第8話:瑠菜の休日

「瑠菜さん。今日の仕事は何ですか?」


 サクラは総会議からの一週間めちゃめちゃ働かされた。

 瑠菜的には、ほぼほぼ雑用であって夕方までには終わるように手加減していたのだ。

 しかしサクラは、水を運べばこぼすし、棚にぶつっかったかと思えば本をすべて落とすという感じで、とことん失敗してしまい自分の仕事を増やしてしまう。

 瑠菜はあんまりだと思い、しおんにも相談した。

瑠菜にとっては弟弟子であるしおんは、にっこりと笑って聞いてくれた。


 「あれは無理ですね。手足を縛っておけば何とか、……いや、僕じゃ教えきれないですよ。さすがにあれは無理です。とりあえず、僕の領域へ入らないようにしてくだされば……あ、いえ、なんでもないです。」


 しおんの言葉に、瑠菜は謝りたくなってしまった。

 サクラが一生懸命なのは見ていてすごくわかる。

 楓李やあきがいれば反射神経で支えられるが、瑠菜はさすがにフォローしきれない。


 一週間、どうするか瑠菜は考えて雪紀へ話すことに決めたが今のところ都合が合わず話せていない。


 「今日は休みよ。」

 「え?な、なんでですか?」

 「私が休みなのよ。」


 瑠菜は自分の荷物をまとめながら言った。

 早朝も早朝で、日は顔を出しているが月はまだ沈み切っていない。

 サクラは今日こそはと早めに部屋を出た。 瑠菜がまだ寝ているだろうと思っていたサクラは、電気をつけてスマホ片手にバッグの中に何かを詰めて荷造りをしている瑠菜を見てびっくりした。


