白銀等級の実力
凄く笑っているカーフに、どう答えるか悩む。
「手合せを願いたいね、エルムくん」
「どうしてエルムなんですか」
グレイブが聞くが、カーフは笑っているだけだ。
新人たちが不穏な雰囲気を感じ取り、俺に言ってくる。
「おい、お前何かしたのか?紅玉等級になんて敵う訳がないんだから、謝っちまえよ」
「御免なさいすれば、いいだけだから」
何故なにもしていないのに、俺が謝るのが前提なのか。
「何で俺なんですかね?」
「それは君が良く知っているだろう?」
良い大人に疑問を疑問で返されたよ。
しかし、恨まれることなんてした覚えがないんだけどな。
「分かりませんね。恨まれることはしてないと思います」
カーフが少し怒った顔をした。
「君がフレイに媚びて、白銀等級になったのは知っている」
「は?媚びた?俺が?」
むしろ逆に言いくるめられた感じですが。
カーフが腰から剣を抜いた。
おいおい、それはちょっと困るぞ?
「正式に入ったらすぐに言いがかりとか止めてもらいたい」
俺が言っても薄く笑うだけか。なるほど。
「良いから手合せしなさい。先輩を困らせるんじゃないぞ?」
「ああ、そうですか」
俺はカーフと同じ、土が引いてある少し高い場所に上がる。
「獲物は無いのか?」
「…言っとくけど、俺は手加減が苦手だからな?」
「ほう?俺に手加減?」
俺は溜め息を吐く。
「今まで、殲滅しかしたことが無い。だから対人戦は足を千切るか腕を千切るかしか出来ないと思う」
「…は?」
カーフが変な声をあげた。
「フレイにも街中で殺人は駄目だって言われている。魔力が多すぎるんだ。普通の使い方は多分できない。それでも良いんだな?」
少しだけ魔力を開放する。
カーフの動きが止まった。俺をじっと見ている。
「これで物凄く頑張って押さえている状態だ。やるんなら、冒険者人生を諦めてくれ。俺はそれしか言えない」
「分かった。そこまで言うなら見せてみろ」
カーフが戦技を放つように剣を構えた。周りの新人たちが息を飲む。
俺は忠告をしたからな?
「〈斬閃〉」
俺の指先から光が走った。カーフの腕が千切れ飛び、血飛沫が吹きあがった。
「あああ!?」
カーフが残っている上腕を押さえながら叫んだ。俺は集中を止めてカーフを見る。地面に倒れた男は痛みに耐えるために必死で、俺を見ることはない。だから言ったのだが、自業自得だと思うのだが。
外野の新人君たちが悲鳴を上げている。
俺は振り返って、青い顔をしているが叫んでいないグレイブに話しかけた。
「フレイを呼んできてくれ」
「あ、ああ。分かった」
グレイブが一階に走っていく。一分もしないうちにフレイとアイシンが顔色を変えて走って来た。
俺の前で腕を握って呻いているカーフを見る。
「バカな事を」
アイシンが呟いた。
「やったのは俺だよ」
「分かっている」
「加減できないとは伝えたけど」
「良いのです、エルムさん。愚かなのはカーフです」
青い顔をしてフレイが言っているが、ギルドのメンバーを傷つけたのは事実なのだから、何かの罰でも発生するのだろうか。一緒にいた新人にも止めなかったと言って何か処置があるのだろうか?
「ああ、そうだ。この先そういう事しないなら治すけど」
「……は?」
アイシンが俺を見た。
俺は溜め息を吐きながら、まじまじと俺を見ているアイシンの顔を見かえす。
「治せるよ、千切れても。ただ、都合のいい様に使うとか、土下座すれば何とかしてくれるとか思われたくないから、使いたくないんだけど」
「ああ、そうでしたね。エルムさんなら」
フレイがそう言って頷くとアイシンが変な顔をした。
「え、なに。フレイは何か知ってるのか?」
「私の神に誓いましたので他言できません」
「フレイの神って、無理じゃん」
どうやら厳格な神らしい。
「どうする?」
「治るなら治してくれよ!?」
カーフ本人が言ってくるが、それに答えず俺はアイシンを見ている。
「そういう便利だなあってのをしないなら、治すよ。するつもりなら治さない」
俺の顔を見ているアイシンは、カーフを見降ろした。
腕を抱えて泣いているカーフは、剣を握っている方を狙ったから利き腕が無くなったんだと思う。
「しないから、治してやってくれ。ただし完治しなくていい」
「何で俺に加減しろって言うかな。出来ないんだよ加減が」
少し怒って俺が言うと、アイシンが口を閉じた。使う魔法は俺が決めるのだから指示しないでほしい。大体どの魔法もまだ手加減なんて出来ないのだから。
「俺がやると完治しちゃうから、そっちでペナルティ付けろよ」
「分かった」
俺はカーフを見て指先を動かす。
「〈再生〉」
光が渦巻き、光が消えると治っていた。
泣いて鼻水まで出していた男は自分の腕を見てきょとんとしている。握って開いて確かめた後に。
「夢だったのか?」
と言った。違うよ、バカじゃないのかこいつ。
「お前の前の腕はそこにあるだろ。今の腕は再生したやつだから別物」
俺が指差す先に、俺の魔法で切られた腕が残っている。
もちろん取り込んで再生もできるけど、今回はこいつが信用できなかったから、分からせるために別で再生した。だから現物が残っている。
驚いて動きが止まったカーフをフレイが殴った。
え、殴った?
