何スットロい事やってんだ
「ったく……クソだりぃな」
「そうですか?天気いいし、散歩みたいなもんじゃないですか」
カツと二人で並んで歩きながら、溜め息と舌打ちがさっぱり止まらない。
本当は、壁の外になんざこれっぽっちも出たくない。ただ、みんなが不眠でぶっ倒れるのはどう考えても良い話じゃないし、放っといた俺にもそこそこに責任がある。
ジロジロとこっちを見る兵士たちをガン無視したまま、ポケットに手を突っ込んでぶらぶら歩く。奥まってるとは言え、ゼフトのいる本陣は割とすぐそこだった。
「おう、いるかジジイ」
「わしゃ酒場の主か。全く、どこまでも舐めた口を叩きおる」
不快感を少しも隠さず、ゼフトはテントの奥でデカい机と向き合ってた。周りの部下共がこっちを見て渋い
「ちっとツラ貸せや」
「貸せと言われてお前なんぞに素直に従えるか。どこに連れ出すつもりじゃ」
「心配すんな、ガランバンのとこだ」
言いながら、机の上にどっかり腰を下ろして煙草をくわえる。
「こんなとこでうだうだ無駄話してるヒマがあんなら、さっさとぶちのめしに行きゃいいじゃねぇか。すぐそこにいんだからよ」
「やかましいわ。こっちの事情も知らずに勝手ばかり抜かすでない」
つくづく可愛げのないジジイだが、一緒に来るつもりはあるらしい。兜だのマントだのをいそいそ身に着けてる。
ってことは、ゼフトも今の
「邪魔したな」
ゼフトの部下共に片手を上げて挨拶すると、びっしり立ち並ぶテントの中をぶらぶら歩く。
交代でガランバンに立ち向かってるのか、テントにはちょいちょい兵士がいる。汗だくになって剣振ってるヤツもいれば、仲間と座り込んで酒飲んでるヤツ、呑気に昼寝してるヤツまでいる。道理でちっともはかどらないわけだ。
「放っとき過ぎなんじゃねぇのか、これ」
眺め回しながら思わず愚痴をこぼすと、ゼフトはさも気分悪そうにフンと鼻を鳴らす。
「戦の何たるかを知らぬ転移者に、知った風な口などきかれたくはないわ。長期戦ともなれば、休む事もまた策のひとつよ」
「へぇへぇ、左様ですか」
口を開けば憎まれ口だ。カリカリしやがって……浴びるほどカルシウム摂りやがれ。
「放てぇーーーっ!!」
ガランバンに近づいてくと、威勢のいい声が聞こえてくる。ズラリと並んだ
「っつうか連中、あの石どっから持ってきたんだ」
「そういやそうですね……このへん、平原ですもんね」
首を捻ってる間にも、飛んでった石がガランバンの腕や胸に当たって砕けてる。
だが、残念ながらたいして効いてないのは明らかだった。その証拠に、野郎はニコニコ笑ってやがる。
「今のは惜しかったねぇー、もうちょっとで鼻に当たるところだったのに」
そう言いながら地面に右手を突っ込んだガランバンは、ゴソゴソやった後、兵士たちに手を差し出した。その手のひらには、大きな石がいくつも乗ってる。
「よぉーし、じゃあみんな、もう一回がんばってみてねー」
「……完ッ全に遊ばれてるじゃねぇか」
あんぐり口を開いてた俺の隣で、カツが腕を組む。
「いや……これ、遊ばれてるわけでもなさそうですよ」
「どういうこった」
「ほら、見てくださいよ」
指差した先、石を投げる車を操ってた兵士たちは、ガランバンの挑発にこれっぽっちも悔しそうな顔をしてない。それどころか、みんな石を回収しながらヘラヘラ笑ってやがる。
「畜生ー……次は鼻に当ててやるからな!」
「あ、もし当たった時、痛かったら言ってくれよ?」
「そうそう、ケガさせちまったら申し訳ないし」
「……なるほどな。遊ばれてるんじゃなくて、みんなで遊んでんのか」
「どうやらそうみ」
「ゴルァおいジジイ、ジジイおいゴルァ!!」
カツの相づちが半分まで聞こえたところで限界がきた。鬼の形相でゼフトを振り返る。
「いずれ片ぁ付くかと思って大人しくしてりゃ、石投げ合って遊んでるってのはどういう了見だ、あ゛ぁん?!」