 「瑠菜さん。お出かけですか?」

 「ええ。」

 「どこに行くんですか?ついて行きます!」

 「だーめ。あきとかかえの手伝いでもしてなさい。サクラはなんだかんだで失敗が多いんだから。」

 「えー。どこに行くのかくらい教えてくださいよぅ。」

 「はいはい。夕方までには帰るからね。」


 瑠菜が出ていくのを見てサクラはどうしようかと思った。

 弟子になってから約三週間、仕事ともいえない雑用を任されているとき以外はずっと瑠菜の後を追いかけていたため何をどうすればよいかもわからない。


 今から走れば瑠菜が歩いていたら何とか追いつける。

しかし、瑠菜が走っていればどうやっても追いつくことは不可能だ。


 サクラはそう考えて、あきらめることにした。






 「それで、ここに来たの?」


 時は昼前。

サクラはいろいろなところへ行って時間をつぶした。

 あきと楓李は、小屋で仕事一割、昼食九割の話をしていた。

 出前でも取ろうかと話をしているところへ、ちょうど狙ったかのようにサクラが来たのだ。


 「だって、瑠菜さん。どこへ行くのか教えてくれないんですもん。」

 「まぁ、あいつは教えないな。」

 「ここへ来るのは別にいいけど、もう少し早くに来てくれたらなぁ。」


 瑠菜が休んだことによって仕事のほとんどは、この二人のもとへと来ていた。

 それが終わり、昼食の話をしていたのだ。


 「楓李兄。あき兄。どこに行ったのか知ってますか?」


 サクラは二人のことを兄と呼ぶようになった。楓李だけに兄とつけていたのだが、あきが同い年なのにずるいと言ったので二人につけることになってしまったのだ。


 「昼食食べた?僕たちはこれからなんだけど。」

 「食べてないです。」


 サクラはいまだと言わんばかりにあきに対して食い気味に言った。

 どこから出したのか、出前のメニューを持っている。


 「うわぁ、おいしそうだねぇ。」

 「ですよね。これとかどうですか?」

 「いいね。」


 二人はちらちらと楓李のほうを見ながらそう言った。


 「ねぇ、これ食べたいなぁ。」

 「うわぁ、これもいいですね。」


 楓李は無視を貫こうとしていたが、我慢できなくなりすっと立ち上がった。


 「おっ!」

 「わーい!」

 「行くぞ。食堂。」

 「やったぁ、何頼む?」

 「なんですか?」

 「秘密。」






 食堂では、最高金額千円、最低金額百円という値段でしおんが昼ご飯を作ってくれている。

 値段が値段なため、人気がありいつも人であふれている。

ファーストフード店のように椅子と机が並んでいて、座っているのは基本的に会社の人間だ。

それもあってか、瑠菜はここで食べるのを好きではない。


会社の人間のほとんどが、瑠菜や楓李たちのことをよく思っていないというのを瑠菜は感じ取ってしまうらしい。

もちろん、楓李はそういうのを気にしない人なのだが瑠菜が嫌がるからいつもはここへは来ない。


 三人は空いている席へと座った。

もちろん、楓李のおごりなのでメニューから選んだのも楓李だ。

 少し待っていると、しおんがうどんを三杯持ってきてくれた。


 「サンキュー。」

 「え?」

 「あれ?」


 いいものが食べられると思っていた二人は一瞬びっくりした。


 「今、俺金ねぇし。瑠菜がいない時にいいもん食べるとまた文句言われるぞ。」


 楓李がうどんを食べながらそう言うと、あきとサクラもしぶしぶ食べ始めた。


 「あき兄はお金あるでしょ?」

 「ごめん、今月は無駄遣いしすぎて、残り五円なんだよね。」

 「瑠菜に頼め、瑠菜に。」


 楓李は、一応指輪を買ったため二人分ならともかく三人分の昼食を買うお金はなかった。


 「あーあ。サクラさえ来なければおいしいのを食べられたのに。」

 「あき兄がいなければ私だって。」

 「お前ら、自分で払う気はねぇのか。」


 そんな楓李の心の中を代弁したのは髪の短い女性だった。

 いつからいたのか、サクラは理解できずにあたふたしている。


 「よぉ、坊主ども。瑠菜はいねぇのか?」

 「瑠菜は休暇を取って出かけて行った。」

 「ほぅ。じゃ、こいつがあいつの新しい弟子か。」


 女性はサクラの上から下までをじっくり見ながら言った。


 「さ、サクラです。」

 「上の名前は?」

 「へ?あの、……」


 基本的に仲間のうちでもフルネームを教えあうことはないと、瑠菜から教わっていたサクラは戸惑ってしまった。


 「その……え」


 サクラが言いかけたその時、横に座っていたあきがそっと手を伸ばして制した。


 「やりすぎだ、アリス。」


 黙っていた楓李も一言そう言う。


 「あり、す?」

 「あぁ、そうそう。あたいの名はアリスだ。物語のようにかわいくはないがな。」

 「あまりかかわらないほうがいいよ。」

 「は?」


 あきがうどんに向き合いながら言うと、アリスは負けじと言い返した。


 「本当に、お前らは瑠菜に甘いよなぁ。いっそのこと瑠菜の下についたほうがいいんじゃねーの?」


 アリスがあおるように腕を組みながら見下すが、二人は無視を貫き通した。


 「ほうほう。アリスちゃん、言ってくれるわねぇ。」


 サクラが声のするほうへと目を向けるとアルスよりも十センチほど背の低い少女がにっこりと不気味な笑顔で立っている。


 「げっ……」

 「私の弟子になんか文句ある?」

 「瑠菜さ……」


 瑠菜は身軽にアリスに近づくと、アリスのあごに手をかけた。


 「あんた、私たちよりも階級下でしょう?階級すべてのこの場で、その態度が許されるとでも思ってんの?」


 瑠菜は軽く目を細めてアリスを見ると、静かにそう言った。

 アリスはそのまま少し後ろに下がると、百八十度回って出口へと走っていった。


 「だ、だだ、だまされないですからね!」

 「何もだましてないんだけどなぁ。」


 瑠菜はアリスの捨て台詞に、ため息交じりにそう返す。


 「よかったな。あいつを弟子にしなくて。」

 「本当にね。」


 瑠菜は楓李の横に座ると、楓李のうどんをじっと見た。


 「え?あんな態度が許されるんですか?見た感じめっちゃわがままそうですよ。」

 「かえ、あー……ん、ん。あんたも人のこと言えないわよ。」

 「人の目の前でイチャイチャしないでください。」


 楓李からうどんを奪いと……もらう瑠菜に対してサクラはジト目でそう言った。


 「あと、あんたの姉弟子になってたかもしれないのよ?」

 「……よかったです。でも、それなら特にどうしてあんな態度を?」

 「もともと、うちの会社は三月の後半に面接があるんだけど、その時も瑠菜の弟子になりたいって言ったあの子を瑠菜は落としたの。まぁ、サクラは受けてないからわからないと思うけど、ここの会社の面接は受かる方が珍しいからね。」