結構な勢いでカーフが飛んだ。その先にフレイが歩み寄る。
「愚かにも程がある。あなたは等級を下げます。反省しなさい」
「え、なんだよそれ、俺が何で降格しなきゃいけないんだよ!?」
後ろで腕を組んでみているアイシンが溜め息を吐いた。
「嫌なら追放だ」
アイシンが言った言葉に、カーフの動きが止まる。
「なんでだよ?後輩にちょっと手合せしただけだろ!?」
フレイが物凄い冷えた声で言った。
「そもそも、演武は講義に入っていません。あくまで新人に知識を教えるだけのはずです」
ああ、やっぱりな。
武器の使い方とかは別だろうと思っていたけど。
「そんなのサービスだろ!」
フレイが俺以外の新人たちを見る。
「皆が怖がっています。私達は新人を怖がらせるために講義をしているのではありません。恐怖を少なくするために講義しているのです」
「それだって、降格とか横暴だろ!?」
唾を飛ばしながら怒鳴るカーフにアイシンが冷静な声で告げた。
「なら出て行け」
再度、アイシンがそう言った。
カーフがアイシンを見る。見返すアイシンの眼は冷えていた。
「お調子者が、これ以上しでかしてくれるな。嫌なら俺のギルドから出て行け。止めはしない」
カーフは何度か口を動かしたが、何も言わずに地下練習場を後にした。降格を受け入れるのか冒険者を止めるのかは俺には分からない。
「すまなかったな、エルム」
渋い顔のままアイシンが頭を下げた。
俺がなにも言わないのを怒っていると判断して、まだ頭を下げている。
「…できれば魔法使いは自分の手の内をさらしたくないんだよ。それをこういう事態とはいえ、一つ公開したんだから」
俺が言った事に新人たちがハッとしていた。魔法使いは使える魔法がばれるほど弱体化する。だから手の内はパーティメンバーにも言わない人の方が多い。
それは常識の様で。
「買い取り額、倍で」
「は?」
アイシンが顔を上げた。
「ギルドが責任もって倍で」
「お、お前の持って来る討伐証明を?」
「そう。倍で」
もの凄い渋い顔で、アイシンが値切ってくる。
「1.5倍じゃ駄目か?」
「しょぼいこと言うなよ。倍でいいじゃん」
「い、嫌、しかしお前のは」
まあ、ケルベロスさん、大金貨3枚だったしなあ。
この国でのお金は銅貨、銀貨、小金貨、金貨、大金貨。それから金の板がある。
つまりまた、ケルベロスを持って来たら、えらい出費だという訳で。
「エルム、頼む」
アイシンが頭を下げてくるが、それに首を振った。
「俺ばっかり損するのは嫌だな」
そう言いながらグレイブを誘って一階に昇る。他の新人も上がってきて、何故か一緒に食堂にやって来た。
これは仕方がないかも。
「じゃあ今回の皆に、お昼奢ってくれ。それでいいよ」
そう言ったらアイシンがほっとした顔になり、訝しげだった新人たちが嬉しそうな顔で注文を始めた。
ここにいる誰が敵か。誰が愚かな事で俺の足を引っ張るのか。分からないけれど。
少なくとも今は、この時間は気を張らなくてもいいかと思いながらグレイブと一緒に、メニューを選んだ。食事が終わる頃には皆が先の出来事を納得できていればいいのだけれど。
後日、今回の講義は返金された。
一緒に学んだ白銀等級の冒険者たちは、随分得したなあって羨ましがられたらしいと、グレイブが教えてくれた。
この間の事は俺にとっては良い事なんか何もなかったのだけど、他の人にはまあまあだったらしい。
なるほど。やっぱり世間とは違う感覚らしいな、俺。
そしてやっぱり、嫌な話が持ち込まれた。
一緒にいた奴が漏らしたのか。カーフがどこかで言ったのか。
「手足が千切れても治せるって本当かい?」
町の外に出た俺の前に、貴族っぽい馬鹿が立っている。周りは甲冑を着た騎士がずらり。
