喫茶 めいどへようこそ!

Remi

   

お触りは禁止

第01話 今日も大忙し

「しき~戻ってきて~」

「は~い」


 お客さんが喋る声が響く中、みな先輩の声が厨房から聞こえた。

 ちょうど注文を取り終えた私は、昼間の賑わっている喫茶店の店内をすばやく移動する。


 働き始めてもう半年。

 このメイド服で動くのにも慣れてきた。


 カウンターを抜けて、調理厨房に戻る。

 まず最初に、さっきメモした注文をいとか先輩こと藤山ふじやま 絃果いとか先輩に渡す。

 そして、みな先輩こと落合おちあい 美奈子みなこ先輩が仕上げた料理をお盆に乗せてホールに戻る。


 外は今日も暑い。加えて休日の昼過ぎ。

 冷房の効いた店内には外の暑さから逃れてきた色んな人がいた。

 お年寄りや親子、そして夫婦やカップル。


 そして今、私が運んでいる料理を注文したのは1人の男性だった。


「お待たせしました。オムライス1点でお間違えないでしょうか」


 確認をしながら、私は男性の前にオムライスを置く。


「大丈夫、ありがとう」

「ではごゆっくり」


 そう言って私は厨房に戻る。

 この時間は忙しい。

 今日も大忙し。

 てきぱき動かないと店が回らない。


 のはずなのに、私は前に進めない。

 腕が掴まれている感覚がある。


 振り返ると、男性に腕を掴まれていた。


「店員さん。あれやってくれないの?「美味しくな~れ」って」


 でた。

 喫茶 めいどうちの制服がメイド服だからなのか、こういう客がたまにいる。

 でも、これくらいは慣れているので私は淡々と答える。


「お客様、当店はではございません。そのため、そのようなサービスは行っておりません」

「でも店名はじゃん?」

じゃないです。 です。忙しい時間なので失礼します」


 そう言い切って、私は右腕を掴んでる男性の右腕を剝がそうとする。


 でも、離してくれない。


 …面倒な客に当たった。


「そんな硬いこと言わずにさ、やってよ「美味しくな~れ」って。お姉さん可愛いから、やってくれたら絶対美味しくなると思うのになぁ~」


 男性はしつこく食い下がってくる。

 凄くイライラしてきた。

 でも私は冷静に言葉を返す。


「そういうのがお望みでしたらそういうお店に行ってください。あと、当店は店員に触るのは禁止ですので。離してください」

「ところでさ、彼氏とかいないの?連絡先教えて欲しいなぁ。どのSNSでもいいからさ」


 ……この人、耳付いてる?

 まったく私の話聞いてくれないんだけど。


 流石にここまでしつこい相手は初めて。

 というか初対面の喫茶店の店員の連絡先いてくるのヤバくない?

 顔も「俺、かっこいいでしょ?」みたいな表情でウザい。


 でも、こういう相手の対応も一応聞いている。

 あんまりやると色々と危ないからしたくないけど、今回ばかりは仕方ない。



 私は深呼吸をしながら、力を抜く。



 そして、自分の存在を手放す。



 すると、どんどん世界が揺らいでくるのを感じた。



 しきわたしという存在が薄くなっていくのを感じる。


「冷たっ!!お姉さんどうしたの?」


 男性が驚いた声を上げた。

 これなら流石に離してくれるはず。


 私は消滅してしまわないように、自分の存在と喫茶店を再認識する。




 しかし、この男性はしつこかった。


「大丈夫?温めた方が良いよね?」


 男性は私の腕を引っ張った。



 嘘でしょ。

 どんだけ自意識過剰なのこの人。


 私はバランスを崩して、男性の方へ倒れる。



 だけど。



「あのさ。うちの可愛い後輩に手を出すのやめてくれない?」


 後ろから聞こえるその声と共に私の身体は止まった。



 そして、私の腕を掴んでいる男性の腕をさらに掴む腕があった。



 振り返るといとか先輩が立っていた。


「いや、このお姉さんの身体が急に冷たくなったから…」

「それはあんたが掴んだからでしょうが」


 いとか先輩は男性が言葉を言い切る前に言い返す。

 私のような不愛想黒髪じゃなくて、目つきも鋭いし髪は金メッシュ。

 私よりも迫力マシマシ。


 うん。今日も先輩はかっこいい。


「とりあえずあんた、この手を離しなさいよ」

「あ…いや…」

「うち、普通の喫茶店だからそういうサービスやってませんし、何なら店員へのセクハラ行為は禁止なんですよ。

 それでも、ど~しても可愛い女の子と遊びたいならうちが相手してあげるけど?」


 そう言い切ったいとか先輩の黒いオーラが出ている。



 いとか先輩を中心に店内が寒くなってくる。



 男性の顔はさっきまでの余裕そうなウザい表情から完全に怯えた表情になっていた。


 そして、ついに私は男性は私の腕を離した。


「そ、そういえばもう用事の時間だった!」


 男性はそう言いながら席から立ち上がって、いとか先輩の手を払う。


 そしてそのまま逃げるように店から出ていった。



 その背中を見ながらいとか先輩は「2度と来るな」と呟いた。



 とりあえず、一難去った。

 でも、店内の空気が凄く悪い。


 …まぁ、当たり前と言えば当たり前だけど。


「大変お騒がせしました。お詫びといたしまして、今いるお客様にはドリンク一杯無料とさせて頂きます。

 追加でご注文される方はスタッフをお呼びください」


 奥の調理厨房からみな先輩が出てきてそう言った。


 店内が少しざわつき始める。


「じゃあ注文していいか」


 お年を召した男性の声が聞こえてきた。


「は~い!少々お待ちください!

 私が注文取るから、しきは料理下げといて」


 いとか先輩は私にそう言い残して、その男性のところに注文を取りに行った。


 …今いとか先輩を呼んだのって、多分常連の常松つねまつさんだよね。


 私はそんなことを考えながら、結局手を付けられなかった料理をお盆に乗せて調理厨房に戻る。


 厨房に戻ると「しき、大丈夫?」とみな先輩がそう聞いてくれた。


 だるいしウザいとは思ったけどそれ以外は何ともない。

 いとか先輩が追い返してくれたし。

 なので「大丈夫です。心配かけてすみません」と返す。


「ほんと?別に2人でもまわせるから休憩入っていいよ?

 あ、みなねえこれ注文」


 ちょうど、いとか先輩が戻ってきた。

 みな先輩は「はいはいありがと」と言ってメモを受け取る。


 それとほぼ同時に「すみませ~ん!注文いいですか~!」とホールから声が飛んできた。


「本当に大丈夫です。注文取ってきます」



 私は2人の先輩にそう言って活気が戻ったホールに出た。

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