打切人生
禄星命
第1話 死の宣告は突然に
「お気の毒ですが、あなたの人生の打ち切りが決定いたしました」
「――は?」
出会い頭。見知らぬ女に投げつけられた、冷酷かつ狂気的な言葉。
それは――今日も無意義な休日を外で過ごし、せめて後は家でくつろぎながらゲームでもしようと、帰宅早々寝室のドアを開いた矢先のことだった。
「えっと……。どちらさまですか?」
「天界の遣いです」
「は?」
「おや、ご存知のはずですが。あなたの好きな娯楽に、我らのモデルがいますよ」
窓越しの夕陽を背にした彼女は、床から数センチ浮いている。羽も無ければ輪っかもついていない、どちらかと言えば普通のOLのような見た目なのに、だ。
――自分はもしかしたら、夢を見ているのかもしれない。試しに腕をつねるが、痛みは無常に「現実だ」と俺を突き放した。故に仕方なく、彼女に交渉を試みる。
「あの、出ていってくれませんか。これ以上変なこと言うなら、警察呼びますよ」
「その要求は呑めません」
「……家にはお金も貴金属もないです。お願いですから、帰ってください」
声は情けなく震えたが、どうにか冷静な態度を貫く。すると彼女は意外にも、あっさり頷いた。
「承知しました。では、こちらをお受け取りください」
そう言うと彼女は、空中から一枚の紙を取り出す。――一体どういう原理なんだ。ともあれ手渡されるがまま書面に目を通すと、そこにはか細い線でこう書かれていた。
〝本日付で、あなたを対象とした打切申請の決裁が下りました。つきましては、七日以内に全ての未練をお断ちください〟
「えっと……打ち切り申請? 俺、何か契約してたんですか?」
「
あまりに突拍子もない内容に、開いた口が塞がらない。いや、さっきから現実離れした事態ではあるのだが。
まさか不法侵入を詫びるどころか、人事異動のノリで死刑宣告を喰らわせてくるとは流石に想定できなかった。
「その――意味が分からないです。俺は来週、死ぬってことですか? ……こ、殺されるってことですか?」
「はい。苦痛を伴わない形で執行いたしますので、ご安心ください」
まるで事務手続きのように説明する彼女は、一切表情を崩さない。こちらの動揺に何の疑問を抱かないあたり、どうやら本当に、人間ではなさそうだった。
『……やっぱりこれは夢で、コイツは悪魔で死神だ。ああ、きっとそうに違いない』
なんて吹っ切れた途端、気分は落ち着き始める。あまつさえ、「戦うしかない」という勇気さえ湧いた。故に咳払いで準備運動をし、すかさず疑問を投げかける。
「それで、何で俺なんですか?」
「人気が無いからです」
「人気ってなんですか?」
「人々からの評価です」
辞書か。あるいは、AIと話している気分だ。思わず失笑するも、冷静に言葉を継ぎ足していく。
「つまり、有名人以外は対象に入るんですか?」
「いいえ。一般人も対象外のケースがほとんどです」
「えっ!? ……じゃなくて、対象外になるケースを教えてください」
「……少々お待ちください」
すると彼女は、耳に手を当て目を伏せる。……どこかと通信でもしているんだろうか。それこそ上司に、「この質問、答えちゃってもいいんでしょうか」とお伺いを立てているのかもしれない。
想像を膨らませながら待ちぼうけていると、彼女はこちらに向き直る。
「お待たせいたしました。先ほどのご質問にお答えします」
「っ――、お願いします」
「打ち切り対象外のケース。――それは、〝10人以上の縁があるかどうか〟です」
「10人以上の、縁……」
「はい。ご理解いただけたでしょうか」
「それはもちろん――」
理解はできるが、納得がいかない。どうして縁無し人間が道半ばで死ななければならないのか。すると彼女は、こちらの思考を読んだかのように言葉を紡ぐ。
「昨今天界では、人間の増加問題に頭を抱えていまして。協議の結果、〝価値のない人間から間引いていこう〟という解に至ったのです」
「何だよ、それ……」
「ご不満かもしれません。ですが、この結論は覆せません。代わりに特例として、あなたがたの言葉で言う“天国”へお連れいたしますので」
「ふざけんな! 俺らを――」
「命を、何だと思っているんだ!!」。咄嗟に胸ぐらに掴みかかろうとするも、悪魔は瞬きと共に消えた。
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