第13話「このチート庶民が!」

「そんなの放っておきなさい」

「でも・・・」

「別に右子は何も悪い事をしていないのだから、気にすることはないわ」


トイレでの一件を綾乃様に話してみたけれど、やっぱり葵ちゃんが絡んでいるせいか素っ気ない。

私としては、いじめの犯人って思われるのは嫌なんだけど・・・

それがなくても葵ちゃんとは気まずいし、なんとかならないかなぁ・・・


「・・・でも、右子を悪者にした犯人は見つけたいわね」

「それだ!真犯人を見つければ、私の濡れ衣も・・・」


そう・・・トイレの水をたっぷりと吸った、文字通りの濡れ衣を掴まされたんだ。

なんとか真犯人を見つけて、この恨みを晴らしたい。


「二人は現場に居合わせたのでしょう?何か手掛かりはないの?」

「う・・・それが・・・その・・・」


残念ながら手掛かりになりそうな物はなかった。

私はトイレの壁越しに話し声を聞いただけ・・・特に聞き覚えのない声だったし、別に私は声優ソムリエでも何でもない。

声を頼みに犯人を捜す事は不可能だろう。

せいぜい会話の内容から、庶民ではなさそうな事くらい・・・それはこの学園では珍しくもなんともない。

左子も左子で、あの子達の事は気にも留めていなかったらしく・・・捜査は早くも八方塞がりだった。


「そう、仕方ないわね・・・でも右子が犯人扱いされるような事にはさせないから安心して」

「・・・?」


いったい何をするつもりなんだろう・・・その答えは次の日にわかった。



次の日の放課後・・・

何やら金色の影が廊下の方に・・・この学園で金髪の生徒は他に居ないから、綾乃様に間違いないだろう。

わざわざ私達のクラスを尋ねて来たらしい。


「失礼致します」


入口で優雅に一礼した綾乃様の姿を見た瞬間、教室内がざわめき立った。


「あの金髪美少女誰?留学生?」

「ご存知ないの?二階堂家の綾乃様よ」

「二階堂家のお嬢様?!ってことはキングに会いに来たのか?」

「そう言えば以前に流也さまが綾乃様のクラスをお尋ねになったとか・・・」

「さすがはキング、俺らとは住む世界が違うぜ」

「ああ・・・悔しいけれど、お似合いの二人よねぇ・・・」


斎京グループと比べたら二階堂家の方が下とはいえ・・・

たしかに、家の格を考えれば鉄板のカップリングだろう。

二階堂家に匹敵出来る家柄の持ち主は、少なくとも女子生徒の中にはいない。


羨望の眼差しが注がれる中、綾乃様は教室内へと足を踏み入れると、キングこと斎京流也の元へ。


「ごきげんよう、流也さま」

「二階堂、委員会の用事か?」


二人ともクラス委員という事で、既に何度か顔を合わせている。

そのおかげか綾乃様に緊張の色はなく・・・残念ながらそれ以上のものもなかった。


「いいえ、今日はあの二人を迎えに来ただけです」

「ああ、あの二人か・・・お前の家のメイドだそうだな」

「それ以前に、私にとってはとても大切なお友達ですので・・・右子さん、左子さん、こちらにいらして」

「は、はいぃ?!」


ちょっと声が大きいよ綾乃様。

ってか皆が注目してる中で呼びつけるなんて・・・うわ私達に視線が集まってる。


「マジかあの二人、ただの双子じゃなかったんだ」

「綾乃様とあんなに親しそうに・・・」

「流也さまがあの二人を気にかけていらしたのは、そういう理由があったのね」


なんか色々聞こえてくるんですけど・・・

みんなもうちょっと声ひそめようよ、本人の耳に届いてるからね?


「クラスの皆さま、お騒がせして申し訳ありません・・・この二人は幼い頃より、私と姉妹のように育った親友なんです。どうか皆様も仲良くして差し上げてくださいませ」

「あ、綾乃様!」

「さぁ右子さん、左子さん、一緒に帰りましょう」


・・・綾乃様が何をしに来たのかはわかった、示威行為だ。

『この二人に何かしたら二階堂家を敵に回すよ?』という明確な意思表示。

キングも巻き込んでいる形だから、事は二階堂家だけでは済まないかも知れない・・・そんな気配を醸し出している。


たしかに、これで私を犯人扱いとか出来なくなったとは思うけど・・・むちゃくちゃ恥ずかしいんですけど?

