面倒事のミルフィーユかよ
ジジイの口から聞こえた「大将軍」の一言に、ぼんやりと記憶をなぞってみる。口の減らない細目と、まん丸につぶらな瞳の口ヒゲがすぐに浮かんできた。
「……ってこたぁアレか、
「いかにも。とは言え、わしはあれらとは少し違うがの」
「確かに、棺桶に片足突っ込んでるのは手前だけだな」
「ふぉっふぉっふぉ!小僧め、言いよるわい」
愉快な
「このフォーダン領の軍部は大きく二つの派閥に分かれておる」
「興味ねぇな。そもそも聞いてねぇよ」
「まぁそう言うでない。年寄りの話には付き合うもんじゃ」
図々しくのたまうと、ジジイはお構いなしに話を続けやがる。
「ひとつはフォーダン領主であるウェルデン候に賛同する派閥。領内における魔物の根絶、ひいては魔王の討伐を目指しておる。その為にエルフやドワーフ、レイブンにハーフフット……少数の亜人達と協定を結び、一丸となって対抗せんとする勢力じゃ」
「まぁそれが筋だろうな」
「そしてもうひとつが、宰相アスザート様に賛同する派閥。こちらも魔物の根絶、魔王の討伐の大筋においてはウェルデン派と何ら変わらん。ただひとつ、王国の力のみで大願を成就せんとするところが大きく違う」
そこまで話した後、ジジイは一度口を閉ざした。イヤな沈黙がじわっと広がってく。
「さて小僧……このわし、ゼフトはどちらだと思う?」
「後者だ。見るからに頑固なツラしてっからな。それに、」
壁の上から即答すると、煙を吹かす。
「自分の派閥のトップを、普通呼び捨てにゃしねぇだろ。反対に、宰相とやらには
「ふぉっふぉっ、ご名答じゃ」
さも楽しそうに笑ったゼフトとは反対に、俺の背中を冷や汗が流れてく。
前に詰め寄ってきたプリングル達の要求は、あくまでリデリンドの身柄の引き渡しだった。
だが、今回は明らかに毛色が違ってる。ゼフトの言葉通りなら、ヤツらは王国の、それも人間の力のみで国をまとめ上げようとしてる。
リデリンドにボージー、交易相手のダロキン。人じゃない種族を抱え、人じゃない種族と交流する、異世界からすっ飛んできた住人と、そいつらが住んでる謎の町。
どう考えたって異物中の異物だ。そりゃ目にも止まるし気にもなる。
「で……大将軍様とやらは、俺らをどうもてなしてくれるんだよ」
「『もてなす』ときたか……いやはや、なんとも……」
どう考えてもろくな答えじゃない気はするが、一応訊いてみる。ゼフトはヒゲまみれの口元をニヤリと上げ、下から俺をキツくにらみつけてくる。
「決まっておろう、転移者よ。お前達とその根城の町を屈服させる」
「おいおい、本当に良いのか?こっちにゃゴーレムが控えてんだぜ?」
プリングル達の報告に、ゴーレム――つまり車――の話が上がってないわけがない。となれば当然、車の怖さは充分に知ってるはずだ。
……なんだか交通安全の話みたいだと思いつつ、無理やり口角を上げる。
「お前らがどんだけの数だか知らねぇが、それなりの犠牲は覚悟してんだろうな?いざ魔物に襲撃された時、頭数が足りなくなっちまうんじゃ本末転倒だぜ?」
「無論、心得ておる。ゴーレムの破壊も視野に入れた上で、今回、多くの魔導士を帯同させておる。お主に心配されるまでもないわい」
思わず舌打ちが漏れちまった。
俺の揺さぶりにゼフトは少しも動じない。プリングルたち先発部隊から聞いた上で支度を整えてきてんだ、そりゃ余裕もあるに決まってる。逆にこっちは余裕がないどころか、既にジリ貧だ。
しつこく襲撃を受け続けて、ざっとの数ならなんとなく分かるようになってきてる。あくまで目測だが、ゼフトの部隊は恐らく千近い。
ハッタリも脅しも効かない現状、あの数が一斉に町に押し寄せちまったら、正直なす術なんざない。
だからと言って、降参するつもりもありゃしない。こうなりゃ、頼れるのは――。
「……おい、聞こえるか」
ゼフトにバレないよう、小声で問いかけるが、返事はない。
