裸の付き合いと洒落こむか

「……ったく、すぐこのざまだ」


 ゆっくりお湯に浸かり、手頃な岩にもたれると、思わずグチがこぼれ出る。だが当然、全く嫌な気はしない。


「ひゃっほーう!最ッ高ですね、兄貴!」

「ガキみてぇに泳ぐな。特にバタフライはマジで止めろ」


 キツめに釘を差してみたが、残念ながらカツが聞くはずもない。ダッパンダッパンと泳ぐ度、静かに浸かってる飛田のおっさんが頭から大量のお湯をかぶってる。


「どこなら大人しくできんだよ、あのバカ」


 腰を浮かせかけた俺に向けて、飛田のおっさんはニコニコと首を横に振る。


「まぁまぁ、今ぐらい良いじゃないですか。ひと仕事終わったわけですし」

「まぁ……あんたがそう言うんなら、そのツラに免じとくけどよ」


 仕方なく肩まで浸かると、小さいイラつきはお湯に溶けてすぐなくなった。頭にタオルを乗せて遠くに目をやれば、紫色の空を登り始めた月が見える。

 間違いない。こっちに飛ばされて来てから一番良い夜だ。




 ボージーの魔球とやらが温泉を掘り当てた直後。


 当たり前だが、ボウリング会場は対決そっちのけで一気に大騒ぎになった。噴き出した大量のお湯が辺りを白くするぐらい降ってきてんだ、無理もない。


 消えちまった煙草を握り潰してポケットにねじ込むと、ボージーに顔を向ける。


「ちょい訊かせてくれよ。潜った球、あの後どうなる予定だったんだ」

「おかしいのう……ピンの真下から、ズドンと地面を突き破って全倒ストライクになるはずだったんじゃが」


 ずぶ濡れのボージーは、腕を組んだまま俺に向かって首を捻ってみせる。


「カガリよ、なにがマズかったと思う?」

「それ、正気で訊いてんのか」


 高々と上がる水柱――いや、こういう場合はお湯柱か――を見上げてると、駆けてきたリデリンドが、お湯に向かって両手を伸ばしてるのが見えた。また見たことのない文字が、腕周りにいくつも浮かんでは消えてる。


「……急に地上に引っ張り出されて、水の精霊が少し驚いてしまっているようです。私の謝罪には耳を貸してくれましたし、もうすぐ落ち着くはずです」

「そうか、ありがとよ。助かるぜ」


 リデリンドの助け船に、心底ホッとする。


 この勢いでお湯が吹き出し続けたら、流れ込んだ濠を満杯にするのは時間の問題だった。そうなりゃ当然、溢れ出したお湯が土壁の土台を浸食しちまう可能性も高い。弱った壁が町側に倒れたら、間違いなく大惨事になっちまうところだった。


 しばらくすると、リデリンドの見立て通り、お湯の勢いは収まってきた。

 それでも、穴からボコボコと湧き出る湯量は見る限り結構なもんだ。勿論、レーンは水浸しで使い物にならない。


「……仕切り直しだと思うか」

「でしょうね。俺がジアルガだったら、こんな消化不良は絶対納得できませんし、」


 隣に立ったカツが険しい顔で続ける。


「なにより、俺まだ司会らしいこと全然してないんです」

「心残りそこかよ」

「あーあ……『これはいけません、デッドボールです!』とか言いたかったなぁ……」

「ボウリングだぞ、今やってたの」



 思わず眉間にシワが寄ったが、飛び跳ねながら近付いてくるフェリダを見つけると、よりシワが深くなる。アイツの背後にパタパタする尻尾の気配を感じる時は、大概ろくな展開にならない。


「これもう一時休戦だよね?せっかく湧き出たんだし、温泉作っちゃおうよ!」


 そら、おいでなすった。


「簡単に言ってくれんなよ。湯船掘るのだって大変だろうが」

「え、カガリやったことあんの?」

「ねぇよ。温泉作ったことのあるヤクザなんざいてたまるか」

「じゃあ大変かどうかなんて分かんないじゃん」


 ちっとも悪びれない顔のフェリダの反論に、じわじわ頭が痛くなってくる。「口が減らない」ってのはコイツの為にある言葉だな。


「そもそもジアルガとの決着ケリがまだついてねぇ。そっちはどうすんだよ」

「大丈夫だよ。あいつら、もう帰り支度してるもん」

「そんなわけ」


 言いかけてフェリダの視線を追ってみると、魔物共が武器や荷物をせっせとまとめてるのが見えた。

 

