いずれは来ると思ってたが

 麗美ママに会った翌日。

 俺はカツを連れ、相変わらず壁の上で畑仕事に精を出すフェリダたちを訪ねた。



「カガリさんの話は、確かに私の専門分野ですね。必要な薬草さえあれば、それなりに薬を作れますよ」


 薬草師ハーバリストとやらのチユノハが見せたおとなしそうな笑顔に、少なからずホッとする。


「凄ぇな、お前。薬が作れるなんてよ」


 つい漏らした俺の隣で、カツも深く頷いてた。


「ですよね。ついさっきまで、ただのモブかと思ってましたけど」

「……言葉の意味は分かりませんけど、今ものすごく切ないです……」

「俺も意味は分からねぇが止めてやれ、なんだか可哀想だ」


 持っていたくわを立てたチユノハは「ですが」と額の汗を拭く。


「少なくとも、今の畑の作物では薬を作ることはできませんね。植えてあるのは、ただの野菜ですから」

「そりゃそうだよな。腹の足しにはなるが、流石に薬にゃならねぇか」


 腕を組んで唸る俺に、チユノハが続ける。


「それに、ばちに鍋、秤や何本もの空き瓶……必要な道具も足りてません。勿論、傭兵として必要な傷薬や毒消しを調合するぐらいの備えはありますけど、本格的な薬を作ろうとするなら、まずは材料と一緒にそれらを揃えなきゃいけませんね」

「だろうなぁ……」


 傭兵としての出先で負うのは主に外傷、ママの通風は病気。根本から支度が違うのは、素人の俺にだってさすがに分かる。


「なになに?小難しい顔してどしたの?」


 眉間に皺を寄せていると、気付いたフェリダが歩いてきた。


「おう、また更にこんがり日焼けしたな」

「でしょ?アタシがパンだったら今が食べごろだよー」

「そういうヒーロー、俺の世界にいるんだぜ。日夜雑菌と戦ってんだ」

「……どういうこと?」

「こっちの話だ、忘れてくれ」


 きょとんとしたままのフェリダを見て、そういや……と、ふと思いつく。


「なぁフェリダ、お前ら副業で傭兵やってたよな」

「流石に失礼じゃない?何度も言ってるけど、傭兵が本業だってば」


 ぷうっと膨らんだフェリダの頬を放っといて、話を続ける。


「そんなら、商人に伝手があったりしねぇか?酒と薬を取り扱ってるような」

「ち、ちょっと待ってよ、話が見えてこないんだけど」

「そうですよ兄貴。色々端折りすぎですって」


 ハの字になったカツの眉を見て、ママをどうにかしてやりたいばっかりに、すっかり焦っちまってた自分にようやく気付く。


「そうだな、悪ぃ……ちょっと長くなるが聞いてくれるか」



 とは言え、状況の説明にはだいぶ手こずった。気を利かせたカツが何度も補足してくれたおかげで、どうにか大まかには話が伝わった気がする。


「……っつうわけなんだが」

「大体、話は分かったよ。分かったんだけどねー……」


 俺がママの商売の話をしたあたりから、フェリダはずっと腕を組んだままだ。なにか引っかかることでもあるように見える。


「『けど』なんだよ」

「ね、みんな集めてもらっても良い?ちょっと面倒な話でもあるからさ」


 いつになく真面目な顔を見せるフェリダに、正直、面食らった。そして、みんなを呼ぶという提案自体、今までに一度だってない。


「……カツ、頼めるか」

「任せて下さい!リデリンドさんとボージーさんが事務所、飛田さんは自宅……で、ママどうします?」

「あの人は午後にならなきゃ起きねぇ。寝かしといてやれ」

「うっす!」


 二段飛ばしで階段を降りてく背中を見下ろしながら、改めてフェリダに顔を向ける。


「で……面倒な話ってなんだ」

「じゃあ、カガリは火でも起こしてよ。みんなー、収穫できる野菜用意してー!」

「は?」


 ぼーっと立ったままの俺がよほどおかしかったのか、フェリダは高い声でハハッと笑う。


「ちょうど昼時でしょ?まぁご飯でも食べながら、ね」




 そんなこんなで、全員が顔を揃えていつものバーベキューが始まった。

 こうしてちょいちょい青空の下で肉を焼いて食えるのはシンプルに嬉しい反面、なんだか贅沢が過ぎる気もしてくる。


 いつも通り、カツとボージーが限界まで食い尽くすかたわら、飛田のおっさんが淹れるコーヒーの香りに傭兵たちとリデリンドがビクビクし始めた頃、「さてと」とフェリダは切り出す。


