中秋の名月

男性サイド

私：中秋の名月。

私：その意味を教えてくれたのは、キミだったね。

私：一年の中で最も月が美しく見える日。キミが一年で最も好きな日。

私：幼い頃から私たちは共にこの月を見上げてきた。ススキを手に、キミの作った団子を食べる。正直、ただ月を見上げているのは私にとっては少し退屈だった。

私：だから私は月よりも、私の隣で月を見上げるキミの横顔を見ていた。今思い出してもあのときの横顔は美しい。月の光を浴びて淡く輝くその横顔を、私は月よりも長く見ていたものだ。

私：そして私は、こんな日々がずっと続くのだと、夜空に輝く月のようにずっとそこに在るのだと、このときは思っていた。

私：だからあの年の、月の輝く夜。

私：一年で最も美しく月が見える夜にキミが言った言葉は、後悔とともに私の胸に刺さったままだ。

私：私の知らぬ男性の下に、キミは嫁ぐ。

私：それはキミの両親と、その男の両親が決めたこと。子供であるキミには拒否することなどできなかっただろう。

私：そして私も、その婚姻に口を挟むことなどできなかった。

私：私の気持ちは、たぶんキミに伝わっていたと思う。でもだからこそ、私は焦る必要などないと考えてしまっていた。言葉にしなくても気持ちは通じ合っているのだから、と。

私：でもそれが間違いだった。気持ちは通じ合っていても、その想いが叶うとは限らないのだ。

私：だから私は、この日、この月を見上げる度に今でも思い出す。私の愚かさを痛感する。

私：この輝く月の下、私はキミを引き留めれば良かったのだ。手を握り、私の気持ちを言葉にし、そしてキミの両親に逆らってでもキミを奪っていけば良かったのだ。

私：そうすれば今、こんな気持ちになることはなかった。

私：一年で最も美しく見える月を、涙で滲ませながら見上げることなんてなかったのだ。

私：･･････キミは今、幸せに暮らしているだろうか。

私：夫とは仲良くやっているだろうか。子供はできただろうか。

私：キミは、幸せだろうか。

私：私のことは、忘れてしまっただろうか。

私：ああ、それでも構わない。今のキミが幸せなら、それでいい。

私：私のことは忘れてくれて、構わない。そのほうが幸せに違いない。

私：でもきっと、私はキミのことを忘れることはないだろう。

私：･･････わかっている。わかっているさ。私のこの想いが嫁いだキミには迷惑になることくらい。

私：キミのことを想うことが、許されないことくらい。

私：だが思い出してしまうんだ。この月を、見る度に･･････。

私：だからこの日。

私：中秋の名月。

私：キミが一番好きだった月の夜の、この日だけは。

私：私は、キミのことを想ってもいいだろうか？