第5話『クライン村② 圧政下に喘ぐクライン村。そして、少女の夢』

 アキラは、ノーラの家族の態度を見て

 

 (異世界からの転生とか、転移とか、ここでは当たり前の事ではないらしい

 これ以上、異世界云々うんぬんと言って気味悪がられても困るし、おばあさんの言うとおり、記憶を失くしていることにしよう。)


「有難うございます。ちょっと混乱しちゃってて…

 お言葉に甘えさせて頂きたす。」


アキラはそう返事した。


皆で食事を終えると、ノーラが


「あー、食べたあ!今日はお客さんいたから、ごちそうだったね。」


 (えっ!?)


という視線をアキラがノーラに向けると、ノーラは軽くうなづいて


「いつもパンは半個ずつだし、スープにお豆が入っていたのだって久しぶり!」


「あ、あの、申し訳ない。遠慮せずに全部たいらげてしまって…」


 アキラが申し訳なさそうに言うと


「何を言ってなさる。遠慮なんていりませんよ!久しぶりのお客さんに、みんな喜んでいるんだから!」


とノーラの父がアキラに向かって言った。

 そう言った後、また視線がアキラの胸の谷間に向けられている。

 その横顔をノーラの母が怖い顔でにらみ付けている。


 ここでアキラが、ふと疑問に思ったことを口に出した。


「でも、この村の畑とか、すごく広くて、みんな青々と茂っていたし、たくさん収穫できるのでは?

 なのに、何故たくさんご飯を食べられないのですか?」


 そうアキラが言うと、それぞれ各々別の動きをしていた家族が動きを止め、一斉にアキラの方を見た。


 (あ、マズイこと言ったかな?)


 と、アキラは思い、慌てて


「失礼な言い方でした!どうか、お気を悪くなさらないで下さい。」


と謝罪の言葉を述べた。


 家族はしばらく黙っていたが、やがてノーラの祖母が重い口を開くように


「いっぱい実っても、みんな税に取られてしまうのさ…」


と言い、この村が置かれている状況を説明し始めた。


〈このクライン村は、コロネル男爵という帝国貴族の領地であること。〉

〈2年前に先代が亡くなり、跡を継いだ当代領主が重税を課していること。〉

〈税率自体も大幅に引き上げられたが、それまで納税は各世帯ごとだったのに、現在は、個人に、10歳から65歳までの男女全てが対象となったこと。〉

〈ちゃんと納税義務を果たすように、男爵は親族の者を村長むらおさとして主要な村々に派遣し、村人を監視していること。〉

〈このクライン村の現在の村長むらおさは、男爵の三男で、「ボー」という名の20歳の若者であること。〉

〈このボーという村長むらおさは横暴な振舞いが多く、特に年頃の若い村娘を「妻にする」などと言って強引に召し、しばらくしたら飽きて捨てるという行為を繰り返しているということ〉

〈2年前まではノーラの祖父が村長むらおさを務め、先代のコロネル男爵との仲も良好だったこと。〉

〈跡を継いだ当代男爵の暴政に対し、何も出来なかったことを悔やみながら、祖父は1年前に病気で亡くなったこと。〉


 アキラはノーラの方を見て


村長むらおさ…あの小高い丘の屋敷の?」


と問いかけると


「そう。あのお屋敷もね、村人みんなに建てさせたの。材料とかも全部村人に用意させて。

 その材料のお金も、建てるために働いた賃金も、一切払ってないのよ!」


 ノーラは先刻見せた、明らかな嫌悪の表情を見せて、そう言った。


「それって…」


 アキラは「クソ野郎だな」と続けて言いそうになったのに口をつぐみ


「何とかならないのですか?男爵より、もっと偉い人に訴えるとか?」


と口に出すと、ノーラの祖母が


「帝都に訴えようにも、男爵様は領民が領外へ出るのを制限していてねぇ…

 せめて手紙でも、と行商人に託しても、それも調べて取り上げられちまうのさ…」


と、アキラに事情を話した。


 (それは情報統制、情報封鎖ではないか!)


 アキラの心に沸々ふつふつと怒りが沸いてきた。

 アキラは、「正義感が強い性格」というより、「理不尽に対して強い怒りを覚える」という性質タチであり、アキラが警察官になったのも、定年間近まで警察官であり続けたのも、その「理不尽に対する怒り」が原動力であった。

 なので、この時もコロネル男爵や、その息子の村長むらおさボーに対しても激しい怒りを感じたのである。


 その怒りがアキラの表情に出ていたのに気付いたノーラの祖母が


「あら、ごめんなさいね。くどくどと愚痴を話してしまって。

 そうそう、お風呂。お風呂の用意をするから入っていって下さいな。」


と話題を転じた。


 湯舟に浸かりながら

 

 (しかし、領民をしぼる領主なんて最悪だな…

 非道ひどい圧政下に置かれているというのに、ここの家族は、なんて善良で温かい人達なんだろう。

 この人達の為に出来ること、何かないかな?)


