実績解除ってなんだそりゃ

『報酬です』

「やった!報酬、報酬!」


 いそいそと事務所に戻った俺たちは、その声が響くのをを待っていた。カツは満面の笑みで両手を上げている。リアルにバンザイする人間、久しぶりに見たな。


『実績解除です』


 だが、続けられた聞き慣れない言葉に、四人が一斉に顔を見合わせた。全く意味が分からない。


「実績……なんのだよ」

「さぁ……皆目見当もつきません」

「解除……?実績を解除とな……?」


 首を傾げる三人をよそに、カツだけはまた仔犬のような顔で目をキラキラさせていた。


「多分あれですよ、ゲームなんかで良くある実績解除です!例えば『無傷で討伐を終えた』とか、『無事に何十日経過した』とか、隠れた実績が設定されてるんです。そのロックが解除されるんで、『実績解除』なんです」

「報酬がもらえた上に、更にそんなことでなんかもらえるってのか」

「多分ですよ、あくまで」


 ソファーに深く沈んで、こめかみを揉む。

 どうにも転移してから良く分からないことばかりだが、そんなにうまい話があるもんだろうか。


 とは思うものの、カツに聞いたところで、どうせ「それが異世界ですから」の一点張りだ。

 その見立てだって本当かどうか怪しいもんだが、貰えるもんは多いに越したことはない。とりあえず黙っておく。



「さて…今回の報酬とその実績解除とやら、一体なんだろうな」

「……これ……この感じ……」


 呟いた矢先、リデリンドが目を見開いていた。片やボージーは彼女を見て不思議そうな顔をしている。同じ異世界人でも、感覚なんかは種族で違うのかもしれない。

 あるいは、ボージー個人がすっトロいだけか。


「屋上にシルフの強い力を感じます、行ってみましょう」




「うわー!これ、」


 一度は大声を上げてみたカツだったが、続く言葉が見つからないのか、くるりと俺を振り向いた。


「……これ、何ですか?」

「俺が知るかよ」


 煙草をくわえながら、それを見上げる。


 高さは大体三メートル。なんだか複雑な模様が掘ってある柱の上に、バカでかい青緑の水晶玉がゴロリと乗っかっている。


「なぁ、これなんなんだよ」

守護柱しゅごちゅうですね……そうですか、これが今回の報酬なのですね」


 頷くリデリンドは一人で納得しているが、こっちは変わらずさっぱり分からない。


「その、しゅぎょ……すご……しゅ、」

「守護柱とはの、」


 俺が噛み倒す前にして欲しかったが、ボージーが話を継ぐ。


「宝玉を介して近くの精霊の力を借り受け、柱の周辺一帯を守る魔法装置の一種じゃ。これほど立派なものはしばらく見た覚えがないがの」

「ピンと来ねぇな、どうにも」


 近付いて柱をペチペチ叩いてみる。ひんやりとした石の感触と一緒に、ほんの少しだけ、身体の奥底が熱くなる感覚があった。俺の中にいる精霊と反応でもしているんだろうか。


「あ、丁度良かった。ご覧下さい」


 そう言ってリデリンドは空を指す。ほっそりした指の先、バカみたいな青空をハーピーが飛んでいる。

 数匹で並んでいた奴らは、こっちに気が付くと、またギャアギャアと騒ぎながら急降下してきた。思わずうんざりする。


「なんだよ……またやんなきゃならねぇのか」

「いいえ、今度は大丈夫です、きっと」


 リデリンドの言う通りだった。


 滑空してきたハーピー達の姿が、ある高さよりも低くなった瞬間、守護柱の水晶玉が輝いたかと思うと、中から細い竜巻がスルスルと上に伸びていった。

 竜巻は意思でもあるみたいにハーピーへと近付き、その中にヤツらを捕らえてもみくちゃにした。魔物を灰にして消えるまで、多分五分もかかってない。


「……おぉー……」


 誰がということもなく、四人でなんとなくパラパラと拍手した。




「これがその実績解除なのか?」

「どうなのでしょうね……あるいは、この守護柱が報酬なのかも」


 リデリンドは、ちょっとばかり難しい顔をしていたが、すぐに元の笑顔に戻る。


「ですが、どちらにしろ私たちにとっては良いことです。こうしてまた、この区画を守る手立てが出来たのですから」

「それもそうか」


 煙草に火を点ける。吐き出した煙は、すぐに風にさらわれていった。


