彼の日の約束 スピンオフ 青春期回想録

イオ・ロゼットスキー

第1話

八月も盛りになった頃...

カフェのオーナー窪田くぼた 昌範まさのりは一人、切らしてしまった砂糖を買いに、街中を一人静かに歩いていく。


「それにしても暑いなぁ...いつから日本はこんなに暑くなったんだって....。ったく、こうも暑いといやでも『あの頃』を思い出しちまう...。」


俺の親は多額の借金を苦にして失踪した。借金の相手は当時の大地主、ぼんの高祖父にあたる人物の高垣たかがき はじめだった。暗く狭い荒屋あばらやに残された俺をその人は自ら迎えに来た。どうやら借金のかたは俺だった様だ。なんとも気分の悪い話だ、有り体に言えば俺は売られたのだろう。一緒の釜の飯を食べていた筈の両親の手によって。


意外なことに高垣宅に引き取られてから、以前に比べ生活水準が格段に上がった。内職の靴磨きで使用していた質の悪い脂がこびり付いた襤褸切れのようなシャツが、質素だが清潔な木綿のシャツに。麦飯にお漬物に味噌の味しかしないお味噌汁だけだったのが、白飯に漬物、魚に出汁のきいたお味噌汁と変わった。


そして何よりも大きな違いは、近くの学校に1日を通して通うことが許された事だろうか。

 以前は、家族の生活を支えるために、内職をする必要があり、昼食時には早退し駅前の広場の片隅で靴磨きをしていた。いつも手は質の悪いミンク脂に塗れ、靴の汚れで真っ黒になっていた。


引き取られてから5年後の15になって知った事なのだが、どうやら両親が借金のかたに俺を選んだのではなく、高垣の親父がそうしたらしい。何でか聞いたところ帳簿を見せながら「この借金は何で拵えたんだと思う?...賭博だよ。あぁ、何か事業に賭けたわけではなく、ただの娯楽にこれだけの金を掛けたんだ...。それも、幼い息子を内職に駆り出した上で...だ。」と気が遠くなるような数字を見せられた。


「だから、売られた事に関して身内を恨むつもりなら、そうする様に仕向けた俺を恨むんだな...。」と高垣の親父は自らを嗤った。

「一つ...聞かせてくれ。...何でこんな額の借金した奴の子供を引き取ることにしたんだ!?俺には得意だって胸を張れるものなんて何もない!...何にも...無いんだぞ...!?」気づけば、涙が溢れていた...。嗚咽も、涙も、一度溢れ出したらもう止まらなかった...。


すると親父は「何も無い...か。俺からしたらそんな事は無ぇと思うんだがな...。学校に通ってた時期、内職のために半日しか行ってなかったのに座学の成績が他のやつと遜色が無かったって言うじゃねぇか...。これだけでも立派なことよ!そんなお前だからこそ、俺はお前の才能と努力に賭けてみたいって思ったんだよ。」と親父は笑っていた。


「親父...って呼んでも良いか?」と聞くと


「馬ぁ鹿、遅ぇんだよ。俺としてはもうそのつもりだったんだがね...」俺の頭を撫でながら呆れた様に笑みを浮かべていた。

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