襟首を掴んでガックンガックン揺らしたが、ゼフトは相変わらずの調子だ。
「わしは大将軍じゃぞ?何の策もなく、あんな事を許しとると思うか?」
「……ゼフト」
「さっきも言ったはずじゃ。戦のやり方は熟知しておる。戦の奥深さはお前のような素人には分からぬものよ」
つらつら述べられる理屈はいちいちごもっともだ。実際こんだけの軍勢を率いてんだ、大将軍って肩書きにふさわしく、魔物との戦もさんざん経験してきてんだろう。
だが、ひとつだけどうにも引っかかる。
「言いてぇこたぁ分かったがよ」
「なんじゃ、まだ何か文句があるのか」
「なんでさっきっから全然俺の顔を見ねぇんだ?」
そう。俺がブチ切れてからというもの、ゼフトは一度も俺の目を見てない。間違いない。これは誰もが身に覚えのあるヤツだ。
「おいゼフト……
「……なんの話かさっぱり」
「分かんねぇってか?言葉は選べよ、おい」
メラッと燃え上がった怒りが、フューリーを通して全身に力を行き渡らせる。結果、襟首を掴んだ右手でゼフトを軽々と持ち上げてた。
「どういう事情でダラダラ遊んでやがるのか、きっちり聞かせてくれや、なぁ」
「き……貴様、この人数を敵に回せばとうなるか……分かっておるのか?!」
「どうなろうが知ったことかよ」
いかにもなゼフトの威嚇に、思わず口角が上がっちまってる。
「おぉ、
「あのー、ゼフトさん」
宙ぶらりんになってるジジイに、カツが笑顔で話しかける。
「兄貴が本気でキレると、もう俺らじゃ止めらんないんですよ。大人しくきちんと話しちゃうか、ここにでっかい墓場作るか……どっちにします?」
人間、しらばっくれるのには限界がある。ましてや逃げ場を断たれてちゃ尚更だ。
キレ散らかしてる俺、手を後ろに組んだカツ。種類の違うふたつの笑顔を交互に何度も見た後、ゼフトはがっくりと肩を落とした。
「おら、並べよとっとと!ちんたらしてんじゃねぇぞ!」
しばらく後。ゼフトを先頭に、俺は千人を正座で並べてた。左には、その光景を不思議そうにぼーっと見てるガランバンもいる。
「なぁー、これ、何が始まるんだ?」
「うるっせぇな、説教だよ」
「お説教……?みんな、しかられるの?」
「あぁそうだ。勿論、後でお前もな」
「えぇー?おれもー?」
とは言え、まずは……と、俺はゼフトの前にしゃがみこむ。
「なぁゼフト。なんでガランバン相手に本気出さなかったんだ」
「出しとったわ。何も見ておらんかったのか」
ひと回りちっちゃくなりながらも、ゼフトはイラつく口調で続ける。
「じゃがの……お前も分かっとるじゃろうが、奴には何をやっても効かんのじゃ」
「あぁ、知ってるぜ」
「剣に弓、魔法もとんと効かぬ。それでも手を変え品を変えて攻め続け、何日目じゃったか……ほとほと嫌になったんじゃ」
「嫌になっただぁ?」
「……そうじゃい、
俺にぶんと首を向けたゼフトの面は、びっくりするぐらい真っ赤っ赤だ。
「毎日小難しい顔して、朝から晩まで会議会議!んで、いざ魔物が出ればあっちだこっちだ走り回らされて……来年で八十じゃぞ、わし?!日向ぼっこでもしながらお茶すすって『ほふー』とか言いたい年頃なんじゃ!討伐は上手くいって当たり前、ちょっとでも失敗したら責任問題、敵対しとるウェルデン派は大喜びじゃ!そもそもな、大将軍なんて大層な役職に聞こえるじゃろうが、給料みんなのたった二割増しじゃぞ?!こんなもん、やってられるか?いいや、やってられんわい!じゃからわしは決めたんじゃ、ここでのんびりする!もう意地でも戻ってやらんわい!ふーんだッッ!」
……なんつうタイミングでキレ散らかしてんだよ。あまりの剣幕を前に、煙草をくわえるのも忘れてた。
「なぁ……どうすりゃいいと思う」
「俺に聞かないで下さいよ」
カツと二人、苦い面してただ立ち尽くしてる。
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