すごく背中に視線を感じる・・・いたたまれない、ここにいるのがつらい。

綾乃様を追い越すように、足早に教室を出る私・・・さながら主の行く道の露払いをするようにも見えたかも知れない。


もちろんその効果はてきめんで、次の日から・・・


「右子さま、左子さま、お二人は二階堂家のお屋敷で暮らしてるって本当ですか?」

「え、ええ・・・一応、住み込みで・・・」

「まぁ!」


「綾乃様とのご関係は?」

「う、うちの家が分家でね・・・綾乃様とは小学校の頃から・・・」

「まぁまぁ!」


「流也さまともよくお話していましたよね?」

「それは皆とだって、このクラスのキングだし・・・あ、でも最初は二階堂家から引き抜こうとされたっけ・・・」

「まぁまぁまぁ!」


「ぜひ私達ともお友達になってください!」

「同じクラスだし、既に友達なんじゃないかな・・・友達だったんじゃないのかな・・・」

「あっ・・・」


クラスの皆への対応が大変だったのは・・・言うまでもない。

私の平穏な学園生活が・・・でもクラスの子達と色々話せたのは良かったかな。

今までは私と左子って、クラスで浮いた存在と言うか・・・その・・・みんなと交流がなかったから・・・ね・・・


その後も綾乃様は、クラス委員の仕事のある日意外は私達を迎えに来るようになった。

私達の方が綾乃様のクラスに行っても良いんだけれど・・・こっちにはキングもいるしね。

せっかくだから彼の好感度も稼いでおきたい・・・あんまり稼げてる気がしないけれど・・・きっと塵も積もるだろう。



そんなある日の放課後・・・


「貴女、違うクラスですわよね?・・・いったい何をしにここへ来たのかしら?」

「私は・・・その・・・」


廊下の方から何か聞こえる・・・完全に自分の事を棚に上げているその声は綾乃様だ。

そして相対しているその声は聞き覚えがある・・・葵ちゃんだ。


「まさか貴女、またうちの右子さんにちょっかいをかけるおつもりですの?」

「そんな、ちょっかいだなんて・・・私はただ三本木さんに・・・」

「いいから立ち去りなさい・・・この私の気が変わらぬうちに・・・ほら早く!」

「うぅ・・・」


な、何やってるの綾乃様!

それ完全にいじめだよ?!悪役令嬢綾乃グレースだよ?!


慌てて廊下に出るも時すでに遅く・・・葵ちゃんの姿はもう見えなくなっていた。


「ああ、右子・・・安心して、あの子は追い払ったから・・・きっと例の件で文句を言いに来たのね」

「あ・・・あ、ありがとうございます」


そうだよね・・・綾乃様的には私を守ろうとしてくれたんだよね・・・うぅぅ、それはわかるけど・・・

まさか葵ちゃんが私に直接文句言いに来るなんて・・・まぁ、ああいう陰湿な嫌がらせとか嫌いな子だからね。

あの子の事だから「私の事が嫌いなら直接殴りに来ればいい」とか言いに来たんだろうなー。

・・・それは誤解なんだよ葵ちゃん。


早く真犯人を見つけないと・・・私が心労で倒れちゃうよ。


ごろごろぎゅるるる・・・


ほら、ストレスでまたお腹が・・・うぇぇ。


「綾乃様・・・私、お手洗いに・・・」

「大丈夫?顔色が悪いわよ」

「ええ、出すもの出せば大丈夫だと思うので・・・綾乃様は先に・・・左子は・・・」


・・・左子は、もちろん付いて来た。


「姉さん・・・しっかりして・・・」

「だいじょうぶだいじょうぶ・・・それよりも左子、トイレで変な事しないでね・・・モップとか」


左子に支えられながら、なんとかトイレに辿り着いた。

なんか最近はトイレに行く度に酷い目にあってる気がするんだけど・・・あ、先客がいる。

すんなり入れると良いんだけど・・・



「あの女、性懲りもなくまた綾乃様に突っかかっていったらしいですわね」

「ええ、ついさっき・・・あっさりと返り討ちにあってましたわ」

「まぁ、良い気味ですこと・・・」


おや・・・おやおや。


「ふふ・・・あの時の残念なお顔ったら・・・見せて差し上げたかったわ」

「それはそれは・・・私も見たかったですわ」


あっれれー、私、この声が誰だかわかる気がするぞー。

自分でも気付かないうちに声優ソムリエになってたのかなーすごいなー。

あ、お腹の具合も良くなってきた・・・ストレスの元がなくなったもんね。


犯人は現場に戻るって聞いた事あるけど・・・こいつら、ちょっと不用心過ぎない?


