げながら、少しずつ新しい関係を築いていくのを感じていた。

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