 どっちが報酬でどっちが実績解除なんざ、正直どうでもいい。

 三丁目を守り続ければ、更に守りは固くなる。とにかく大事なのはここだけだ。




「おりょ」


 屋上から街を眺めていたボージーが、急にすっとぼけた声を上げる。


「どうかしましたか?」

「何か来とるぞ、ほれ」


 カツに促されてボージーの視線を辿った。

 町内の入り口目指して、馬に乗ったいくつかの人影が近づいてくる。目を細めたが、それ以上の詳細までは分からない。


「今度は何事だよ、めんどくせぇな」


 思わず口走った背後、今度はリデリンドが「え」と声を上げる。


「なんだ、知ってる奴らか」

「いえ、あちらを」


 こちらに背を向け、逆方向を向いたリデリンドが指した先は、東の住宅街だった。こざっぱりとした住宅やアパートが立ち並んでいる。ボージーが現れた工事現場も奥に見えていた。


 その手前、ひと際大きな住宅のガレージに人影が見えた。車の陰からひょっこりと顔を出し、不安そうにキョロキョロと左右を見回している。

 白いポロシャツ、グレーの半ズボン。時折四角いレンズの眼鏡を上げる男は、手にしているクラブが示す通り、ついさっきまでゴルフでもしてたような身なりだ。


「おいカツ、現代人だぞ!俺たちの世界の人間だ!」

「なに幻見てるんですか……さんざん時間かけて調べ回ったんです、そんなのいるわけ」


 呆れながら振り向いたカツだったが、ゴルフ中年の姿を見つけるや大声を上げる。


「おいおいマジかよ!おぉーい、あんたー!そこの七三の!」


 明らかに一度こっちを見上げた後、小さく悲鳴を上げた男は家の中に駆け込んじまった。カツの後頭部をスパンとはたく。


「バカヤロ、急に声かけんじゃねぇよ。俺たちゃヤクザだぞ」

「いやでも兄貴、俺たちと同じ格好の人間ですよ?!テンション上がるってもんでしょ?!」


 それについては言い返すところがない。俺だって充分に驚いたし、なにより嬉しかった。


 そりゃリデリンドやボージーもいるにはいるが、言っても二人は異世界の住人。俺たち以外にも、この世界に流されてきたヤツがいる……この事実がどれほど心強いかは、いざこの立場になってみないと絶対に分からない。


「よし」


 振り返った俺を、三人が見ている。来客と珍客が立て続いてるんだ、そりゃそうなる。


「カツ、お前はあの馬に乗って来たヤツら担当だ。話をして速やかにお帰りいただけ。町内には一歩も踏み入らせるな」

「あいつらが魔物と同じように襲いかかってきたらどうします?」

「どうもこうもねぇよ。っちまっても構わねぇ」


 いつもと同じ調子で話していたつもりだったが、リデリンドが小さく息を呑む音が聞こえた。殺気が漏れちまってたのかもしれない。だが。


「こっちは右も左も分からねぇ異世界に飛ばされてきてんだ。事務所と町内を守る為だ、きれいごとばっか言ってもいられねぇ」


 淡々と言い放った後、俺はボージーの方へ向き直る。


「ボージーはカツと一緒に行ってくれ。もしヤツらの所属する団体が大きそうなら、殺しはナシだ。大勢で報復にでも来られたら手の打ちようがねぇからな」

「つまり、丸く収まれば越したことはない……そういう話かの」

「良く分かってんじゃねぇか」


 思わずニヤリと笑う。



 俺がどうしようもないヤクザなのは確かだが、この町内に入って来さえしなければ、相手が人だろうと魔物だろうと、できるだけ手荒な真似はしたくない。都度イラ立つのも、撃退すんのもいちいち疲れる。


 それに、今しがた口にしたように、報復は充分問題だが、なにより良くないのは、人をあやめちまうことだ。

 程度の差こそあれ、概念やら考え方やらが変わっちまう……ってのは、長い刑務所ムショ暮らしを経験した挙げ句、笑えない死に方をした昔の仲間ツレの受け売りだ。


 ただでさえ異世界に飛ばされてきて、挙げ句俺が俺じゃなくなるだなんて冗談、流石に笑えやしない。



「で、さっきの七三だが」


 目を向けた先、いくらかホッとした顔のリデリンドに声をかける。


「あっちは俺とお前の二人だ。終わったらすぐカツたちの方に向かうぞ」

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