「あんのかよ。急になんだってんだアイツら」


 全くわけが分からない。ポケットに両手を突っ込んだままぷらぷら向かってみる。

 後ろ手を組んだジアルガは魔物共の間をうろつきながら、各自の荷造りをチェックしてる。


「総員、忘れ物はないか今一度入念に確認しろ!忘れるなよ、城に帰るまでが襲撃だ!」

「『家に帰るまでが遠足』みたいに言うんじゃねぇ。引率の教師かよ」


 俺のぼやきの意味なんざ半分も分かってないはずのジアルガだが、そこはきっちりと俺を睨んできやがる。


「カガリキョージよ、見ての通り今は忙しい。構って欲しいのも分かるが、今は邪魔立てしてくれるな。頼むから大人しくしていろ」

「人を構ってちゃん扱いすんなよ。大体、まだ勝負が終わってねぇだろが」


 イラつきながら顔をぐいと近付けると、フンと鼻で笑ったジアルガも、負けじと青黒いツラを突き出してくる。


「ほほう……今日のところは見逃してやろうと思ったが、貴様がその気なら今ここで決着をつけても良いんだぞ?」


 相変わらずの言い草に、グワッと怒りが煮え立つのが分かった。

 勝手にこっちを襲撃しといて、ボウリングとは言え、大事なはずの勝負事は半端に投げ出して帰る。結局なにがしたいんだよ、コイツ。


「望むところだ……やってみろや!」


 言うが早いか、襟首のマントの留め金を掴んた。そのまま全力で転がしてやると、ジアルガは湧き出すお湯の中にジャバっと倒れ込む。


「ハハハハ……ざまぁねぇな、将軍様っぷぉ」


 そう言って仁王立ちできてたのも一瞬だった。顔めがけて、ジアルガが両手ですくったお湯をぶっかけてくる。


「形無しなのは貴様の方だぞ、カガリキョージ!一度投げ飛ばした程度でこの俺に勝てるとでも思っわひっ」


 目には目を。勝ち誇るジアルガに、すくったお湯を浴びせ返す。お高く留まってたツラが泥とお湯にまみれて、一気にスカッとする。


「なんて言ったんだ?さっぱり聞こえねぇなぁ!」


 だが、半笑いの俺に、またお湯がバシャッと浴びせられる。


「ほとほと耳が悪い様だな、新調したらどうだ!」


 マジで懲りねえ野郎だな。腕を組みかけたジアルガの顔面に、お湯をすくって浴びせ返す。


「部品じゃねんだバーカ!新調なんざできるか!」

「ならばこれでもかとかっぽじっておくことだ!」

「っつうかお前はまず頭をメンテナンスしとけ!」

「俺に分からん言葉を使うな、カガリキョージ!」


 気づけば、お互い罵り合いながらひたすらお湯を掛け合うバカな展開になってた。ちなみにこの時。


「なんすか?あの二人、付き合ってんですかね?」

「……楽しそうですね……なんだか少し悔しい……」

「ねぇねぇ、アタシも混ざってきて良い?」

「止めておきましょうかフェリダさん、ね」

「わしの一投目は結局ゼロかのう……」


 まとめてコケにするカツ、変に妬くリデリンド、うずうずするフェリダを押さえる飛田のおっさん、そして未だに引きずるボージー。


 遠巻きに俺らを観戦してたヤツらも、全員そこそこバカを露呈してたらしい。




 そんなわけで。


「なんだかんだあったが……ま、浸かっちまえば天国だな」


 フウと息を吐く俺の隣で、ジアルガもお湯をすくって顔をひと撫でする。


「ここが天国では、我々が死んでいることになるが……言いたいことなら分かる」

「めんどくせぇなぁいちいち。気分が良いかどうかだけだ、こんなもん」


 岩にもたれながら、湯煙越しにジアルガの横顔を眺める。こうして肩を並べてると、コイツも悪いヤツにゃ見えないんだが……そう思うと、いくつも疑問が湧いてくる。


「なぁ、ちょい話しようや」


 

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