 あきがうどんを食べ終わり、お茶を飲みながら説明をする。

普通のお茶のはずなのに、なぜか高級なお茶を飲んでいるように見えたのをサクラは気にしないようにした。


 「私は、それを受けなくていいんですか?」

 「師匠となる人物が直々に指名した場合は別ね。というか、僕らも面接で受かってここにいるわけじゃないし。」

 「え?瑠菜さんも?」


 サクラはびっくりしたように瑠菜のほうを見た。


 「まぁ、こいつは見習いの時期すらもすっ飛ばしているがな。」


 楓李が付け加えてそう言うと、サクラは少し考えた。


 「あれ、私って……」

 「見習いに決まってるでしょ?」

 「え?」

 「そんなに良くできた子じゃないわよ。」

 「そんなにバッサリ言いますか?普通!」


 涙目になってサクラは瑠菜に訴えるが、瑠菜を含めた三人はにこにことしている。


 「瑠菜は特別だったんだよ。サクラちゃん。」

 「と、特別?」


 大笑いをしているあきの言葉に、サクラはきょとんとして聞き返す。


 「そう、瑠菜は筆記、実技ともに満点を一発でとっているから、小五の時から特別な扱いを受けてるんだ。弟子に上がるために必要なことは全て合格したから、見習の時期がないんだよ。」

 「学校のテストみたいですね。この会社は何を目指しているんですか?」

 「優秀な人材を育成するのを目指している、かな?」

 「あき、しゃべりすぎ。それに何よ、優秀な人材って。」

 「間違ってはいないでしょう?」

 「実験のため、のほうが適切だと思うけど。」

 「瑠菜、あき。黙れ。」

 「「はい。」」


 楓李が二人に低い声で言った。

止まらない二人の会話を黙っていながらも聞いていたらしい。

 二人もびっくりしたらしく声が飛びあがっていたが、それ以上に震えているのが一人いた。


 「サクラ、傷つくからそんなに怖がるな。」

 「ごめんなしゃい。」


 サクラは頭がよく回るような子供ではなかった。

こう見えても生まれてからまだ十四年前後しか生きていない。

最近やっと、ランドセル離れをしたばかりだ。

 瑠菜とあきは、とても大事なことを話していたのだが、サクラからすれば意味が分からないことでしかない。





 「瑠菜、あれ見て。」

 「え……」


 わちゃわちゃとしながら食堂を出ると、ヤンキーや不良という言葉の似合う男たちが立っていた。

 しかし、お目当ては瑠菜ではなかったらしく、そのまま通してくれた。

サクラは少しほっとしながらもこわごわとして横を通った。


 「誰を待っているんですか?」


 サクラはびくりとした。

 瑠菜の幼くおどけた声が後ろで響いたのだ。


 「あ?」

 「いや、出入り口でそんなににらみ聞かせながら立っていたら迷惑だし。」


 くすくすと笑いながら続ける。

ヤンキーはイラついた態度で殴り掛かりそうな勢いを見せる。


 「な、何してるんですか?瑠菜さん!」

 「へ?」


 サクラはこわごわながらも止めに行った。


 「いや、邪魔でしょ?」

 「じゃまでも声をかけないでください!」


 あきと楓李は少し周りを見た後に、ため息をついてからサクラの肩に手を置いた。


 「サクラ、それ瑠菜じゃねぇぞ。」

 「え?」

 「アハハ、ばれた?」

 「え?」






 ここはどこだろうか。

 今からどこへ行くのだろうか。

 瑠菜はひたすら考えた。

 目の前の少し見覚えのある女は瑠菜のほうは全く見ないで歩いている。

 何となく呼ばれた気がして来てみればこれだ。


(黙ってきたこと怒るんだろうなぁ。)


 機械のように前を見て歩く女は、ロリータ服と言っただろうか。

ひらひらのたくさんついた動きにくそうな服を着ている。


(逃げてもばれなさそうだなぁ。まぁ、ついて行くけど。)


 二人は山の中の小道を相当奥まで進んでいる。

一人では帰れないだろうかと、瑠菜は少し不安を感じているところだ。


 「ねえ、この奥に何があるの?なぜ私を呼んだの?」

 「ご主人様の遺言なのです。頼みがあるから連れて来てくれと。」

 「ご主人様?」

 「……。」


 答えてもらえなかったため、瑠菜もこれ以上は黙っていることにした。

 どれくらい歩いたのかはわからないが、日が傾き始めている。

 機械のような女はやっとのことで立ち止まった。


 「こちらです。」

 「こちらですって言われても……」


 瑠菜はその場所を眺めた。

家があるわけでもなく、ただ気が少しあるその場所は瑠菜も知っている場所だった。


 「ここって、コムさんとよく来た場所かしら?なつかしいわね。みんなでピクニックしたの覚えてる。もしかしてあなたのご主人さまって!」

 「覚えているなら話は早いです。私のご主人様はここを管理していたのです。」


 瑠菜はそれを聞いて少しがっかりした。

 コムがいなくなって、もしかしたら自分に何かを残してくれていたのかもしれないと思いうきうきしたのだが、コムではないと知ったからにはその人は瑠菜にとって全く知らない人だ。


