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坂条 伸

プロローグ

「〝回天まわれ日輪天貨にちりんてんか、我がは——〟」


 真上から降りそそぐ光をさえぎるように、鬱蒼とした森のなか、中性的な美しい顔立ちをした少年が無表情のまま真銘マントラをつぶやいた。

 少年の第二魔法ギフトにより顕現していた彼の額にある太陽を模したメダル〝日輪天貨〟が、真銘マントラを唱えることで第三魔法ギフトへと昇華し、ゆっくりと回り出す。

 その回転が少しずつ速くなるにつれて、彼の全身が少しずつ輝いていく。


 その輝きは太陽の光に非常によく似ていた。


 瞬く間に暖かな黄金の輝きが少年の全身を包み込むと、少年は無造作に右手を前へと突き出し、手のひらを開いた。

 すると、その周囲にいくつもの黄金の炎が生まれ、少年が手のひらを向けた方へと勢いよく飛び出していく。


 炎が向かった先には、フードを目深に被ったレインコート姿の男がいて、左手で抱えるように重厚な装丁の本を持っていた。

 男は口元に引きつったような笑みを浮かべながら、炎から逃げるために走り出す。


「ひひひ、〝読了よみあげろ万化法典ばんかのほうてん、我が銘は罪禍の玉体シェイプシフター〟!」


 男は狂ったような笑い声を漏らしながら、叫ぶように真銘マントラを唱える。男の第二魔法として顕現していた本〝万化法典〟が、虹色の光を帯びて第三魔法へと昇華していく。

 すると次の瞬間、男が抱えていた〝万化法典〟が独りでに浮き上がり、自動でページがめくられ始めた。

 次々とページがめくられ、何らかの絵が描かれているページが開かれる。するとそのページから灰色の粒子が溢れ出した。

 溢れた粒子が男の右手に集まり、一瞬で捻れた杖を形作った。


「ふひひひっ、さあ〝捻槍悪笛デモンスピア〟奏でろ!」


 男は第三魔法による権能を使用し、固有魔法ギフトではない第二魔法〝捻槍悪笛デモンスピア〟を模倣して召喚したようだ。

 その杖から響く力強い重低音が世界を揺らし、男を狙う黄金の炎たちをほんの少しだけ震わせる。男はそのわずかな隙をつき、慌てて炎を回避した。


「ひひっ、模倣頁フェイクページじゃ無理かあ」


 男が一度本を閉じると、右手に持っていた杖が一瞬で霧散する。


「そ、それじゃあこれだ! ひひひ、〝読解かたれ・万化法典、我が銘は罪禍の玉体シェイプシフター〟!」


 男は一度閉じた本を開いて目的のページを急いで探すと、先ほどとは別の真銘マントラを唱えた。

 すると今度は、宙に浮かぶ本自体が闇色の粒子となり、美しい黒い刀を形作った。


「くくっ、くひひひっ、〝奉納ささげろ弑神黒刀かみきり、我が銘は英雄の一閃ギルガメッシュ〟!」


 男は続けて新たな真銘マントラを唱える。男が新たに模倣した黒い刀が、第三魔法へと昇華していく。


 固有魔法は、第一から第三までという法則を無視するかのような男の魔法ギフトだが、男の第三魔法〝罪禍の玉体シェイプシフター〟の能力は、二つの真銘マントラを使い分けることで、第二魔法の模倣フェイクページだけではなく、第三魔法の模倣フェイクブックすら可能という、他者の魔法ギフトの模倣に特化した異常極まる権能であった。


 男は両手で刀を持ち振りかぶると、距離があるにも関わらず少年目掛けて振り下ろした。

 その瞬間、刀を振り下ろした空間に割れ目が生まれたかと思うと、少年を巻き込むように空間がズレた。空間そのものを切り裂いたようだ。


 空間の断絶に巻き込まれる形となった少年だったが、切り裂かれた瞬間に炎そのものへとなり、透過することで攻撃を無効化した。

 少年は、自身の姿を完全に黄金の炎へと変えると、光の速度で男へと迫った。


「ひひっ、み、。し、死ね」


 男は光速で近付いた少年に合わせるように刀を横へと振る。今度は空間ではなく、少年そのものを、炎という概念自体を切り裂こうとしているようだ。


 男が持つ刀により引き出された力、模倣した第三魔法は〝英雄の一閃ギルガメッシュ〟。その権能は、指定した対象を確定で切り裂く超常の力であった。


 しかし男の刀による攻撃は、先程と同じく少年の体に触れることもできずに透過される。

 攻撃を躱した少年は、光速の勢いのまま男にぶつかり自身の炎を燃え移した。

 男は全身に火傷を負いながらも、刀の権能を利用して自分の周りにある酸素を切り払うことで、燃え盛る炎を消し去ることに成功する。少年自身が変じた炎には干渉できなかったが、燃え移った炎であれば消すことができるようだ。


 男の確定切断とでもいう恐るべき力を前にしても、少年の力は全く引けを取ることはなかった。

 少年が変じた黄金の炎はであり、ただの炎とは存在の格が違ったのだ。


 太陽の炎へと自身を転身させる少年の第三魔法には太陽神の名が冠されていた。



 〝—————〟と。



 激しさを増して争いあう少年と男の因縁は、この戦いの半年前にまで遡る。


 桜の咲く始まりの刻に——

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