第34話「絶対勝ってくれるって信じてたよ」
「左子さん、右子さんをお借りします」
「ふぇ・・・私?!」
そう言いながら成美さんが見せた『お題』には、太いマジックで『友達』と書かれていた。
借り物競走の定番のお題だ・・・まさか成美さんが引くなんて。
「ん・・・貸してあげる」
「ちょっと左子、私を物みたいに・・・」
借り『物』競争だから、ある意味正解なのかも知れないけれど・・・こういうのって本人の意志が大事なんじゃないかな?
友達として頼ってくれたのは嬉しいけど・・・
「という訳ですので、お願いしますね」
「・・・はーい」
釈然としない物を感じつつ、差し出された手を握る。
今の所、お題を手にしてゴールに向かう生徒は見られない・・・これは勝てるかも?
成美さんも同じ事を思ったのか、握った手に力が入るのを感じた。
「あの、右子さん・・・」
「うん、走るよ・・・しっかり着いてきて」
成美さんの手を握ったまま、私は走り出す。
二人三脚と違って、私が手加減しないと運動の苦手な成美さんは着いてこられない・・・そう思っていたけど、以外にも成美さんは着いてくる。
すごい、成美さん練習がんばってたもんね・・・って思った瞬間、減速してきた・・・ああ、そんなには持たなかったか。
それでも私達は1位でゴール、紅組の勝利に貢献出来た。
「やったね、成美さん」
「あ、ありがとうございます・・・これも右子さんのおかげですわ」
「そんな事ないってば、成美さんちゃんと着いてきてくれたし・・・」
一瞬とはいえ、成美さんは実力以上の力を出していたと思う。
同じ運動音痴でも前世の私とは大違いだ、そこは素直に尊敬できる。
「うん、成美さんは本当によくがんばった、私的に今日のMVPをあげよう」
「まぁ、嬉しいです」
このまま1位の列に並ぶ成美さんを見送って、私は戻るべきなんだけど・・・綾乃様と葵ちゃんがいるから少しお話ししていく事にした。
なんか突然2人で走り出してそのままゴールしてたけど・・・お題は何だったんだろう?友達?いやいやまさか・・・
結局話し込んでいる間に借り物競走が終了してしまい、私は選手達に混ざって退場する羽目に・・・そんなに目立ってはいないと思うけど、ちょっと恥ずかしい。
その後も体育祭はつつがなく進んでいき・・・
「姉さん・・・そろそろ出番だから・・・身体温めておこう」
次の種目は二人三脚・・・ついに私達の出番がやってきた。
左子はやる気満々、準備運動にも熱を感じる。
私も準備運動だけはしっかりやっておこう・・・怪我をしないように。
「変な記録とか狙わなくて良いからね?程々に走ってれば勝てるんだから・・・」
「ん・・・程々の余裕・・・と緊張感のバランスが、ベストタイムを生み出す・・・任せて」
「いやそうじゃなくて・・・」
やっぱりやる気だよこの子。
各クラスから集まった2人組が、スタートライン上に並ぶ。
「あれが例の双子・・・」
「うわ、あの双子に当たっちゃったか・・・」
「アレに負けるのは仕方ないから、私たちはゆっくりいこう」
「私達は記録とか狙ってないもんね」
「しっ、聞こえちゃうって・・・」
・・・聞こえてるんですけど。
たぶん聞こえるように言ってる部分もあるんだろうね。
気持ちはわかるけどさ・・・出来ることなら私もゆっくりいきたいよ。
「集中して、姉さん・・・雑魚の戯言に耳を貸しちゃダメ・・・」
「いや私は集中とかしたくないんだけど・・・」
「!・・・さすが姉さん・・・自然体こそ最強・・・」
「いやそうじゃなくてね・・・」
「すぅ・・・ふぅぅ・・・すすぅ・・・」
なんか目を閉じて深呼吸みたいなの始めだした・・・何かの呼吸法?
もう私の話なんて聞いてくれなそうだ。
係の子が私達の足首を紐で結んでいく・・・不正のないように、特に私達双子は念入りだ。
我ながらあの走りは不正を疑われても仕方がないって思うけれど・・・いたた、だいぶきつく結ばれてしまった・・・コレ、後でちゃんと解けるよね?
