職人てのはめんどくせぇな
「ち、ちょっとすいません、そこの……ドワーフさん」
上ずった声でカツが小柄な影を呼ぶ。顔を上げた爺さんは、左右を何度もたっぷり見回すと自分を指さした。
「……わし?」
「ローディングが長ぇよ。あんたしかいねぇだろうが」
煙草をくわえたまま、俺は続ける。
「どっから入ってきた。入り口の砂利は乱れてなかったぞ」
「どこから……って、ほれ、そこよ」
爺さんは親指で自分の隣を指す。
平らに
「……ドワーフってのはモグラの最終形態か?」
「スゲー!ドワーフってほんとに穴掘るんですね!やっぱりあれですか?鉱脈探して毎日洞窟ウロウロしてんですか?」
「なんじゃお前さん方、ドワーフを見るのは初めてかの」
俺の質問を華麗にスルーしたカツが、子供みたいなテンションで爺さんに駆け寄った。飛びついてヒゲや頭をワシワシと撫でている。犬にやるやつだぞ、それ。
「わしはボージー。職人をやっとる」
「職質はしてねぇんだがな」
「まぁそう言うでない、若いの」
分解されたショベルカーのアームの上に、ボージーは座り直した。その太い首元に絡みついたまま、カツが目をキラキラさせる。
「職人って、なんのです?」
「木工、彫金や宝石、鍛冶に
「えぇえぇ、知ってます知ってます!それでいて戦っても強いんですよね、ドワーフって!」
そのうちコロッと取れちまいそうな勢いで何度も首を縦に振るカツを放っておいて、俺はボージーに顔を近づける。
「それで?なにがどうなっていきなり穴から出てきたんだよ」
「うむ……それなんじゃが」
質問に歯切れ悪く返したボージーは、太い指で頬を掻いた。
「珍しい鉱石を探して山の洞窟に入っての。あっちでもない、こっちでもないと掘り進めとったら、いつの間にかここに辿り着いたというわけじゃ」
そう言われて、いつも車で回る外周の景色を少し思い出してみる。
「……山なんて近くにあったか?」
「いや、ちょっと見覚えないですね」
「あるじゃろ。ほれ、あそこに見えとる」
ボージーは太い指を指した。立ち並ぶ住宅の間から、クソほど遠くにぼんやりと山が見える。俺よりも先に、カツが大声で指を差してた。
「いやいや、あんな遠いところから穴掘って来たんですか?!」
「わし、方向音痴なんじゃよ」
「そういう話じゃねぇな、今は。もうヒゲの生えた掘削機だぞ」
「底なしの体力と飽くなき探求心。ドワーフとは、生来そうした種族なんじゃ」
さも自慢げに言ってのけたボージーは胸を張っている。俺がドン引きしていることなんて知る由もない。
「底がねぇにも程があるだろ。……まぁそれはそれとして」
大きく脱線していた話を元に戻す。
「今の話とショベルカー分解したのと、どう繋がるんだよ」
「しょべるかあ?……おぉ、これのことか!」
ボージーの顔がパッと明るくなる。
「穴から出た目の前にこれがあっての。見たことのない機巧なのでな、どう動くのかを知りたくてつい解体してしもうたが……これは面白いのう!油が入っとったが、何に使うんじゃ?鉄の板を繋げたあれで進むんじゃろ?あの長い首はどちらにどう動く?」
目を輝かせて詰め寄って来たボージーの勢いに、思わず後ずさった。小さい割に圧がキツいな。
「知らねぇよ。ショベルカーの産みの親じゃねぇんだ、俺は」
「ではお主……は知らんか」
一度、まとわりついているカツを見たボージーは、すぐ首を横に振った。正しい判断だ。
そのカツ当人はと言えば、また何かろくでもないことを閃いた顔をしている。
「ねぇ兄貴、ボージーさんに車なんとかしてもらえませんかね」
「無理だろ。ショベルカー見たことねぇんだ、車をどうにか出来るとは思えねぇな」
「くるま?くるまとは何じゃ?それも、しょべるかあと似た類の機巧かの?」
「似てるというか……なんて言えば良いかな……えーっと……」