 「で?その人の名前は?」

 「小学生を、引き取ってほしいのです。」

 「小学生?いくつの子?」

 「学校にすら行かないような方で、ご主人様がとても可愛がられていた方です。」


 機械のような女は、瑠菜の質問は基本無視したように話し出した。

 地味に合わない会話に瑠菜は違和感を抱いたが、考えようもないので無視をした。


 「無理。」


 瑠菜は女に対してそう言い放った。

 普通の人間ならば怒っても仕方がないくらい、態度も言い方も冷たく言い切った。

しかし、女は変わらぬ表情で遠くを見つめている。


 「もう、そちらに行かれているかと思います。」

 「なぜ、私をここへ連れてきたの?」

 「面と向かって、弟子入りを頼んだところで九十パーセントあなたは断ったでしょう?周りから固めていければ断りにくくもなるでしょうし。」

 「いやよ。周りがどう言おうと私は私なの。ここでは、私の決めたことに文句は言わせない。」

 「弟子にして差し上げてください。」


 女は瑠菜を見ず、遠くに向かって話す。


 (目が見えていない?いや、それならここへ来ることもできないはず。もっと根本的に何か……)

 「ロボット……あなたは、ロボット……機械なのでしょう?」

 「……。」


 女は何も言わなかったが、瑠菜はそれで正解だろうと確信した。

 さすがに瑠菜がロボットだと見抜くプログラムなどされてはいないだろうし、話を聞く限りこの女の制作者であるご主人様という存在はもういない。

ひらひらとした服で隠されてはいるが、関節にも動くための機械があるはずだ。


 「その子供の年齢はいくつ?何歳の子供なの?」


 瑠菜はロボットが答えるためのカギとなる単語を探しながら質問をした。


 「十二歳です。」

 「身寄りは?一緒に住んでいる大人とか頼れる人は?他にあなたたちと関わっている大人はいる?」


 ロボットは答えなかった。

 プログラムにないのか、瑠菜の質問に該当する大人がいないのか、どちらかはわからないが瑠菜は考えた。

 中学生になるかならないかの子供。

日本でその子供たちが暮らすためには施設に入るしかいない。

里親となる人がいれば別だが、中学生となるとお金もかかるだろうし思春期も来るだろうから、成人を迎えるまで出られないか施設を出たり入ったりすることになるだろうと瑠菜は思った。


 「わかった。その子の名前はなんていうの?」

 「……。」

 「世話してあげる。弟子にする。私が引き取るわ。」

 「ありがとうございます。」


 語先後礼の良くできたロボットだと、お礼の後にしっかり頭を下げるそれを見て瑠菜は思った。


 「あなたはどうするの?」

 「……。」

 「一緒に来る?」

 「……。」


 瑠菜は一応聞いては見たが、思っていた通り無言だった。

基本的にプログラムされていることしか理解することできないため、やりにくいなと瑠菜は思った。


 「子供のこと、教えてほしいの。」

 「承知しました。」


 ロボットにプログラムされているのはその子供のこと、おじいさんというご主人のことのみのようだ。


(おじいさんは、その子供のことを助けてほしくてこのロボットを作った?……と考えてよさそうね。)