「聞こえるか、フューリーさんよ」
『あ、我?我に言ってたんだね、独り言かと思ってたよ』
「独り言で『聞こえるか』はもう怖ぇよ」
怒りの精霊フューリーは、小さなイラつきとして俺の中にいつも居座ってる。ぼんやりとした存在に向けて、グッと意識を集中させる。
「力ぁ貸しちゃくれねぇか」
『勿論。と言うか、既に契約を結んでるんだ、今更改まらなくたって』
「ヤツらを軒並みぶっ飛ばしてぇんだ。できるか」
壁の下に向けた俺の視界を盗み見たのか、それともどっか別の場所から見てやがるのか。フューリーは「当り前だよ」と、なんだか嬉しそうな声を上げる。
『しかし……これはまた大層な人数だね。それなりには私の力を貸し与えなゃいけないなぁ』
「あぁ、構わねぇ。その為ならなんでも」
二つ返事でそう応じかけた時だった。
『良くありませんね、その交渉』
頭の中に突然入り込んできた別の声に、少なからず混乱する。当然、それには理由があった。
「ゼニン……お前、ちゃんと喋れるようになったのかよ」
『いいえ、まだです』
思わず振り向いた先、遥か奥で後ろ手を組んだまま、ゼニンは俺に向かってウインクしてる。
『ようやく分かりました。この世界は私がいた世界よりも、遥かに精霊の力が強いんです。発する言葉然り、唱える魔法然り……道理で、同じ手法を用いたのでは、おかしな形で発露してしまうわけです』
「……っつうこたぁ、声に出さなかったら大丈夫ってことか?」
『一概にそうとは言い切れませんが、今は正解とお考え下さい。こうして念話をする分には、何ら支障もありません』
滑らかに話すゼニンに安心したが、頭のいいヤツ特有の遠回しな言い草に、少しばかりイラっともする。
「で……俺らの話に割って入ってくるからにゃ、それなりに理由があんだろうな」
『勿論あります。より精霊の力が強いこの世界だからこそ、私は断言できる』
俺の目に映るゼニンはいつも通り、うっすらと微笑んでる。だが、その目は真剣だった。
『このまま力を借り続けるなら、あなたはいずれ怒りの精霊に呑まれてしまいます。自我もなくなり、ただ怒りに身を任せる破壊の権化に成り下がってしまうのです』
『ちょっと……ちょっと!』
ゼニンの宣告に、フューリーが初めて声を荒らげる。
『どこの誰かは知らないけど、余計な口挟まないで欲しいなぁ……なにも知らないんでしょ?この世界のこと』
『えぇ知りませんよ、この世界のことは。ですが、精霊のことなら良く知っています。フューリー……勿論、あなたのこともね』
最初から今までずっと、ゼニンの口調は平坦なままだ。だが、その端々には絶対の自信が強く感じられる。
『あなたに呑み込まれた人間は怒り以外の感情と痛覚を失い、借り受けた強い力を圧倒的な膂力として、やがて体力が尽きて自滅するまで、ひたすらに戦い続けます。私の世界では、そうしてあなたの犠牲になった者をこう呼びます。
小難しい話が長々と続いてたが、つまり。
「このままフューリーに頼り続けちまったら、俺ぁそのうち死んじまうってことか」
『えぇ、恐らくは確実に。それだけではありません……突き動かされる怒りに打ち負けてしまえば、カツサンドさんやトビタさん、』
「カツとリデリンドがごっちゃになって美味そうだな」
『ボージーさん、フェリダさんにゴリラさん、』
「遂にマジのゴリラが加入かよ」
『その他大勢、』
「そこは端折ってやんなって」
細かく突っ込んでいると、少し黙った後、ゼニンは再び頭の中で喋りだす。
『……とにかく、あなたが死んでしまう前に、大切なお仲間をご自身の手で殺めてしまう可能性があるという事です』
「おいフューリー……今の話、マジか」
『え、あ、うん。今の話は真実だよ。なにひとつも間違ってない』
俺の問いかけに、フューリーはしれっと答えやがった。
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