いよいよリングインだがよ
「おうおう、今度ぁなんの祭を始めようってんだ」
「……あんたの嗅覚どうなってんだよ」
支度をしてるところに、ガラガラと馬車でやかましく現れたのはダロキンだ。本当に、毎度タイミングがクソできすぎてる。
「祭なんざしねぇよ。これからすんのは我慢比べだ」
顔をしかめながらそう答えると、でっぷりとした腹の上で腕を組んだダロキンは、不思議そうに訊いてきやがる。
「……これがか?」
まぁそう首を傾げられるとは思ってた。
町の入り口には、フェリダたちの手で組まれた八角形のリングが出来上がってるからだ。何本も立てられた柱の間には、一ヶ所以外、ご丁寧にロープまで張られてる。
そのリングを囲むように、およそ千人はいる王国軍の兵士たちが、それぞれあぐらをかいたり膝を抱えたり、思い思いの格好で始まりを待ってる状態だ。
「俺の目からすりゃ、こいつぁ我慢比べっつうより、闘技場みてぇにも見えるがな」
「知るかよ。舞台の苦情ならフェリダに言え」
「いや、文句なんざねぇさ」
ニヤリと笑ったかと思うと、ダロキンは巨体とは思えない身軽さで馬車からヒラリと降り立った。
どうせまたちょっとした露店でも開く気だ、見なくても分かる。
「あのおっさん、町に来る度に小金稼いでんな」
「本当に、商魂逞しいお方なのですよ」
「まぁそう言や聞こえはいいがよ……おいおい、挙げ句テントみてぇなもん引っ張り出してきたぞ」
「温泉の時よりも手広く商うおつもりなのですね」
「待て待て……おっさん、バーベキュー始めてねぇか?」
「あぁ、あの香りは危険です!ご覧下さい、兵士たちが次々にふらふらと……」
リデリンドと他愛もない話をしてるうちに、あっと言う間にダロキンの露店が完成しちまった。しかも、前回よりも遥かに規模がデカい。
「小金どころじゃねぇな、今回は」
ぼやいてはみたが、ホクホク顔で酒を注ぐダロキンを遠目にしても、嫌な気はしない。
「それにしても、良くもまぁこんな酔狂な提案が通ったものだの」
「全くだ。俺も不思議でしょうがねぇ」
見上げてくるボージーの言葉には、俺も同感だった。だが、ゼニンに言わせると、なにもおかしな事はないらしい。
『老将が饒舌で助かりました。聞いた限りでは、王国軍は一枚岩ではない様子。となれば、対立派閥との万が一を見据えて考えた時、一人の将兵さえ惜しいはずです』
念話とやらの中じゃ、ゼニンはペラペラと滑らかに話す。
『勿論、こちらとの兵力差は歴然です。それでも、総攻撃に対する反撃で、一人も命を失わない等という事はあり得ません。必然、こちらの提案に乗らざるを得ないのです』
正直、そんなに上手くいくもんかと疑ってはいたが、実際に蓋を開けてみりゃ、ゼフトを始め、王国軍の連中は今のところしっかり大人しい。
派閥同士の関係は、ゼニンが想定してる以上にピリついてるのかもしれない。
「ねぇカガリ」
ぼんやり物思いにふけってると、フェリダが顔を向けてくる。あからさまに心配そうな声音に、つい苦笑いが出ちまった。
「なんだよ、そんな
「そりゃ心配だってするよ。百人と乱闘とかなら、あんたやりそうだし、まだ分かるけど」
「俺、お前の中だと相当荒くれてんだな」
「千人に一撃だよ?流石にちょっと厳しくない?」
数字だけで聞くと、確かにかなり無茶には思える。だが。
「なぁに、心配すんなよ。こういう時の為に精霊サマと契約してんだ。なぁフューリー?」
『うん、仔細ないよ。ただね、』
意識を向けてみれば、フューリーはあっけらかんと答えてみせる。「ただね」の先がないなら頼もしい限りなんだが。
『先にも言った通り、我の力は強すぎるからね。いざ始まったら、汝を飲み込まないよう、力はなるべく小出しにしてくよ』
「小出しの意味が分からねぇな」
コイツはいつも回りくどい。すんなり進まない話に少なからずイラつく。