 瑠菜はそれを聞きながら山を下りて行った。






 一方、瑠菜が急にいなくなってしまったことを理解(やっとのことで)できたサクラは軽くパニック状態だった。

ヤンキーっぽい怖い集団は楓李が一度にらみを利かせただけでひるんでいなくなったため、いつもの小屋のような場所へと戻ってきていた。


 「けっきょく、あなたは誰ですか?」

 「えっと……、キミ?」

 「私なわけがないですか!」


 この二人は、ここ三十分ほどこのコントをしていた。

 顔を真っ赤にしたサクラに対して、お惚けを装ってふざけているのか、はたまたこれが普通なのか瑠菜に似た子供がさらりと答える。

楓李やあきから見ていると二人ともすごく真剣に見えるのは、なぜだろうか。


 「あなたは瑠菜さんじゃないですぅ!」

 「あ、うん。そうだよ。僕はキミだから。」

 「だーかーらー!君は君、私は私です。あなたは私じゃないです!」

 「そうだよ?」


 キミと名乗る子供は首をかしげながらサクラの言葉に反応する。

その態度が、またサクラの怒りを上へと持ち上げる。

 あきはそんな二人をテレビでも見ているかのようにくつろぎながら見ている。

 楓李は、無視を突き通そうとしていたがあまりにも長々と続くそれにあきて口を開いた。


 「お前、男だろ?それ以上サクラに近づくなよ。」

 「え?男なんですか?」

 「アハ、ばれちゃったかぁ。さすが楓李さんですね。で?何で近づいたらダメなんですかぁ?」

 「じゃぁ、キミって言うのも……」

 「うん。キミって呼び捨てでいいよ。」


 声色が明らかに低くなり男っぽい感じになったキミを見て、サクラはもっと腹が立った。

 しかし、これ以上怒り狂っても楓李とあきに迷惑をかけるだけなので考えないように心掛けた。


 「あー、そうですか。」

 「棒読みだねぇ。」

 「ふざけないでください!」


 サクラは気持ちの入れ替えがよくできるわけでもないため、意図せず態度に出てしまっていたようだ。


 「で?キミ君。瑠菜はどこ?」

 「さぁ?リナがどこかへ連れて行ったんじゃないですか?」

 「たっだいまぁ!あ、いたいた。」


 ガチャリと勢いよく扉が開き、ピリピリとした雰囲気の小屋に高く明るい声が響く。


 「瑠菜さん!」

 「瑠菜!どこ行ってたんだ?こんな遅くまで!」

 「ごめーん。ちょっといろいろあって。」

 「何かしら一言言ってから行け!」


 楓李の様子を見て、サクラは言葉に詰まってしまった。

何なら、甘えたいくらいなのにサクラにはそれをしてもいいのかわからない。

誰かに甘えること、自分の気持ちを正直に打ち明けることはサクラにとってとても苦手なことの一つだ。


 また、楓李に叱るような口調で言われた瑠菜は確かになぁ、という風に思ってにこりと笑った。


 「絶対に、助けてくれるでしょう?私に何かあったら。」

 「っ……」

 「サクラ。おいで。」


 瑠菜はそういって楓李の横をするりと通り抜けると、サクラに向かって手を広げた。


 「うっ……瑠菜さん、どこ行ってたんだずがー?」


 ギュっと瑠菜に抱きしめられたサクラは、一秒もたたないうちに顔をぐしゃぐしゃにしながら瑠菜に言った。


 「ごめんね。心配かけちゃったね。」

 「ぼんどですよぅー。」


 何分くらいかして、サクラが泣き疲れて寝てしまった頃、瑠菜は初めてキミという子供と目を合わせた。

ソファーの上で、瑠菜の膝枕で寝ているサクラの姿はキミの中で小さい子供のように見えた。


 「もう帰ろうか。お兄たちも心配するし。」

 「あぁ、そうだな。」

 「僕がサクラちゃん連れていくね。」


 あきは軽々とサクラをお姫様抱っこしながら言った。


 「いや、俺が、」

 「楓李にはもっと大変な仕事があるんでしょ?瑠菜。」

 「外にロボットがあるの。ちょっと電池切れたみたいだから、ヒカルのとこにでも持っていこうかと思って。かえはそっちを運んでくれる?」

 「あ、あぁ。」


 瑠菜はそれだけ伝えて、自分と似た顔の不安そうにしているキミの目の前にしゃがみこんだ。


 「っ、な、何?」

 「ほんと、そっくりね。いつもは何て呼ばれているの?」

 「キミ。」

 「きみ……。」


 キミはサクラの時と同じ答えを返した。

本当にキミとしか呼ばれなかったのだろう。

 瑠菜はいろいろな場所へと言って自分よりも幼い子供を見てきた。

番号で呼ばれている子供や名前が定まっていなくてたくさんの呼び名を持つ子供、誰からも名前をもらえない子供は山ほどいる。

それでも瑠菜にはどうすることもできないのが事実だ。


 「キミって言うのは少し不便だから、そうね。……リンナイ。リンナイでどうかしら。」

 「瑠菜!それは、」

 「呼び名はリナで。」

 「瑠菜!」

 「かえ、うるさい。」

 「り、な……?」

 「なんでお前の名前をあげてんだ?別にあげなくても、」

 「いいでしょ?私の子分なんだし。」


 怒る楓李に瑠菜は笑って言うと、楓李は何も言えなくなった。


 「いいねぇ。リナ君か。」


 あきがうなずいているのを見て、瑠菜はほらねという風に楓李を見た。





 この後、リナを連れて帰ると、雪紀が待っていてこっぴどくサクラとリナ以外の三人が怒られたのは言うまでもない。


(だから休日っていやなのよね。休むのやの字もないんだから。)


 瑠菜はため息をつきながらそう思った。

 そのため息と共に瑠菜の休日が終わったのであった。

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