第5話 私の好きなお姉ちゃん《コハル視点》

 昔から、ミハルお姉ちゃんはなんでもできた。

 勉強をすれば首席になり、家事をすれば両親を驚かせ、私の前に立てば誰よりも優しいお姉ちゃんになってくれる。

 私は、そんなお姉ちゃんに、憧れとは程遠い、家族に向けるべきではない感情を、抱いてしまった。

 それが何かを自覚したのは、中学生になって少しした頃のこと。当時の私は、中学でもお姉ちゃんの活躍を見られると、それそれはウキウキしていたものだ。ただ、そんな幻想はすぐに打ち砕かれたけど。


『先生、それは……何かしらの資料でしょうか? 良ければ、運ぶのをお手伝いしますよ』

『ミハルさん、いつもありがとうね』


 お姉ちゃんは、生徒会長を務めていて、放課後に残って先生方のお手伝いをする事は、多々あった。今回もそんな口だと思って、私も手伝おうとしたときだった。


『っ……! いえっ……! 私が、したくてしていること……ですので』


 見たことのない顔だった。


『そ、それよりっ、早く行きましょう』


 目の前が真っ暗になったかのような、全身から力が抜け去ったような、そんな虚無感に人生で初めて苛まれたのを、今でも覚えている。

 私が立ち尽くしている間にも、二つの足音は遠ざかっていき、私だけが取り残された。

 どうしてお姉ちゃんはあんな顔をしていたのか。どうしてあの人にそんな顔を向けるのか。似通った疑問が頭の中を飛び交っていたけれど、そんなのは分かりきったことだ。


『お姉ちゃんは……恋、してるんだ……』


 呟いたその言葉が、すとんと胸に落ち着くようで、しっくりくる。それがどうしようもなく悲しくて、苦しい。

 この時、私はお姉ちゃんのことが好きなんだって、愛しているんだって気づいた。


###


「あの頃はぎゃんぎゃん泣いたっけ……。懐かしいなぁ」


 ショッピングモールから帰ってきて。疲れたお姉ちゃんはソファで寝てしまい、私はその愛おしさに、勝手に膝枕をしていた。

 絹糸のようにさらさらな髪を撫でていれば、思い出されるのは向き合いたくない過去たち。消し去ってしまいたいもの。

 でも、それらは私と……とくにお姉ちゃんの胸に、大きな傷跡として刻まれてしまった。その痛ましさは、きっと私の比ではない。

 強がってはいるが、私は知ってる。お姉ちゃんが苦しんでることも、前を向こうとしていることも。全部、ちゃんと知っている。

 だからこそ憎い、が。お姉ちゃんを傷つけたあの人が、殺してしまいたいほどに憎い。


「嫌……。ごめんなさい。嫌わないで……先生……」


 お姉ちゃんの寝言。今まで何度も聞いた、すがるような声。夢ですら、お姉ちゃんを苦しめる。


「でも……大丈夫。私がいるから」


 虚空に伸びるお姉ちゃんの手を、私は両手で優しく包み込む。そうすれば、歪んだ寝顔も、少しは穏やかになった。


「私がいっぱいお姉ちゃんを愛すから。だからお姉ちゃんも、私にいっぱい、堕ちてね……」










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