腕を組んだカツは、なかなか答えが出せないでいる。仕方なく俺も一緒に考えてみる。
「……ボージー、この世界に馬って動物いるか」
「おるぞ。もっとも一般的な移動手段じゃな」
「そしたら馬車もあんだろ。あれのもっと速くて硬くて馬がいない乗り物だ」
「馬がおらんとな?!では何故走れるんじゃ?!どうして硬くなければならん?!訳が分からんわい……」
頭を抱えるボージーを放っといて、俺は煙草をくわえた。まぁ無理もない反応だ。
そして、こっちはずっと前から訳が分からない。
「まぁ、ドワーフではないですか……久しぶりにお目にかかりますね」
「そういうお前さんはエルフじゃの。わしも随分見ておらんかったぞ」
互いをしげしげ見つめ合うリデリンドとボージーに、思わず吹き出しかける。
「なんだ、お前らどっちも珍しい種族なのか」
「えぇ、エルフもドワーフも、……異種族は皆、昔に比べたら今はかなり数が減りましたので」
「それに、わしらドワーフは山、エルフは平坦な森……双方、棲まう場所が違うんじゃ。故になかなかこうして顔を合わせる機会がなくての」
「そうか。そいつぁめでてぇな」
くたびれていた俺は適当に話を流す。
カツの説得とボージーの暑苦しさに負けて、結局俺は新顔を事務所に連れ帰ってきていた。
どうやらドワーフってのは、好奇心の塊をぎゅっと丸めてヒゲを生やした種族らしい。
帰りの道中はまぁ酷かった。ボージーにとっては見るもの
カツがいて本当に良かった。俺だけだったら、黙らせようと襟首のひとつも掴んでケンカになっていたに違いない。
「おほほーう!これがお主らが言っておったくるまかの!」
興奮のあまり奇声を上げたボージーが、短い足でトットッと車に駆け寄る。
「いやはや……箱にも見えるが、これが馬より速く走るとは到底思えなんだ。じゃが、確かに車輪は付いとるし……ふむう……」
まずは外側からなのか、ヒゲを何度もしごきながら車の周りをグルグル回っている。
「あのままバターになっちまいそうだな」
「楽しそうですね、ボージーさん」
「見たことねぇモノが目の前にあんだ、そりゃさぞかし楽しいんだろうよ」
「なんでそんなしかめっ面なんです?」
「……ちょっとばかり嫌な予感がすんだ」
ニコニコするカツの隣で煙草をふかしていると、ボージーがクルリとこちらを振り返った。
「カガリよ、ほんの少ーしだけ分解しても」
ほらきた。物作りが好きなヤツってのは大概こうだ。バラして理解しようとする。
「良いわけねぇだろ。元通りにならなかったら鉄屑になっちまうだろうが」
「じゃがのう……これが良く分からんのじゃ。しょべるかあにも付いとったんじゃがの」
開いたボンネットで指さされているのはエンジンだった。あれぐらい複雑だと、生まれつきの職人種族とやらにも難解らしい。
「いっそエンジン外してみたらどうです?」
「バカのハイブリッドかよ。お前がそそのかしてどうすんだ」
「いや、でもここ異世界ですよ?きっとなんとかなりますって」
「なんなんだよ、お前のその異世界への絶対的な信頼は」
じんわり痛み始めた頭を抱えながらカツと話していると、ボージーの隣にスススとリデリンドが並んだ。興味深そうにボンネットの中を眺めている。
「……やめてくれよ、リデリンドまで」
「これ、私とボージー様の力で何とかなるかもしれませんよ」
「それ、マジの話か」
思わずこぼした俺の顔を、ニヤニヤとカツが覗き込む。
「ほらね?なんとかなるんですよ。なんてったって異世界なんですから、ここ」
正直、ここまで言われたら返す言葉もない。
ただ、しっかり腹は立った。今晩、カツが寝たら脛にガムテープを貼ってやることにする。
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