「このまんまだとさ、きっとマズいと思うんだよね、アタシら」

「……その『マズい』ってのはどういうこった」

「まずひとつめ。問題になってくるのが実績解除」


 フェリダが立てた人差し指を見た飛田のおっさんが、申し訳なさそうにうなだれる。


「そうですよね……私みたいに、なにもできない人間が増えるのは、ただの足手まといですもんね……」

「魔物の群れを爆破した人の発言じゃないですよ、それ」


 呆れ笑いするカツの隣で、リデリンドは顎に手を当てている。


「人が増えていくことが問題……という話でしょうか」

「そそ。トビタもそうだし、その……ママ?って人も、実績解除で増えたんでしょ?これからも同じようにどんどん増えてくとなると、今のアタシらじゃ対応しきれないんだよね」

「トビタを例にするのなら、住処すみかは既にあるわけじゃ。となると……」


 バカ太い腕を組んだボージーの言葉をなぞって考える。

 人が人らしく暮らすには、衣食住が最低条件だ。悪ケ山あしがやま町内自体が転移してきてるわけだから、「住」も「衣」も問題ない。となると。


「……いずれ食っていけなくなるわけか」

「正解」


 一度ニッコリと笑ってみせたフェリダは、良く焼けたピーマ……ニーサンをほおばる。


「畑の野菜と釣った魚、アタシらの稼ぎで買ってくる肉とか色々。今はこの形でどうにかなってるけど、これから先、この町の人がみんな戻ってくることになれば、絶対に足りなくなるの」

「確かに……言う通りだな」


 飛田のおっさん、麗美ママ。今はまだ二人だが、例えば百人ぐらい増えたとしたら、こんな風に呑気にバーベキューなんてできるわけがない。


「増えていく人たちにもね、また難しい問題があってさ」


 そう言った後、フェリダはカップに残ってたコーヒーを勢いよく飲み干す。

 傭兵たちの中じゃ、コーヒーを飲めるのはフェリダだけだ。結果、いつものように団員たちが「おぉー」と声を上げてる。


「きっと殆どの人が、どうにか前と同じ生活をしたいと思うんだ。そりゃ状況が状況だし、畑仕事とか魚釣りとかやってくれる人もいるんだろうけど、今回のママみたいに病気があったりしたら、ちょっと難しいでしょ?」

「そうじゃな。長い時間竿を垂らしとれば、わしでもたまには……の」


 口にしたばっかりに痛んじまったのか、ボージーはしきりに腰をさすってる。


「更にね?今までと同じようにお店をやってみてお金をもらったとしても、商売としては成り立たってないの」


 今度のフェリダの言葉には、俺も思い当たる節があった。


「使う宛てがねぇからか」

「そ。ママさんがカガリから支払ってもらったお金も、この町内以外じゃ使えない。お酒もつまみも仕入れられないし、薬だって買えないってわけ」


 だんだんと問題が積み重なってくにつれ、じんわり頭が痛みだした。もっとも、俺の眉間のシワなんて気にせず、フェリダは話し続ける。


「この町内でカガリたちの世界のお金がぐるぐる回ったって、状況は何も変わらないんだよね」



「……あの……これ、詰んでる気がするんですけど……」

「情けねぇツラすんなよ、副係長代理補佐」


 おどおどと漏らした飛田のおっさんの一言を、バッサリ切って捨てる。


「まだ問題が明らかになっただけだろうが。こっから考えてどうにかすんだよ、俺たちで」

「そうですよ。ことわざにもあるじゃないですか、『三人寄ればウォンチューノゥ?イェー!』って」

「『文殊の知恵』だな。そう間違える方が難しくねぇか」


 相変わらずバカを露呈するカツを尻目に、煙草をくわえる。



 今話し合ってたことは、いずれ必ずぶち当たってた壁だ。今の今までなんにも考えてこなかった自分にほとほと腹が立つ。


「……しっかり考えなきゃならねぇ局面ってことか」

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