コイツが追加報酬って話か

「っとに……大概にしてくれ」


 壁に貼ってあったポスターが剥がれたみたいに、空間がペラッとめくれた。

 それだけでも充分わけが分からないってのに、中から人が出てきたんだ、くわえ煙草でぼやくのが精一杯だ。


「兄貴、追加報酬って聞こえましたけど……って、うわ!なんですこれ?!」

「俺が知るかよ」


 上位存在とやらの宣告が聞こえたんだろう、駆けつけたいつもの顔ぶれの中からカツが大声を上げる。

 勿論、質問されたところでちゃんと答えられるはずがない。


「いきなりそこがペロッと剥がれてゴロッと出てきたんだ、コイツ」

「ってことはもう間違いありません!転移者ですよ、転移者!スゲー!」

「そうだな、俺もお前もスゲーな」


 溜め息をつきながら、男の格好をしげしげと眺めてみる。


 ダボダボの……こういうのはローブとか言うんだったか。俺らの中で言うなら、チユノハの格好に似てるようにも見えるが、なんかちょっと違う気もする。

 年の頃は多分俺よりちょっと下ぐらい。スッキリした顔立ちに灰色のアゴ髭だけがやけに目立つ。


 両手と両膝をついたまま、キョロキョロしている男を見下ろす。


「おいあんた、大丈夫か」

「キュルキュルルル」

「はぁ?」

「キュルキュルルル、キュルリラリリリ」


男の口から聞こえてきた音に首を傾げていると、飛田のおっさんが目を輝かせる。


「懐かしいですねぇー……これ、カセットテープの早送りの音ですよ」

「そうなのか」

「えぇ、多分ですけれど。カセットテープを再生しながら早送りすると、こうしてキュルキュル音が鳴るんです」


 なるほど、おっさんの言う意味は分かった。


「で、なんでコイツの口からその音がすんだよ」

「さぁ、知りません」

「潔くて感動するわ」


 ニコニコと微笑む飛田のおっさんを前に、イラつきさえもどっかに消えてっちまう。結果、俺に残されたのは「困った」だけだ。


「まいったな……こんなわけ分かんねぇあんちゃん一人引き渡されて、追加報酬もねぇもんだろ」

「その、」


 ずっと黙って腕を組んでたボージーが、ようやく口を開く。


「かせっとてーぷ?とかいう道具は、なにをするものなんじゃ」

「なんて言えばいいんだろな、こう……音楽だとかを自動で鳴らすもんだ」

「ふむ……音楽の早送りと同じ音、とな……」


 伝わるかどうか自信はなかったが、そこまででボージーには充分だったようだ。ヒゲ面をぐるりとリデリンドに向け直す。


「となるとリデリンドよ、音の精霊を少し弱めてみることは出来んかの」

「なるほど……やってみる価値はありそうですね、承知しました」


 例によって両手を突き出したリデリンドをよそに、突っ立てるフェリダにこそっと尋ねてみる。


「なぁ、精霊ってのは音にもいんのか」

「当たり前でしょ。……って、カガリの世界じゃ違うんだっけ」

「違うかどうかは知らねぇが、少なくとも感じたこたなかったな」


 素直に応えると、フェリダは目を丸くしてる。


「へぇー……良くそれで世界がどうにもなんなかったね」

「どうにかなっちまったから、俺らが飛ばされてきたんじゃねぇの」

「あっはは!確かにそうかも!」


 なにが可笑しかったのかはさっぱりだが、フェリダはもっともらしく人差し指を立てる。


「この世界の全てには、精霊が存在すんの。火、水、土、風は四大精霊で、多くの精霊はその中のどれかに属してる形。じゃあ問題。音はどこだと思う?」

「そうだな……消去法でいくと……風か?」

「お、正解!良くできました!」


 ガキをあやすみたいに拍手しやがったフェリダは、なんとも言えない顔をしてるはずの俺を放っといて話を進める。


「近しいものがその属性になる……って言えば分かるかな。例えば、鉄とか銀とか、金属はもともと鉱石でしょ?だから、金属の精霊は土の属性になんの」

「なるほどな」


 となると、気になるのはアイツだ。ゴルリラを指差す。


「前に聞いたゴルリラの、字が違う聖霊ってのはまた別か?」

「そうだね。命のないモノに宿ってて、力を貸してくれるのが精霊。命のあるモノから借り受けるのが聖霊……って思ってもらえば分かりやすいかも。まぁ、中には植物の精霊みたいに例外もあるんだけどね」