などとアキラが考えていると


「お姉ちゃん!私も一緒に入るね!」


とノーラが浴室に入ってきた。


「え!?えっ、えぇーっ!」


アキラが驚いていると


「ごめんなさいね。節約のため、ノーラと一緒に入ってー。」


とノーラの母の声が浴室の外から聞こえてきた。


 (いやいやいや、こんな少女と一緒にお風呂って良いのかな?

 たしかに今のオレは女の身体だけど、心は男のままだし…道義的にもマズイ気が…)


などとアキラが考えている間にも、ノーラは素早くアキラの居る湯舟に入ってきた。


「あーっ、気持ちいい。お風呂も久しぶり。」


とのノーラの言葉に


 (そうか、お風呂もたしかに贅沢ぜいたくだもんな。)


「本当にありがとう。今日初めてあったばかりの、見ず知らずの私の為に…」


とアキラがノーラに感謝の言葉を言うと


「いいの!お姉ちゃんが来てくれたおかげで、こうしてお風呂も入れるし、ごちそうも食べられたし!

 いつもは川か泉で水浴びするの!…あ…泉はダメなんだった…」


とノーラは答えてくれた。


 この時

 (何故、泉はダメなんだろう?)

とアキラは思ったが、この時はあまり深く考えなかった。

 

 この後、2人で背中を流し合いっこすることになり、ノーラが浴室の片隅にある箱から取り出した物を見て、アキラは少し驚いた。


「それって、石鹸?」


とアキラがノーラに問うと


「そう!石鹸!石鹸だよ。お姉ちゃん石鹸知ってるの?

 あ!もしかして、ちょっと記憶が戻ってきた?」


と逆に問い返してきた。


アキラは


「えっ?…いや…、あっ!石鹸って高価な物じゃないの?」


と、ノーラの問いには誤魔化ごまかして問い戻した。


「うん。高いよ!だから、1年の始まりに身体を清める時にしか使わないけど、今日は特別!」


と言ってノーラは手で石鹸をこすりつけて泡立て始めた。


 アキラは先に背を流して貰い、ノーラから受け取った石鹸を泡立たせ、ノーラの背を洗おうとして手が止まった。


 (本当にせている…

 肉が薄いから肩甲骨が、こんなに突き出て…

 アバラが、背中の方から見ても、はっきり浮き出ている…)


 アキラの心の底に、再び激しい怒りがこみ上げてきた。


 アキラが寝室として用意されたのは、去年亡くなったノーラの祖父の部屋だった。

 部屋にはベッドと、小さなテーブルとイスだけが置かれていて、ベッドは、今のアキラの身体には、かなり大きく感じられた。祖父は大柄な体格の人物だったかもしれない。


 アキラがベッドにもぐり込んで眠ろうとしたところ、部屋のドアを軽くノックする音がした。


「お姉ちゃん、アタシ。ノーラよ。一緒に寝ていい?」


 アキラがドアを開けると、大きな枕を抱いたノーラが立っていた。灰色のワンピースに着替えている。


 2人は同じベッドに枕を並べて寝転んだ。大きいベッドなので、まだまだ余裕がある。

 ケルンは既に床の上に伏せて寝息を立てていた。


 (そういやオレ、女性…ていうか、まだ小さな女の子だけど…女性と一緒に寝るなんて、一度もなかったな…)


などと考えていたアキラにノーラが話しかけてきた。


「ねえ、少しお話していい?疲れて眠いだろうに、ゴメンね。」


「いや、いいよ。なあに?お話って。」


「うん。お姉ちゃんには、何か、夢とかある?」


「夢…夢かぁ…」

 (こちらに来て、まだ間もないし、考えてもみなかったな…)


「私にはあるの。いつか帝都の大学で勉強して、偉い学者さんになるの。

 本来なら2年前、帝都の幼年学校に入れる筈だったの。

 でも、今の男爵様が御領主になったせいで、おうちの蓄えが無くなって…幼年学校って、貴族様の子とか大金持ちの子が行くような、お金がいっぱい必要な所だから、行けなくなったの。

 それに、10歳になったから、働いて税を納めなくちゃならなくなって…

 でも!でも、いつか必ず!」


 (圧政は、子供の純粋な夢すら奪う…

 許せない!許してはいけない!)


「うん。ノーラ、信じるんだよ!

 自分の夢が絶対に叶うって、信じ続けるんだ!

 決して、あきらめちゃ…駄目…だ…よ…。う、うぅ…」


 ノーラの頭をでながらアキラの両目から涙が止めどなく流れていた。


 部屋には灯りがなく真っ暗だったので、アキラの涙はノーラには見えなかった。


         第5話(終)



※エルデカ捜査メモ⑤ー①


 心は男のままのアキラだが、見た目が可憐な美少女であるため、変に思われることがないように、努めて男言葉が出ないように気をつけながら、ノーラの家族に話している。


※エルデカ捜査メモ⑤ー②


 クライン村の少女、ノーラが2年前に入る予定だった帝都の幼年学校は、6歳から入学出来るが、非常に難関のため、ノーラは8歳でようやく入学試験に合格できた。(12歳まで入れる)

 一貫制で、成績が良ければエスカレーター式に大学まで進める。

 全寮制で、非常に学費がかかるため、一般的に貴族や資産家の子弟が通うが、庶民が入ってはいけない、という決まりはない。








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