まぁた変なの来ちまったぜ

「おうおう、お疲れお疲れ」


 わざと肩で風を切りながら、怒りでプルプル震えるゼフトの元に歩み寄る。


「終わっちまえばあっつう間だな。なんならもう一周するか?」

「ぐぬぬ、生意気な小僧め……」

「あんまり下唇噛んでっと、そのうち失くなっちまうぞ、爺さん」


 颯爽とくわえて吹かした煙草が、この上なくうまい。すごすごと去ってく背中を目にすりゃ尚更だ。

 ロープをくぐってきたカツが、例によってガキみたいにはしゃぐ。


「やりましたね、兄貴!」

「いや、俺ぁなぁんにもしちゃいねぇ。フューリーのお陰だ」

『汝もようやく我の底力が分かってきたみたいだね、感心感心』

「調子乗んなよ、おいコラ」

「ひいいい、す、すいません!つまらない長話をしてしまって!」

「あ、済まねぇ……あんたに言ったわけじゃねぇんだ」


 たまたま声を荒らげた先にいた飛田のおっさんは、すっかり怯えちまってる。だが、間違いなく今回の立役者だ。ロープの外側に手を伸ばして、ぐいと肩を組む。


「助かったぜ、おっさん。あの話のお陰でどうにか切り抜けられた」

「ぐ……うぐ……」

「なんだよ、感極まるなって。俺まで泣けてくるじゃねぇか」

「いやカガリよ、トビタの首がお主の腕とロープで締まっとる」


 ボージーの冷静な指摘に慌てて手を放す。ぶっ倒れるかと思うほどむせるおっさんの背をさすってると、意識の中に声が差し込んできた。


『大役お疲れ様でした、カガリさん』


 顔を向けると、ゼニンが遠くでこっちを見てにこやかに微笑んでた。だが、どうにも心から祝ってるような笑顔じゃない。


「ねぎらってるヤツの顔じゃねぇな。なんかあるってのか」

『えぇ。じきに皆が気付きます』

「思わせぶりなのは沢山だ。なにが起こるってんだよ」


 例によって遠回しな言い草にイラっとしかけた、その時。

 最初に口を両手で覆ったのはリデリンドだった。


「……精霊たちが騒いでいます……なにか、物凄い力が近づいてきています……!」

「物凄ぇ……だぁ?」


 次の言葉は誰も続けられなかった。地面が今まで覚えがないぐらいにグラグラと強く揺れる。


「なになに、地震?!」

「これは……立っているだけでも厳しいな……!」


「お、落ち着くのじゃ!隊列を乱すでない!」

「そうは仰いますが……こ、これは少し……いや、身の危険を感じます……!」


 撤退の支度をしてたゼフトたち、横目にするフェリダたち。どっちもすっかり慌てちまってる。どうやらこの世界でも、ここまでの強い揺れってのは珍しいみたいだ。


「なにが起こるってんだよ……!」


 舌打ちする俺の目の前、地面が大きく膨らんだ。上に布陣してたゼフトたちが必死に逃げたのと殆ど同時に、ビシビシと大きく亀裂が入ってく。



 そこからヌッと出てきたのは、バカみたいにデカい手だ。がっちり大地を掴むと、続いてもう片方の手が、そして頭、次には肩が姿を見せる。


「よぉっこいしょ……っとぉ」


 俺の隣でバケモンが地面から出てくる様子を、カツは口を開けたまま、ただ見てる。小刻みに震えちゃいるが、もうなにを言うのかは分かってた。


「ち、ちょっと……見てくださいよ!」

「あぁ、ずっと見てる。アレだろ、『巨人ですよ、スゲー!』だろ」

「……兄貴、頭の中が見える力まで身に付けたんですか?遂に?」

「そうだなー遂になー」


 煙草をふかしながらカツのバカを適当に流す。


 まぁ色んな生き物がいる世界だ。あんなのがいたって何らおかしくはないが、流石に反則だ。

 なにせ、まだ地面から胸までしか出てないってのに、多分町の壁よりもちょっとデカい。ってことは、今の時点で恐らく10メートル以上は楽勝にある。あんなのが町で暴れようもんなら、数秒で木っ端みじんだ。