「よく分からねぇが分かった」


 こめかみを揉みながら、そう答えるしかない。

 なにせ俺らの世界じゃ、どこで暮らしてたって精霊を感じた覚えがない。この異世界とは、ひょっとしたらこのへんが一番大きく違ってるのかもしれない。



「音の精霊にお願いして、少しだけ力を抑えてもらいました。これでどうでしょう」


 突き出していた両手をリデリンドが下ろすのを待って、男にもう一度話しかける。


「おい、ちょっと喋ってみてくれ」

「……ホンキニモンデェネエガロッカネ」


 返ってきた音は、さっきよりはずっと言葉っぽく聞こえる。だがまだだ。


「……微妙に分かんねぇな。もうちょいゆっくり喋ってみちゃくれねぇか」


 そう言うと、男は何度か咳ばらいをした後、ゆっくり口を開く。


「こんぐれぇでもんでぇ問題ねぇかね」


 どこかの訛りによく似たイントネーションだが、聞き取れなくはない。なんとなくだが、それなりに意味も分かる。


「あぁ、分かるぜ。まずあんた、名前を教えてくれ」

「おらゼニンってがぁて。天才魔導士って言われてがぁさ」


 ゆっくり立ち上がったゼニンは、膝の土埃をパンパンと払う。


「そんでや、おらの魔法の限界っちゅうんを試したくてよ。とある迷宮の中さへぇってああだのこうだのやってたらよ、いぎなりこんげとこに出てきたんだ。へぇたまげたなんてもんじゃねぇがぁて、どうなってがぁやこれ!」

「……後半分かんねぇな」


 思わず腕を組んだ俺を、カツが得意げに見上げる。


「『もう驚いたなんてもんじゃないですよ、どうなってんですかこれ!(笑)かっこワラ』です」

「かっこワラまで言ってたか?」

「言ってましたよ」


 どうにも怪しい通訳だが、聞き取れない以上、カツを信じるしかない。それに、ちょっと聞き逃せないことも口走ってた。


「なぁゼニン。お前さん、さっき自分のこと『天才魔導士』って言ってたよな」

「おう。さっつぁさんざん言われてきたて」

「その腕前、ちょい見せちゃくれねぇかな」



 すぐさま頭をよぎったのは、ついさっきのリデリンドとの会話だ。


 もしコイツが天才魔導士なら、消えちまったリデリンドの一族を呼び戻せる可能性がある。自称だけなら当てにはならないが、人から言われるほどだ、それなりに期待していいのかもしれない。



「分かったて。そったら良ぉ見とかっしゃい。危ねぇすけ、そこいんなて」


 ゼニンはすっくと立ち上がると、目の前の俺を手で追いやった後、肩幅ぐらいにまで両足を開く。伸ばした右手の先に指輪がキラリと光って見える。


「遠雷・残り香・東の果て・立ち昇る」


 独特のイントネーションでそう呟くと、右手で空中に模様を描くように、スッスと動かす。素人目で見ても、リデリンドの使う魔法とはまるで方法が違う。


「……で?」


 全員の注目を集めていたゼニンだったが、その手からはなにも出ないし、なにも起こらない。当のゼニンはと言えば、ポカンと口を開いたままだ。


「……なしてなんもなんねんだ」

「知るかよ。俺が聞きてぇ」


 返す言葉で、思わず頭を掻く。



 例の上位存在とやらは、今回「追加報酬」とはっきり言った。

 町の強化と消耗品の補充が「報酬」、悪ケ山あしがやまの住人が戻ってくるのが「実績解除」。この二つは既に明らかだ。

 となると、こうして別の異世界から新たな転移者が来るのが「追加報酬」ってことになるのかもしれない。



「なぁ、なにがわりかったんだ?」

「だぁから知らねぇって」


 ゼニンに詰め寄られながら、この手の輩がどんどん増えるこの先を思えば、とりあえずは苦笑いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る