第14話 パイの味

「ふむ。これは……フィリングが少し焦げているな」

 クライブが最初にナイフを入れたのは、レミ様の作ったパイだった。

 一口食べて、クライブは眉間にしわを寄せた。

「……苦い」


 レミ様はクライブをキッと睨みつけてから、自分のパイを食べ、うつむいた。

「……確かに、苦いわね」

 パールたんも焦げたパイを一口食べて困ったように微笑んだ。

「でも、パイとフィリングのバランスがちょうどいいですよ」

 私も焦げたパイを食べる。確かに苦い。中のフィリングが固く、舌にえぐみが残る。


 クライブがみんなを見て、ニッと笑った。

「これを作ったのは……レミじゃないか?」

 レミ様が目を丸くしてクライブを見た。

「飽きっぽいお前のことだ。フィリング作りの途中で飽きて、違うことを始めたのだろう?」


「……少しよそ見をしてしまっただけですわ」

 レミ様は頬を膨らませて、自分の作ったパイの残りを食べた。


「さて、次は……これにしよう」

 クライブが次に選んだのは、形も美しく、中のフィリングもトロリと美味しそうなパイだ。

「ん! これは美味いな!」

 クライブが口に運んだのはパールたんの作ったパイだ。私も一口食べる。

「甘酸っぱくて美味しい! とろけそう……!」

 サクサクの生地に、甘酸っぱいクランベリーのフィリングがよく合っている。私は最後にゆっくり楽しむため、パールたんのパイはこれ以上食べずに残しておくことにした。


「このパイを作ったのはリーズ嬢か?」

「違います。パール様ですわ」

 私は得意げに言った。クライブが目を丸くする。

「……そうか。パール嬢、美味しいパイだな」

「ありがとうございます」

 パールたんは頬を赤く染め、遠慮がちに微笑んだ。


「では、残ったこれがリーズ嬢の作ったパイか」

 クライブが私のパイを一口食べ、微妙な顔をした。

「これは……個性的な味だな」

「……」

 私も一口自分の作ったパイを食べる。あまじょっぱくて酸味もある。でも、思っていたより不味くない……かも?


「ふむ……初めての味わいだ」

 クライブは目を閉じて味わっている。

「でも、食べられるわ! リーズ様、すごく成長されてる!」

 レミ様の言葉に、パールたんも頷いている。

「え……えっと」

「もしや、私のために相当な努力をされたのか?」

 クライブがハッとした表情で私を見つめている。


「違います!」

 私はクライブを睨みつけた。

「照れなくていい」

 鷹揚に言うクライブに向かって、残りのパイを投げつけてやろうかと思ったが、のこっているのはパールたんのパイ。これを投げるなんてもったいない、と思い直し、もう一度クライブを睨みつけてから、パールたんの作ったパイを口に運んだ。


「クライブ様、どのパイがいちばんおいしかったですか?」

 私が問いかけるとクライブは顎に手を当てて微笑みながら言った。

「一番おいしかったのは、パール嬢の作ったパイだったな」

 クライブの言葉を聞き、パールたんがクライブのほうに振り向いた。

「!」


「ですわね」

 レミ様も頷く。

「まちがいありません!」

 私もうんうんと首を縦に振った。


「だが……」

「え?」

 私はクライブのほうを見る。

「次が楽しみなのはリーズ嬢だ。これだけパイ作りが上手くなっているのだから、次はパール嬢を超える美味しいパイを作るのではないかと思う」

「……はあ?」

 私の間の抜けた声が響いた。


「そうですわね、リーズ様の成長と言ったら想像を超えていましたもの」

「リーズ様なら、きっともっと美味しいパイを作れますわ」

「だろう?」

 ニッと口角を上げ私を見つめるクライブ。ああ、正面からこぶしを打ち込みたい!


「パール様にかなうはずがありません! 今日の主役はパール様ですわ!」

 私がむきになって言うと、皆は笑った。

「照れなくていいのよ、リーズ様」

「リーズ様がいちばん頑張ったのではないかしら」

 レミ様とパールたんの言葉に反論できる筈もなく、私はうつむいた。


「どれも個性的なパイで楽しい催しだった。この場に呼んでくれたことを感謝する。リーズ嬢」

「……よろこんでいただけて良かったです」

 クライブがパールたんのパイを食べて恋に落ちるという私の筋書きが……。

 ため息をついてから立ち上がる。

「皆さま、今日はありがとうございました。そろそろパーティーは、おしまいにいたしましょう」

 私は従僕に馬車を二台用意するように伝えた。


 私たちは玄関に移動し、馬車が来るまで今日のパイの感想や、料理中の出来事について話をしていた。

 やがて、馬車が一台やってきた。

「まずはパール嬢が乗ると良い」

「それでは、お言葉に甘えて」

 パールたんが馬車に近づこうとしたとき、私は異変を感じた。


 馬車を引いている馬の様子がおかしい。猛るように走り続けていて馭者の言うことを聞いていない! このままでは……パールたんが……!!!


「パール様!」

 私はパールたんの前に飛び出して、パールたんを馬車がこようとする場所から突き飛ばした。

「リーズ嬢!」

「リーズ様!!」


 叫び声と同時に、衝撃を感じた。

息ができない。

目の前がスローモーションのように動いて……。

あ、この感じ……。

 たしかこの世界に来た時と同じ……。


 そこで私は意識を失った。

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