画面の中の水族館
オカ
画面の中の水族館
「ねえねえ聞いて、私さ、オッチャンに貢いじゃったんだぁ」
ある日、駆け寄ってきた友達のセリフに、私はとても驚いて声をあげてしまった。
「エッ、どういうこと?」
(オジサンに貢ぐ?援助交際ってこと!?いやでもそれならオジサンに貢ぐんじゃなくて貢がせる方じゃ…)
ぐるぐると回る私の思考をもう一人の友達が引き戻した。
「え〜、マジで!?いいなぁ、芸は何にしたの?」
ゲイ?どういうこと?
「イイでしょ〜、芸はね〜とりあえずいないいないばあにしてみた!」
とりあえず私が心配してるようなものとは違うことを察した。
「え、と、オッチャンって何?芸?をするの?」
私は流行物に疎いから、多分そういうやつな気がする。
「もう~、超バズってるのに知らないの?後でリンク送ってあげるから見てよね!」
「う、うん、アリガト」
そう言って送られてきたのは動画サイトのURLで、外国の何処かの水族館の公式チャンネルだった。えっと、これは確かアザラシ…かな、多分。どうやらその施設は資金難で、餌代の寄付を募っているらしい。沢山いる展示動物を指名して餌代を寄付することができ、更に芸をリクエストすることが出来るらしい。今はプールにプカプカ浮かんでるのが映ってるだけだけど、餌の時間には芸の稽古をして、最後にカメラに向かって芸をしてくれるらしい。
「多分週末の午後から夜の何処かでリクエストやってもらえると思うんだ。めっちゃ楽しみだよね〜」
正直、あまり可愛いとは思えなかったけど、友達があんまり楽しそうに話すものだから、私も週末見てみることにした。
(午後から夜の何処か…って長すぎない!?見てるの飽きたんだけど…)
外国の施設だからか時間にはちょっとルーズみたいだ。張り切って昼前から待機してた私は早々に飽きてしまった。
お昼ごはんの間もチラチラチェックしてたけど全然餌の時間が来る気配がなくてソファで寝転んでいた私に、母がお使いを頼んできた。どうせ暇でゴロゴロしてるなら買い物お願いねって。
ピロン♪
母のメモを頼りにスーパーを彷徨ってるとメッセージが届いた。
【そろそろ餌やり始まるみたい、超楽しみなんだけど!〇〇も見てね!】
なんでタイミングの悪い…今から急いで帰っても家についてパソコン立ち上げるのに十分はかかる。スマホでも見れなくはないけど、スーパーや道端で見るのは無理だ。
【ゴメン、今買い物中。急いで帰るけどまにあうかなぁ】
【え〜、間が悪いなぁ。結構時間かかるから最後のリクエストには間に合うと思うよ!けど見れなかったとこ巻き戻せるから後から見てね】
…ほんと間が悪かったんだよ。
家でライブ動画を見ると友達の推しのオッチャンに餌をやりながら稽古をつけてるところだった。今更だけど、この施設にはオッチャン以外にも何頭も同じように寄付を募る動物がいる。恐らく水族館としては表でショーをやりつつ、まだショーに出られる水準じゃない仔の普段の様子や稽古風景を配信することで収益化を図っているみたいだ。オッチャンはそんな稽古中の仔の一頭で、私は知らなかったんだけど仲間内では結構流行ってて、しかもオッチャンが推されてるらしい。別に私が見なくてもいじめられたりするようなことはないけれど、みんなの楽しげな会話に混じれないのは悲しい。だから私には配信を見ないという選択肢は無かったのだ。
私が見始めた時にはもうそんなにお腹も空いてなかったのか、餌を見せても大きな反応はなかった。でも飼育員の掛け声に合わせてノソノソと動いてみせる様子にグループチャットは大いに盛り上がっていた。
【めっちゃ可愛い!】
【もうお腹ポンポンなんでちゅね〜飼育員さんのこと無視だよ(笑)】
【でも顔だけは動いてるからさ、指示はわかってるんだよ。オーチャン賢い!】
そんな次々に流れてくるメッセージに私も楽しくなって一緒に配信を見ていた。
稽古は飼育員に向かって横顔しか見せてなかったオッチャンだが、最後はカメラに向かって下手くそないないいないばあをした。全然顔が隠れてないし改めて正面から見てみると何だかおじさんみたいで可愛らしいとは思えない。けれど寄付をした友達は【ギャーーーーーー!!!】というメッセージの後から返信が無くなり、とても喜んでいることが伺えた。
【死んだな】
【死んじゃったね】
【当分復活は難しそうだね】
そんなふうに揶揄されながら、メッセージは続いていく。どうやら新しい芸を覚えるために寄付枠が出来、リクエストも出来るようになるがいないいないばあはまだまだ稽古を始めたばかりらしい。そして私が可愛いと思えなかったオッチャンも何故だか日本人には人気で、あっという間にオッチャンの寄付枠は売り切れてしまったんだとか。別に寄付した人の名前が呼ばれるわけでもない、誰かが寄付したら世界中の人が見られるソレに、だけど自分が寄付したいと思わせる魅力がオッチャンにはあるらしい。私にはまだよくわからないけれど、他の友達も寄付してみたいと言っていたので多分自分が寄付するのはとても大事なことなのだと思う。けれど寄付枠はある程度しか公開されず、不定期に追加されるので今はオッチャンに寄付は出来ないのだそうだ。残念そうに話す友達を不思議に思った。
そんなふうに始まったオッチャンとの付き合いだが、私はその後、意外と楽しんでいくことになる。稽古の日はどの仔かによってある程度決まっているようで、オッチャンは大体週末の午後から夜にかけて。とても見やすくて助かる。その間も配信はされてるけど、他の仔の稽古だったり何もない様子が映ってたりオッチャンがゴロンと転がってたり。チャンネル登録しなくても、何かあれば友達から見てみて!とリンクが飛んでくるから問題はなかった。いつしか私もおじさんみたいなオッチャンが好きになっていた、そんな頃だった、追加の寄付枠が公開されたのは。友達から聞いて、寄付したいのかどうかもわからず施設のホームページを開いてみたけど、外国語でどこから寄付するのかもわからず、それらしきリンクも見つからずワタワタしてしまった。どうしたら良いのか全然わからず諦めてメッセージを見てみると、とっくに寄付枠は埋まってしまった事を知る。そうだ、私や友達以外にもオッチャンは人気だし、最近は動画のチャンネル登録数も増えている。いないいないばあだって最初は頬を押さえるだけだったのに最近は片目は隠せてるしとても可愛いのだ。オッチャンの人気に嬉しいような寄付ができなくて落ち込むような複雑な気分だった。
そんな楽しい日々もいつか終わる。そう、あの配信はあくまでもショーデビュー前の稽古風景で、ショーに出られる程、上手に芸が出来るようになった仔は水族館のショーに出るようになるのだ。もちろん日常風景にオッチャンが映ることはあるだろう。でもオッチャンメインで映したり、カメラ目線でファンサしてくれたりすることは無くなるのだ。嬉しいけれど悲しい。そんな日は公式チャンネルのチャット欄はお祝いのメッセージで埋まった。
元々緩やかな趣味つながりの友達の仲はオッチャンだけではなかった。週末ごとに集まっていた理由のオッチャンはいなくなったけど、それまでも色んな楽しいや面白いを友達と共有してきた。だから、少しだけ寂しいけれど、習慣のように配信を見にいってしまうけれど、いずれ私達の中からオッチャンは緩やかに薄まっていくはずだった。…その筈だった。
【オッチャンの切り抜き動画集公開されるって!】
そんなメッセージが届くまでは。
あまりにもオッチャン人気が凄く過ぎて、これまでの仔には無かった動画集が有料で限定公開されるらしいのだ。これなら、と思った。何度か寄付枠が公開されたけれど、結局私は一度も寄付することは出来なかった。操作に手間取りワタワタしている間に気が付くといつも寄付枠は埋まってしまっていたからだ。でも毎週末毎に見せてくれる稽古風景に、私もいつしかオッチャンに魅了されてしまい、推しに課金したいと思うようになっていたのだ。今度こそオッチャンに課金できる。何よりライブ配信は24時間しか残らないから、見逃していたオッチャンも多かったのだが、いつでもオッチャンを見返せるようになる。
「お祝いしたい」
気持ちが言葉になって転がりでていた。
「そうだね、おめでたいことだし祝っちゃおう!」
「お祝いといえばケーキだよね」
そんなふうに友達と集まってお祝いすることになった。持ち込みができるカラオケルームで、ケーキを買ってお祝いしよう。そう決まったのだ。
「メッセージはどうなさいますか?」
買い出し担当として私ともう一人でケーキを注文しに行く。
「どうしよう、切り抜き動画おめでとうだと長いし、シンプルにおめでとう、だけで良いかな?」
「そうだね、それじゃ、オッチャンおめでとう、でお願いします」
「もう、こんな時は愛称じゃなくて本名でしょ。トドのオカちゃんおめでとう、でお願いします」
…あ、アザラシじゃなくてトドだったんだ。
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