『汝に一撃が加えられる瞬間だけ、我の力を高める形にするって事だよ。それなら、汝に対する影響は限りなく少ない』
「……やけに協力的じゃねぇか」
思わず片眉が上がっちまう。
だが勿論、意識の中でフューリーを疑ったところで、コイツの表情も顔色も分かりゃしない。いつものように、すっとぼけた語り口で続けるだけだ。
『そりゃあ契約者に死なれるのは、我としても痛手だからね。それと……大切な話がもうひとつ』
「やっぱりなんか黙ってやがったな。なんだよ」
眉をしかめた俺の問いかけに、フューリーは世間話でもするかのように応じる。
『力を瞬時に高める行為は、結構消耗するんだ。だから汝は、呑み込まれない程度に怒りを保っておいて欲しいんだよ』
「怒りを……保つだ?」
『うん、そう。強すぎない怒りを、常に内在させておくんだ』
「それができないとどうなる」
『肝心な時に我の力が及ばなくなるね。つまり、我の干渉が及ばないまま、一撃を受けてしまう形になる』
「なるほどな」
煙草をくわえると、黙って火を点ける。
理屈は全く分からないが、フューリーの力は常に弱火で保っておかなきゃならないらしい。
それでいて、気を緩めちまえば今度は俺が呑み込まれちまうときてやがる。どこまでもクソめんどくさい話だ。
「……だそうだ」
フューリーから聞いた話をみんなに伝える。
「いきなり怖い顔して黙ったから寝たのかと思ってたけど、あれ、精霊と話してたんだね」
「立ったまま寝るほど器用じゃねぇよ」
感心してるフェリダをよそに、ロープをくぐってリングに上がる。ロープが張られていない一ヶ所を正面に、両手をポケットに突っ込んで待つ。
「カガリ様」
駆け寄ってきたリデリンドの顔を見ただけで、言いたいことはざっくり分かる。
「大丈夫だ。こんなもん、なんてこたねぇよ」
「いえ、違います」
「違う?どういうあ痛てっ」
そう言った矢先、後頭部にゴヅンと衝撃が走る。振り返ると、カツのバカが鉄パイプ持って立ってやがった。
「あれ?まだ痛いんですか?」
「しっかり痛ぇよバカ。なにしてくれてんだ」
「いや、だって、精霊の力に守られてんですよね?」
「話聞いてたのかよ。『一撃もらう時だけ力を高める』つっただろうが」
「でも俺、今一撃くわえましたよ?」
「……後ろから味方に殴られる想定はしねぇだろ、普通はよ!」
怒りに任せてカツの両まぶたをギュイギュイ引っ張ってると、視界の隅でリデリンドがおたおたとこっちを見てる。
「なんだよ、まだあんのか?!」
「いえ、あの、」
最後まで聞く前に、また後頭部に衝撃だ。しかも今回は緩くない。思わず足元がふらつく。
クラクラしながら振り向くと、ゼフトが短い鈍器を手にニコニコしてやがった。
「『背後に一人目がメイスを構えています』とお伝えしたくて」
「……そういうのは早めにお伝えして下さると助かるわ……」
痛む後頭部をさすると、掌にドロリと血が付く。同時に、感覚が鋭くはっきりしてきた。
そうだな。一人で千発ってのは、こういうこった。上等じゃねぇか。
「開始の合図ぐれぇ設けろよ。とことん無粋だな、
ふうっと煙を吐き出すと、ゼフトはメイス片手にふぉっふぉと声を上げた。その目の奥はこれっぽっちも笑ってない。
「こちらは提案を受け入れてやったのじゃ。いつ始めるかぐらいは、こちらで決めさせてもらわんとな」
「セコい真似しやがって」
ふつふつと怒りが燃えたぎると、意識の中でフューリーが嬉しそうに話しかけてくる。
『おぉ、良い状態だよ。やっぱり汝は我と相性が良いようだね』
「そいつぁどうも」
『で……何に今、一番怒っているの?』
「決まってんだろ」
短くなった煙草を捨てると、足でザリザリと揉み消す。
「カツのバカのせいで、千一発耐えなきゃいけなくなったことだ」
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