全員が結び終わったので、肩を組んでスタートの合図を待つばかり・・・なんだけど・・・
「ちょっと左子?!力入りすぎ!痛いからもっと力抜いて、自然体でしょ自然体っ!」
「大丈夫・・・今が自然体・・・今が最強・・・」
「ぜんぜん違うから!明らかに作ったテンションでしょ!?自然体っていうのはもっとこう・・・」
「位置について、よーい」
「うそ、先生タイムタイムちょっと待っ・・・」
私達が揉めだしたのを番狂わせのチャンスと考えたのか、単に時間が押していたのか・・・先生は非情にスタートの引き金を引いた。
同時に私の左側で・・・左子が普段では見られない程の反射神経を発揮するのを感じる。
私もそれに合わせて動かないと・・・
ダンッ
わずかに引っ張られる形で、それでもかろうじて躓くことなく・・・私達は1歩目を踏み出した。
続く2歩目は縛っていない方の足だから問題ない。
ここで1歩目のズレを修正して3歩目は・・・よし、持ち直した。
「「いちに、いちに・・・」」
歩調を合わせるための掛け声が周囲から聞こえてくる。
しかしそれはすぐに後方へと遠ざかっていった、もう私達は『走り出した』のだ。
やっぱり左子は速度を緩めてはくれない、徐々に加速を続けて・・・もうすぐ私達の出せる最高速度に到達するだろう。
そんな左子の呼吸に合わせて、ひたすら足を運ぶ、運び続ける。
とにかく転ばないように、転ばないように・・・うわ意識すると余計に転びそうな気が。
「はやいこわいはやいこわいこわいこわいはやいこわいぃぃ!」
普通に走った場合は左子の方が私より足が遅い。
速度的には私の方が余裕があるはずなんだけど、精神的にはもう限界だ。
もうなんでもいいからはやく終わってほしい、はやくゴールに、ゴールについてくれぇぇぇ・・・
そんな私の思いを乗せて、私達は全速力でゴールテープに突っ込んでいった。
誰も後ろに続いてこない、圧倒的な単独トップだ・・・そして私達は・・・
『おおっと、ゴールした双子ちゃん止まらない!まだ走り足りないのか、そのままトラックの周回コースに進んでいく!』
『ひょっとして、止まれなくなったのかしら?』
『いやいやまさかそんな・・・双子ちゃん、まだ走っている選手達の所に突っ込んでいった!これは見せつけている!走るのもままならない選手達に自分達の走りを見せつけながら追い越していく!これをお手本にしろとでも言うかのようだ!』
『あの、誰か助けに行ってあげた方が・・・』
『まだ止まらないぞ双子ちゃん、まさかもう一周してしまうのか!がんばれ他の選手達!このままではもう一度抜かされてしまうぞ!』
『やっぱり誰か止めに行ってあげてくださ・・・あっ』
『あっ・・・』
・・・
・・・・・・・・・・・・
放送委員の声が止まる・・・これがラジオだったら放送事故になっているであろう沈黙に釣られるように周囲の人々の声も途切れ、妙な静寂が包みこむグラウンドの中・・・
正面からすっ転んだ私達はゆっくりと起き上がり、足の紐をほど・・・かたっ、堅く結びすぎて解けないよコレ!
「うわ・・・誰かに鋏で切ってもらうしかないか・・・」
「姉さんとの絆は・・・誰にも断ち切れない」
「はいはい、いいからとりあえず歩くわよ」
周囲からの視線をうごく感じる・・・恥ずかしくてしょうがない。
いたた・・・膝が・・・これはすりむいてるな・・・肘の辺りからも痛みがする。
「左子は大丈夫?どっかすりむいてない?」
「・・・姉さんと同じ」
「まぁ同じ体勢で転んだもんね・・・たいした怪我じゃなくて良かったわ」
我慢できないような痛みじゃないし、たぶんそこまでの怪我ではないだろう。
とりあえず1位の待機場所まで歩いていくと、先生が紐を解いてくれた。
・・・やっぱり紐は相当きつく結んであったらしく、先生でもちょっと難儀してたけど。
「・・・ったく誰だこんなきつく結んだ奴は・・・って血が出てるな、保健室に行ってこい」
「はーい」
ちなみにタイムは12秒57。
まるで1人で走ったかのようなこの記録は、塗り替えられる事のない記録として延々語り継がれたという。
「うわ・・・」
保健室へ向かった私達を待っていたのは順番待ちの列だった。
見た感じ10人は並んでいる・・・さすがは体育祭、保健室は盛況だ。
いやいや体育祭だからってみんな怪我しすぎなんじゃ・・・私も他人の事言えないけどさ。
「はい、傷口を消毒・・・っと、絆創膏は自分で張っておいて」
待たされた割に、治療はあっさりとしたものだった。
たいした怪我でもないし、こんなものなんだろうな・・・まだ後ろに結構並んでるし、私はさっさと外に出た方が良さそうだ。
「左子、先に外で待ってるね」
「ん・・・すぐいく・・・」
まぁ左子も同じような怪我だし、本当にすぐ来るだろう。
怪我人の列からはちょっと離れた所で適当に・・・と思ったら、保健室の付近をそわそわと落ちつきなく歩く人影が。
