新人冒険者の大冒険・中編
戦闘の後は血の臭いが充満しているから早めに立ち去りたい。
が、しかし。三人にとっては上位の魔物の部位だ。ウキウキとしながら剥ぎ取っているのを見ると、もう少し待ってやるかという気になる。
「耳は取ったぞ」
「あとは牙と、角」
俺の魔法で切り刻んだので結構な状態なのだが、さすがにそこは気にしないのだろう。トア達も三か月以上は冒険者をやっているのだから。
「しかし、小さな工具箱を各自持たされたのはこういう事だったんだな」
オウガの角を小さな糸鋸で切りながら、コルドが呟く。
「こんなの持ってなかったもんなあ、俺達」
オウガの口をガッと開いて、牙をペンチで抜きながらグラスが頷いた。
「いつも私達、全部ナイフで取ってたものね」
オウガの耳を切った大きめの糸切狭に着いた血を、布で拭いながらトアが呟く。
全員の声が小さいのは魔物が寄らないように警戒をしているからだ。俺が思っていたよりも早く処理をすまして三人が傍に寄って来た。
「終わりました、エルムさん」
「じゃあ、野営地を見つけよう」
「はい」
俺が鍛えると言ったから、三人ともやる気になっている。
最初から言ってやれば良かったのだが、ギルドの中で言うのもショロンの町中で言うのも憚られた。食堂のリンリンにも口止め料を払ったぐらいだ。
白金等級が白銀等級に、無料で教えてやるなんて話が広がったら迷惑するのはトア達の方だ。散々な言葉を言われて嫌がらせを受けるだろう。
クラータ王国内で白金等級は二十人もいない。それに冒険のやり方を教わるなんて、特別依頼でもない限り有り得ないと普通は思うだろうし、真実ほとんど有り得ない。
冒険の手引きをギルド内で新人に教えているのは、大体が中堅どころの紅玉等級だ。俺も最初に教わったのは、まだ冒険者をやっていた時のフレイが紅玉等級のチームに居た時だった。
「エルムさん、あの先の岩の下はどうでしょうか」
「ん?」
コルドの指さす先を見ると、一枚岩の下の部分が削れていて天然の屋根みたいになっている場所が見えた。確かに家っぽいけど。
「だめだ」
「え、どうしてですか?」
「…水辺でもないのに岩が抉れているのはおかしい。何か大きなものが通り過ぎて抉ったか、誰かが彫ったりしたものだろう。見える地面も黒いから、頻繁に何かが使っているのだろうな」
「なるほど…」
頷きながらコルドの眼は既にその先を見ている。良い傾向だ。
結局のところ、木がまばらになっている場所で地面を少し慣らして野宿する事にした。遠征するほどの依頼を新人時代は受けられないから、色々と知らなくて当然だが、知らないなりに知識を総動員して考えるのは素晴らしいと思う。
木を集めてたき火を起こし、毛布を引いて寝る訳だが。買ったばかりの新品の毛布を地面に引くのは嫌だったのか、三人とも何も引かずに寝てしまった。
疲れた三人に火の番までは可哀想だったから、俺の魔法で囲んである。
魔物も悪人も虫も入れないから、大丈夫。
たき火に乾いた木を追加しながら、空を見上げる。木々の隙間から真っ暗な空と星が見え隠れしていた。この分なら雨は降らないだろう。
俺も仮眠を取るべく、目を閉じた。
「起きろ、トア」
「おはようございます、エルムさん」
日が昇りだして目が覚めた後、寝ているトアを起こしたら、割合としっかりとした挨拶をされた。目覚めパッチリのようだ。男二人はまだボオッとしているのに。
「朝食を取ろうか。と言っても、携帯食だけどな」
「はい。美味しいですよ?携帯食」
うん。可哀想だから俺のバッグから暖かいお茶を出してやろう。
「エルムさんはやっぱり、マジックバッグ持ってるんですね」
「当たり前だろう。普通のバッグじゃ魔物の部位が入らない」
「ですよね。バッグからビックリするような大きさの魔物を出しますもんね」
そうそう。何でも入るからな、このバッグ。もちろん食料や道具と魔獣は分かれて入っている。ご飯が血まみれになるのは嫌なので。
「高いんですよね、マジックバッグって」
「うん?欲しいのか?」
俺が聞くとトアは首を横に降った。
「うーん。紅玉等級でも持ってる人少ないって聞いたので、いつか持てるように為れればなあって思うぐらいです」
「俺達にはそれよりも生活を何とかする方が先ですから」
トアの言葉に頷いたコルドが現実的な話をする。パーティメンバーがこくこくと頷くのを見てコルドは寂しそうに笑った。
「ほんとごめんな、俺のせいで」
「いいんだよ。前回は仕方なかったって」
「そうだよ?あんなの事故だもの、コルドが謝る事ないよ」
そういえば、何で無一文になったか理由を聞いてなかったな。冒険者になってからトア達が大変そうにしているのを見た事はなかったはずで。
「いったい何があったのか、聞いてもいいか?」
俺が言うと、三人は恥ずかしそうな顔をして黙ってしまった。あれ、聞いちゃまずい事だったかな。言いにくいなら聞かないでおこうか?
謝ろうと思った俺が口を開く前に、トアが喋りだした。
「前回の依頼がちょっと大変だったんです」
「大変?ランク上の依頼でも受けたのか?」
「いえ、その、そうなんですが違います」
やっぱり言いにくいのか?
「あの、文句がいっぱいあるので、どれから言っていいか分からないんですけど、言います」
…言うのか。
「あの、前回の依頼は三チーム合同の銅等級の依頼でした。私達『ワンオンス』の他は銅等級の人達でした。だからか最初から馬鹿にされてはいたんですが。日帰りだったし、内容もスライム退治だったので、我慢していこうと思っていたんです。だけど」
「依頼された場所にスライムがいなくて、各チームで分かれて探索したんです。俺達は湿地を探しました。スライムの核石を持ち帰るのが達成条件だったので」
「そうしたら他のチームの人達が見つけたから帰ろうと言ってきました。けれど俺達は見つけてないから依頼料は払えないって言いだして。…結局喧嘩みたいになって、俺達は残ってスライムを見つけてから帰る事にしたんです」
なるほど。
「しばらくしてスライムを見つけたんですけれど、それが」
「腐食する酸を吐くスライムだったのです」
「その酸をコルドが全身に浴びてしまって、装備も剣も一式駄目になってしまいました。おまけに強酸の核石だったので触れなくて持っていけず、依頼料も貰えませんでした」
それはまた。
「…災難だったな」
俺が言うと三人とも、へにゃりと笑った。
状況的にも人間的にも災難だ。
「コルドの装備を全部買いなおしたから、金がなくなったのか」
肯く三人を見て溜め息が出た。
そりゃあ、へこむわ。俺だったらヤケ酒飲んで寝ちゃうレベル。どんなに新人といえども剣士や戦士なら革鎧に長剣は持っている。コルドはバッグも持っているから、何もかも買いなおしたのだろう。貯金が全部無くなっても仕方ない。
「それにしても、仲が良いな」
「あ、俺達、同じ村の出身で一緒に三人で出て来たんです」
なるほど。
外に出てまで一緒にいようと思うなんて、それはよっぽど仲良いよな。
「ま、それを取り戻すぐらいには魔物の部位を取らせてやるよ。安心しな」
「昨日のオウガの部位でも、けっこうな金額になると思いますけど」
「それで満足して貰ったら困るぞ?」
にっこりと笑ったら、何故か三人が引きつった顔になった。
「…がんばります」
三人とも小さな声で呟いた。
まだ魔法を張ったままだから、小声でなくてもいいのに。
食事を終えて再び山を上る。
「狼がいるぞ、大丈夫か?」
遠目に見えた魔物を教えると、三人が頷いた。
「はい。行きます」
コルドが後ろの二人を見て頷くと、前に突進していった。二人も続いて走り出す。その動きにつられて狼も三人に向けて走って来た。
「ちょ、これは狼ですか!?」
狼の姿が見えたコルドが走りながら叫んでいる。
「狼だと思うぞ?頭が二つあっても」
「それは狼じゃありません!!」
トアも杖を掲げながら叫んできた。いちおう狼の種族だぞ?別名がオルトロスという名前なだけで。
「左右は無理だ!前後に分かれるぞ」
コルドが後ろ側に回って、オルトロスの前でグラスが大剣を構えた。走りながら片方の頭が遠吠えをする。他の仲間を呼ぶためだろう。
呼んでも無駄だけど。すでに魔法で周りの仲間は駆逐済みだし。
「うらあ!」
グラスが大剣を上段から振り下ろす。それが片側の頭を掠ったオルトロスはグラスの手に噛みついた。
「う」
「〈炎熱〉!」
走りながらトアが魔法を放つ。随分近い位置で当たったので、弱い魔法でも効いたのか、オルトロスが立ち止まった。
その隙に後ろからコルドが剣を背中に突き刺した。
「GAAAAA!!」
オルトロスが叫んで振り返ろうとするが、コルドは剣から両手を離さない。じきに剣先が地面に着き、オルトロスの口から泡が吹きこぼれる。
「〈炎熱〉!」
さらにトアが魔法を打つ。それはオルトロスの顔に当たり一つの顔を燃えさせた。ガフガフと呼吸をしているオルトロスに、グラスの大剣がとどめとばかりに突き立てられた。
大量の血を吐いてオルトロスが絶命する。
その場でトアがペタリと座り込んだ。
すごいな、三人とも。
いくら俺が手助けするって分かっていても、オルトロスも鉄等級の魔物なんだが。
「二人の手当てを頼む、トア」
「あ、はい!」
急いでグラスの右手に回復魔法を掛けるトアだったが、しばらくして困った様な顔で俺を振り返った。
「あの、すみません、エルムさん」
「ん?」
「私の魔法じゃ治し切れないみたいです」
ああ、骨まで砕けたみたいだったからなあ。
「じゃ、グラスは俺が治すからトアはコルドを治してやってくれ。多分肩が外れていると思うから」
「え!はい!今すぐ」
わたわたと駆け寄っていくトアを見ながら、俺は呻き声を我慢しているグラスの横に屈み込んだ。
「折れている手でよく大剣を振ったな」
「…トアが、正面で、あぶ、なかった、ので」
「偉いな」
指先ですっと撫でて治してやると、急に消えた痛みにきょとんとした顔をされた。
コルドとトアもこっちを見ている。
「ん、どうした?」
「…どうやって治すのか、見てみたかったのですが…」
「今日は魔法の訓練じゃないから」
「ああ、そういう…」
トアの首がガクッと下がり、コルドが何かを言って慰めていた。
その後また三人でウキウキ剥ぎ取りタイムが始まったので、俺は周りを警戒しながら彼らが飽きるまで待つことにした。
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