「……まいったな」


 じわっと始まった頭痛にこめかみを揉んでると、巨人と目が合っちまう。あんだけデカい目ん玉でも、視線ってのはちゃんとぶつかるもんだな。


「なぁ、そこのおまえー」

「んだよ」

「そこの町でいちばんえらいやつ、呼んでくれよ」


 背後に目をやると、みんなが俺を見て首をしきりに縦に振ってる。今日イチで深い溜め息が出ちまった。


「……俺らしいが、なんだよ」

「じゃあ、おまえがジアルガをおいかえしたやつ?」

「まぁ……そうっちゃそうだな」

「ふぅーん。そんなにつよそうには見えないけど」


 頭の上から爪先までをデカい目でしげしげと見た後、巨人はニヤリと笑う。


「おれは魔王さまの配下。四天王の一人、土のガランバンってんだ」


 聞き慣れない呼び名にすぐ引っかかる。


「四天王っつったか」

「あぁ言った。四天王知ってんのか」

「ダジャレかよ。ジアルガは五魔将って言ってたが、それとは別か」


 俺の問いかけに、ガランバンはゴゴゴと含み笑う。いちいち揺れるから、なるべく黙っといてもらいたいんだが。


「五魔将は、おれたち四天王の下だぞ。あいつらは、つよくもなんともない」

「ってことは、ジアルガの尻拭いに来たのか」

「しりぬぐいー?おれが、あいつのぉ?」


 もったりとした低い声で首を傾げたガランバンは、また地面を揺らしながら含み笑う。


「そんなめんどうなこと、俺たちはしないぞ。あいつらより強いおれが来たってだけだ」

「なにしにだよ」

「あれー?お前、ちゃんと言わなきゃわからないか?」


 一応訊いてみるが、ガランバンは巨体と地面をユサユサ揺らした後、やっぱりもったりと答える。


「その町をぶっつぶしに来たんだ、俺。死にたくなかったらさっさとにげた方がいいぞぉ」

「クソかよ。最悪だな」

「さいあくじゃないぞ。お前たちに、にげる時間も作ってやってるだけましだろー?」

「あぁそうだな。優しさが染みてたまんねぇわ」


 まだ長かった煙草を足元に捨て、ザリザリと踏み消す。


 千人相手に我慢比べしてた方が遥かにマシだった。あんなデカブツを相手に、町を守り切らなきゃいけないだなんて、流石に無理がある。今はまだ殆どが地面の下だが、なにせ胸までであのデカさだ。間違いなく、壁なんざひょいと跨がれちまう。


「おいジジイ」


 ガランバンを囲むように布陣してるゼフトに声をかける。


「ここは共闘といかねぇか」

「そう言うと思うとったわ」


 こっちを振り返ったゼフトは、またふぉっふぉと笑い声を上げた。だが、俺にはアイツが目で語ることが、もう分かってる。


「今この場に於いてはありがたい申し出じゃが……断らせてもらうぞ、転移者」

「そういやなんだったな。あくまで自分たちの手でってことか」


 少数種族や他の力を借りず、王国の力でのみの魔王討伐を掲げてる、宰相アスザート派。フォーダン領の大将軍様は、この期に及んでもその志を貫くつもりらしい。


「じゃあ、こっちは高みの見物としゃれ込ませてもらうぜ。せいぜい気張れよ」

「まぁ見ておれ、青二才」


 セコセコジジイとは思えない力強い眼光に、思わずニヤリとしちまった。


 あいつらの軍部がふたつに分かれてる理由だの、王国の人間だけで討伐を成し遂げるメリットだのには、正直全く興味がない。どっちがどうなろうが、町にさえ危害が及ばないのなら知ったこっちゃない。

 だが、一度決めた自分の信念をブレずに貫き通すヤツは、嫌いじゃない。たとえ不意打ちで後頭部をぶん殴ってくるようなクソ卑怯なジジイでもだ。



「まぁ……千人もいりゃどうとでもなるか」


 リングの中の椅子に座って煙草をくわえる。少しばかり高くなったリングの上からは、ゼフトが広げてく陣形が思ってたよりもよく見える。こりゃなかなかの特等席だ。


「カガリ様」


 椅子を抱えてきたリデリンドが、隣に座ると眉をひそめる。


「少しおかしいとは思いませんか」

「なにがだよ」

「あのガランバンという巨人が、一向に地面から姿を表さないことを」


 言われてみれば確かにそうだ。現れてからそこそこ時間が経つが、ガランバンは未だに胸から上だけを出したままでいる。


 どこか笑っているかのようなその顔に、一気に胸がザワつく。


「おいジジイ!気を付けろよ、罠があるかもしれねぇぞ!」


 椅子を倒して思わず立ち上がった時には、既に遅かった。

 ガランバンの口がゆっくりと開く。



「ちょ……からだ、ぬけないな」

「は?」

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