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  • かなしみへの応援コメント

    はじめまして。ゆっくり速度で月餅企画を味わっています。
    本当のかなしみは知らないでいられるのは(本人にとっては自覚できない)幸福ですが、知ってしまっても忘れても忘れなくても良いという気持ちの置き方は、救いになるというか、思いがけず付いた心の傷も癒されていく気がします。
    暗闇でうずくまっている時に、そっと差し込む月の光のような良い詩です。

    作者からの返信

    はじめまして。
    応援コメントありがとうございます。
    いま、これを書いた夜のことを思い出すと、「暗闇でうずくまっている時に、そっと差し込む月の光のような」という御コメントに「ああ、そうだったか!」という思いになりました。
    この詩を書いて、ここに発表したことで、かなしみを忘れることはできないけど、しずかな気もちになれたかな、と、いま思い返してみるとそう思います。

    すてきなコメントをありがとうございました。

  • かなしみへの応援コメント

    こちらを読ませていただき、昨日今日とずっと考えていて、また再度読ませていただき……。うん、あれっ? 清瀬さんって男性? と今ごろ気づいたんですが、ずっとファンだったくせに今気づいたんですが、え、そうなんですね?
    いえ、プライベートなことを詮索するつもりはないのでお答えいただかなくても大丈夫なんですが、驚いたので……驚きました。

    そういえば私も女子大生だとか奥様だとか子どもがいるとかいろいろ誤解されておりまして、カクヨムでは作品のイメージのせいでイメージがひとり歩きするみたいなことがありますよね。ありますよね! あるのです……あるある……。

    そして私も、もっと幸せでいてくれと思いました。ナマコとともに……。

    作者からの返信

    え? ゴオルドさんって女子大生ですよね?
    …とか、わざと書くやつ。
    いや、ほんとに作品のイメージでひとり歩きしますよね。

    男性ですよ。しかも、「威風堂々」と言われて、「威風堂々だったらゴダイゴ」などと思いつく年代の男性ですよ。「モンキーマジック」の歌詞、いまでもぜんぶ覚えてるし…(汗)。
    もちろん、女子校の生徒だったこともないんですよ。
    ナマコはいまだに触ったことないですよ。

    ナマコ…いま乱獲とか密漁とかで問題になっているので、ほんとうに幸せでいてほしいです。

    ありがとうございます。またよろしくお願いします。

  • かなしみへの応援コメント

    月餅企画へのご参加ありがとうございます。
    大人になるって辛さを知る事だなあと
    感慨深く思いました。
    子供の時に既に大きな悲しみを知っている子もいるかもしれない。
    月を見上げて願う事。悲しみを知らないで欲しい、知ったら忘れないで欲しい、忘れて欲しい
    そして幸せになって欲しい
    少年(小さな僕?)への複雑な思いが溢れてますね

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    子どものころに大きい悲しみを知ってしまっている子はいますよね。

    この詩は、「大きい悲しみ」というより、世間的にはどうでもいいであろう「小さな悲しみ」について考えたことをまとめた、というか、羅列したものです。
    少年のときの自分がこれを言われたなら「何を言ってるんだろうこのオッサンは」と反発するだろう、ということは、確実です。しかも、その「小さな悲しみ」の理由を知ったら、「オッサンが何をそんな小さなことでくよくよしてるんだ」と言うかもしれません(それで、こんな大人にはなりたくないと思ったかも…)。

    月餅企画がなければ、この詩を書こうということは思いつかなかったと思います。
    すてきな企画をありがとうございました。

  • かなしみへの応援コメント

    ほんとうの悲しみの描写が痛いほど胸を締めつけました。そして自分の悲しみを取り出して眺めました。忘れられない悲しみを。
    幸せを幸せとまだ知らなかった過去の自分と、悲しみを知ってしまった未来の自分の中間にとどまって悲しみを今克服しようとしている今の自分が俯瞰する時間というものに感動しました。

    作者からの返信

    拙作をお読みくださいまして、しかも深く読んでくださいまして、ほんとうにありがとうございます。

    この題材になっている「悲しみ」というのは、たぶん、世間的には「どうでもいい悲しみ」なのだろうと思います。「すごく大きい悲しみ」というよりは、「まあしようがないな」で納得するしかないような、言ってしまえば「小さな悲しみ」なのでしょう(具体的な事情は近況ノートに書きましたので、よろしければご覧ください)。
    でも、やっぱり私は苦しかったんですね。
    だから、ほんとうに、数年後の自分は、こんな悲しみは忘れてしまっているかもしれません。
    逆に言えば、だからこそ、いま書き留めておかなければ、と思った、ということもあります。後年、「いや、あんなこともあったよね」ですませてしまうかもしれないからこそ、いま、これを書いておかなければ、という気もちもありました。

    これを言われたら、少年の自分は反発するだろう、というのもわかっているのですが。

    ありがとうございました。