お前ら命が惜しくないのかって問いかけてみたい。
「知りませんけど」
「ミーリヤ様に向かってなんて口の利き方をするんだ!」
そう言って甲冑に槍を突き付けられる。
ハア、さようで。
煌びやかな服を着た若い男は金髪で青い目をしている。しかし鍛えているようには見えないし、何処も身体を壊しているようにも見えない。
「貴族様が何の用ですか?」
喉元に槍の先が近付いているが、金髪の男を見たまま話す。
「バラバラでも治せるって本当かい?」
「それが本当だったら、何ですか?」
そう答えたら実に分かり易く笑った。
「私のものになるがいい」
「え、断るけど」
きょとんという顔をしても、いう事は聞かないけど。
「貴様!ミーリヤ様に向かって」
「ああ、二回も聞かなくていいよ。俺は知らない人のいう事を聞く必要性が無い」
槍を手でどかして言うと、騎士たちが全員武器を構える。
だから命は惜しくないのかいって話なんだけど。
「なぜだ?何故私の誘いを断るのだ?」
「え?俺の利益が無いから」
「私に仕えられれば幸運だぞ?」
「幸運かどうかは俺が決めることで、お前が決める事じゃない」
またきょとんとした顔だ。俺の話が分からないって顔をする。お前、ちゃんと教育受けてるのか?
「私に仕えるのは幸運ではないのか?」
「俺には違う。他の人は知らない」
槍を構えたままの甲冑たちが、少し輪を狭めたが、俺の魔法の範囲は変わらないからどうという事もない。
「貴様!逆らうのなら家族がどうなるか分かっているのか?!」
「……は?」
俺の低い声が聞こえないのか、騎士が勢いを付けて話す。
「貴様の様な平民の家族など、どうとでも出来るのだぞ!ミーリヤ様に仕えないなどというものなら」
「死ねよ」
俺が言った途端に話していた騎士の首が飛んだ。バランスを崩した身体が、派手に血しぶきを上げて地面に倒れ込む。
他の騎士が武器を構えなおすが、取り敢えず警告する。
「俺の家族に手を出すなんてもう一回言ったら、全員殺す。お前たち俺が魔法使いだって知って来てるんだよな?それも奇跡が起こせるほど強いって聞いて来たんだろう?それなのに脅して何もないと思ってたのか?」
俺が全くもって低い声で言うと、騎士たちが一歩下がる。
金髪の男は血だまりを見て、震えて泣きそうな顔をしていた。
「こ、これは私に長く使えてくれた者で」
「知らない。俺の家族に手を出すとか下種な事を言ったのはそっちだ。力尽くならこっちもそうするだけだ」
騎士の一人が金髪に近付く。
「ミーリヤ様、やめましょう。これは手に負えません。本当に我々全員殺すつもりです」
嘘で言わねえし、手も下したんだから分かるだろう?呑み込みが遅くないか?
「回復してくれる、善なる者ではないのか?」
涙目で言われても知らねえよ。善人は家族が殺されても笑って自分に仕えるとか本当に思っているのだろうか?
教育やりなおせ。
騎士に宥められて、金髪が馬車に乗り帰って行った。死骸は二台目の馬車に担ぎ込まれた。さすがに目の前で消去するほど怒ってはいなかったが、家にもう少し防御魔法をかけよう。
森に行く予定を切り上げてギルドに行き、貴族名観を借りる。
そんなものを俺が見ているのが珍しいのか、数人がちらりと見ている。
ミーリヤ。
ああ、これか。クラータ王家、第七皇子。なるほど。
バカって事だな。また来るかもしれないな。
溜め息を吐いたらフレイに聞かれた。相談してもいいけど、どうしようか。
貴族に詳しい人っているかな。俺はそういうのはさっぱりだから知識が欲しい。そんな事を考えていたら。
「あなた、何を探しているの?」
俺の横に真っ赤な色が立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます