第05話 落下

「ありがとうございます。行ってみます」


 私は話を聞かせてくれた猫にお礼を言って立ち上がる。

 そして、辺りに人がいないかを確認してから実体に戻る。


 鞄からスマホを取り出して、メッセージアプリでいとか先輩を探す。

 そして通話をかける。


 多分いとか先輩も霊体に成ってる。

 だから、多分出るのに時間がかかるはず。

 時間短縮のため、目的地に向かって歩き出す。



 私達は霊体に成るときに一緒に霊体に成れる。

 一緒に成ったものは触れるし使える。


 だけど、自分の声だけは霊体に成ってるスマホにも入らないらしい。

 だから通話をするためには実体に成らないといけない。



 5コールが終わったぐらいで、いとか先輩の声がスマホから聞こえてきた。


『しき?何かわかった?』

「はい。近くの公園で上から子猫の声を聞こえるって言う猫がいました」

『それってどこの公園?丹下たんげ家から1番近い公園?』

「多分そうだと思います」

『わかった。じゃあとりあえずその公園で集合で』

「わかりました」


 そう言って私は通話を切って、公園への道を急ぐ。


~~~


「で、ここの公園で子猫の声が上からしたと」

「らしいです」

「……これ、聞こえる?」

「……無理そうですね」


 そう。今日は休日。

 家族連れが大勢いる。


 つまり、人間の声で子猫の声が聞こえない可能性が高い。


 私の隣でいとか先輩がため息をついた。

 面倒な気持ちはわかる。

 でもため息をついていても始まらない。

 なので私は淡々と提案する。


「…とりあえず、手分けして探しましょう。多分いるなら木の上だと思いますし、上を見上げながら」

「だね。あ、霊体に成るときは気を付けてよ」

「わかってます」


 そして、私達は手分けして公園の木を見上げる。


 この公園の木は結構高い。

 もし一番上とかだったら地上からは見えにくい。

 私は結構目が良いから何とか見える。


 …死ぬ前の私も目が良かったのかな。


 色々考えながらも、目は集中して木の上を見る。



 そして探し始めて10分ほど。

 子猫を発見した。


 とりあえず「いとか先輩、見つけました!」と叫ぶ。


 「マジ!?」と言いながら息を切らしながら、いとか先輩は走ってくる。

 ……幽霊だからこれ以上死にはしない。

 でも体力がないんだから無理をしないで欲しい。


 私の横まで来たいとか先輩は少し呼吸を整えてから口を開く。


「で、どこ?」

「ちょうどここから斜め上、あそこです」


 そう言いながら私は高くて少し見えづらい子猫を指さす。


「ん~?あ、あそこ!?」

「はい。あそこなんです」


 子猫はかなり上に居た。


 結構細くなってる枝の上。

 落ちたら確実に無事じゃすまない高さ。

 いくら猫とはいえ…危ない高さ。


「うっわぁ…あそこまで登るのだるいな…」

「でもそれ以外方法はないですよ」

「いっそのこと霊体に…ダメか。目の前で実体に成って、もし驚かせて落ちたらマズいか…」

「なので私が行ってきます」


 私がそう言うといとか先輩は「いやいや、可愛い後輩に危ない事させられないって」と言いながら肩を掴んで止めてくれた。

 でも先輩は生きてた頃の影響で身体が弱い。


 そんな先輩をあの高さまで登らせれない。


「でも私が行きます。それに、私が行った方がもし子猫が途中で落ちたときとか、私の方が良いですし」

「…まぁそれはそう。……じゃあ、悪いけどお願いする」

「任せてください。先輩は本当のもしものときのために待機お願いします」

「もちろん。任せて」

「では行ってきます」


 そう言って、私は木を登り始める。


 とはいえ、私は木登りが得意な訳ではない。

 だから少し苦戦しながらも頑張って登る。


 …やっぱりズボンでよかった。



 登り始めてから3分ほど。


 ようやく子猫の近くまで来た。

 下から見たときは自信がなかったけど、登ってきて確信した。

 やっぱりこの子は丹下さん家のきなこちゃんだ。


 とりあえず見つけることはできた。

 あとは私が抱っこするか、鞄に入ってもらって降りるだけ。


 私は「おいで、大丈夫だから」と呼び掛ける。

 しかし、きなこちゃんは「しゃ~!!」と威嚇してくる。


 ……何を言ってるかわからない。


 やっぱり霊体に成った方が良いのかな。

 でも子猫だから霊を見慣れていないかもしれない。


 そもそも、きなこちゃんが視えるのかもわからない。


 どうすればいいだろうか。

 鞄の中に餌が入ってたはずだけど…ここで取り出す勇気はない。

 もし落ちたらまた登ってくるのがめんどくさい。


 そう考えていた時。



 きなこちゃんがこっちに向かって走ってきた。

 申し訳ないけどこのまま捕まえようと手を伸ばす。


 しかし、きなこちゃんは私の手を避けた。

 そして私の頭を踏んで……



 木の幹に着地できずに落下した。


 私は木の幹に足を引っかけて枝の上に身体を伸ばしている。

 だから、私の後ろがどうなっているか見えなかったんだと思う。



 いや、今はそれどころじゃない。



 きなこちゃんが地面に向かって落ちていく。



 助ける方法は、ある。

 できるか自信はない。


 でもやるしかない。


 私もきなこちゃんを追って木から落ちる。


 そしてすぐに霊体に成る。



 私は幽霊。

 すでに死んだ身。



 だから、非現実的なこの力が使える。



 私は両手をきなこちゃんに向けて伸ばして叫ぶ。



「止まれ!」


 するときなこちゃんがピタッと空中で止まった。


 私の身体はその間にも落下している。

 そしてきなこちゃんの近くまで来た。


 私は頑張って実体に戻る。

 同時に、幽霊としての力が止まったのできなこちゃんも再び落下を始める。


 私がその前にきなこちゃんを抱きしめる。


 とりあえず保護できた。

 あとは着地。

 幽霊はもちろん浮くこともできる。


 でも、生きているモノと一緒に霊体には成れない。


 私は幽霊なのでもう死なない。

 でも、何故か怪我はする。


 生前と同じようにすごく痛いけど、今回は仕方ない。

 そう覚悟を決めたとき。


「しき!きなこちゃん渡して!」


 下からいとか先輩がそう叫んだ。

 私はきなこちゃんに「あの人のところへ行って!」と言いながら手を緩める。


 すると伝わったらしく、きなこちゃんは私の腕を蹴っていとか先輩に向けて飛ぶ。


 私は急いでもう一度霊体に成る。


 そして、体が浮き上がるのをイメージする。




 私の身体は地面すれすれで止まった。

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