金色の髪を揺らしながら数歩歩いては立ち止まり・・・を繰り返しているのは、よく見慣れた後ろ姿で・・・
「あ、綾乃様?こんなところで何を・・・」
「ああ右子、なかなか出てこないから心配したのよ・・・怪我は大丈夫?左子は無事?」
どうやら私達が転んだのを見て心配して保健室まで来てくれたらしい。
まるで事故にでも遭ったかのような心配ぶり・・・もう、大袈裟だなぁ。
「ぜんぜん大丈夫ですよ、左子もすぐにきま・・・ほらきた」
「ああ左子、怪我は大丈夫?」
「ん・・・平気・・・」
「ね、大丈夫でしょう?」
「ええ・・・2人が無事で良かったわ」
心底ほっとしたような表情を見せる綾乃様・・・その優しさが嬉しいけれど、ちょっと心が痛む。
私がもっと気をつけていれば転ばずに済んだかも知れないし・・・もっと左子に強く言っておけばスピードを抑えてくれたかも・・・
「姉さん・・・ごめんなさい」
ここで左子も気付いてくれたらしい・・・そうだよ、無茶して綾乃様に心配かけちゃいけないんだ。
次やる時はもっとゆっくり走ろうね・・・こんなの次なんてないかもだけど。
左子も素直に反省してくれたみたいだから、まぁいいや。
「よしよし・・・じゃあ応援に戻りましょうか、紅組は勝ってるかな・・・」
私達も綾乃様も、成美さんも・・・皆で稼いだ紅組の点数。
ひとつひとつは小さいけれど、確実に勝利には貢献したはず・・・
「いけぇ!九谷君!」
グラウンドに戻った私達を待っていたのは、よく通る葵ちゃんの声援・・・と、閃光のようにトラックを駆け抜ける要さま。
そして、白組優勢に逆転した点数板だった。
「そ、そんな・・・」
だが私が固まったのはそれが原因じゃない。
目の前に飛び込んできたその光景・・・
「絶対勝ってくれるって信じてたよ、九谷君」
「へへっ、お前の前でみっともない姿は見せられないからな」
仲良さそうにハイタッチを交わす九谷要と一年葵。
満面の笑顔を浮かべている2人の姿・・・それはまさしく・・・
(こ、攻略が進んでる・・・葵ちゃん、いつの間に・・・)
すっかり油断していた。
葵ちゃんに特に目立った動きはないからと・・・
毎日のように紅茶研に入り浸っているから見張っていればいいと・・・
だがそんな事は関係なかった、やっぱり葵ちゃんは主人公なのだ。
イケメンハーレムの星の元に生まれてきたような存在なのだ。
だいたいクラスだって違うし、休日に何をしているかもわからない。
その間にこのチート庶民が何もしていないはずがないのだ。
(やばいやばいやばい・・・このままじゃ・・・)
「奴が九谷要、バスケ部期待のルーキーか・・・」
「すいませんキング、俺のせいで・・・」
「気にするな八朔、リレーはチーム戦だ・・・お前1人のせいじゃない」
「でも、せっかくリードしてたのに俺・・・」
予想外の逆転劇に渋い顔を浮かべた流也さまに、うちのクラスの代表としてリレーを走った八朔くんがしきりに頭を下げている。
借り物競走のようなネタ種目と違って、花形種目のリレーは点数が大きい。
直前までの紅組のリードがひっくり返されてしまった・・・八朔くんが責任を感じるのも無理はない。
「今回は俺の采配ミス・・・いや、うちの代表にお前を選んだのは間違いなかったんだが、今回は相手が悪かったと言ったところか」
リレーは各学年の代表生徒が学年を越えて組まされる。
それぞれの生徒の能力はもちろん、その組み合わせの相性も勝敗を左右するだろう。
その点で八朔くんは上級生とうまく息を合わせていた。
空いた時間を見つけては上級生相手に積極的に練習を持ちかけたり・・・私や綾乃様ではとても真似できないコミュニケーション能力、それを買われたんだろうね。
でも相手の要さまはそれを上回ってきた。
有無を言わさぬ身体能力で、小細工なしの真っ正面から。
もちろん流也さまもそれは警戒はしていただろうに・・・その予想を上回ってきたに違いない。
それこそが、葵ちゃんの応援による補正であることを私は知っている。
好きな子の応援で実力以上の力が出ちゃうやつだ。
葵ちゃんの攻略がどの程度まで進んでいるのかはわからないけど、この結果から要さまの好感度が一定以上にあるのは間違いない。
「いや、まさか勝てるとは思わなかったぜ」
「祝勝会の店ってどこだっけ?たしか女子が予約してるんだよな」
「えへへ、楽しみにしててよ」
まさかの敗北に沈む紅組とは対照的に、白組陣営はすっかり盛り上がっている。
もちろんその中には、クラスの仲間達と楽しげにしている葵ちゃんの姿もあった。
もちろん、その傍らには要さまの姿も・・・
ふと、葵ちゃんの視線が私を捉える。
(私の勝ちだよ、右子ちゃん)
得意げなその笑顔が、まるでそう言っているかのように私には感じられた。
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