「・・・左子、やっぱモップ取ってきて・・・」

「こくり」


私の心はしっかりと伝わったようで・・・左子は速やかに掃除用具入れに向かった。

私はと言うと、退路を塞ぐ角度からゆっくりとターゲットへと近付き・・・笑顔で話しかける。

ふふふ・・・我ながらとてもいい笑顔が出来たんじゃないかな。


「はいはーい、ちょっとお話、聞かせて貰っていいかな?」

「・・・何よ?」

「あ、あなた、この間の掃除当番の・・・」

「!・・・わわ私達は、な何もやっていませんことよ!」


ふーん、左子の事を覚えてたか・・・そして、あくまでも白を切ると・・・


「掃除当番って何かなー、私は隣の個室にいたから、どっかの馬鹿が体操着詰まらせてトイレの水があふれてきた事しか分っからないなー、ねぇ左子?」

「ん・・・」


「「もう一人?!」」


モップを構えて現れた左子を見て犯人たちは驚愕の表情を浮かべた。

あらあら、どうやら私達双子の事を知らないようで・・・綾乃様のおかげで最近は話題になっているんだけどなー。


「じゃあ、ちょっと反省してもらおっか?」

「・・・逃がさない」

「「ひぃいいい!」」



ちょっとと言わず、しっかりと反省してもらった。

ついでにモップで綺麗にしてあげたよ、汚れ切ってたからね・・・心が。


そして反省して心を入れ替えた犯人たちがどうしても謝りたいって言うから、葵ちゃんのクラスに連れてくことにしたよ。

本人がどうしてもって言うからね、しかたないね。


「さ、三本木さん?・・・これは・・・」

「はい、ちゃんと言えるかな?」

「「わだじだじがやりまじだ、ごめんなざい」」

「・・・と、いうわけだから、アレやったの私じゃないからね」


葵ちゃんは、目の前で何が起きているのかまだ理解していないようで、ぽかんとした顔をしていた。

・・・いきなりコレは唐突過ぎたかな?


「な、なんで・・・」

「だから、体操着をあんなにしたのは私じゃないんだよ、葵ちゃん」

「うん、それは知ってるけど・・・」

「へ・・・?」


・・・知ってる?


「だってあの時、三本木さん制服の袖をまくっていたし・・・それにちょっと・・・くさかったし・・・三本木さんが体操着を見つけてくれたのは、すぐわかったよ」

「え・・・でもあの時・・・葵ちゃん、なんで?って・・・」

「なんで、私にそこまでしてくれるのかなって・・・やっぱり3年前に会った人なのかなって・・・でも違うんだよね、ごめん」


な、なんですと・・・じゃあ私のした事って・・・


「本当はね、お礼を言いに行こうとしたんだ・・・三本木さんのクラスに・・・でも二階堂さんに怒られちゃって・・・」

「それは知ってる、綾乃様にも悪気はなくて・・・」

「うん、そうだよね・・・私みたいなのが変な事を言って近寄ったら、心配するのもわかるよ」


葵ちゃん、やっぱり良い子だなぁ・・・そんな目で見られると私の中の良心ががが・・・


「本当しつこいよね・・・でも三本木さんにすごく似てたんだ、その人は私の背中を押してくれた人でね・・・」


やめろ・・・それ以上はやめてくれ・・・


「・・・あれがなかったら今の私はここに居なかった、だからどうしてもお礼を言いたくて・・・ごめんね、こんな事言われても三本木さんは違うのに・・・」


「・・・違わないよ」


「えっ」


・・・やっぱり隠すのは無理だ・・・正直に言ってしまおう。


「会ってる、3年前のあの日・・・私達は会ってるよ」

「でも、あの時・・・知らないって・・・」

「うん・・・事情が変わったというか・・・ごめん、もう葵ちゃんを応援出来なくなったというかその・・・」

「・・・?」

「葵ちゃんをMonumental Princessにさせるわけにはいかなくなったの!つまり敵なんだよ、私達!」


そう、葵ちゃんとはもう敵同士なんだ、情に流されちゃいけない。

ここははっきり言わないと・・・宣戦布告だよ、葵ちゃん。

私は綾乃様をMonumental Princessにするって決めたんだ、もう後戻りする気はないんだよ!


「そっか・・・そういう事だったんだ・・・」

「そう、そういう事だからもう私には関わら・・・」

「じゃあお礼を言えるね、ありがとう、貴女のおかげで私はここまで来れたよ、あの時言われた通りに勉強も頑張ったよ」


うん知ってる・・・入試3位だもんね・・・相当がんばったんだろうね。


「あの猫達も元気にしてるよ、今度三本木さんも餌をあげにおいでよ、ちゅるちゅるんだっけ?」

「ちゅるちゅーる、だよ」

「そうそれ、気になってるんだけどこの辺にはペットショップがなくて・・・どこかで売ってるかな?」

「たぶん大きめの薬局で買えるんじゃないかな、ペットフードのコーナーがあるはず・・・」

「そっか、薬局か・・・今度買ってくるから一緒にあげよう?」


うんうん、でもちゅるちゅーるは味の種類があるから、どれがいいかな・・・って、あぶないあぶない。

なんか私、攻略されてる気がするぞ・・・乗せられないようにしなきゃ。


「葵ちゃん?私の話聞いてなかった?私達は敵、敵なんだよ?」

「三本木さんはそこに妙に拘ってるみたいだけど、私達は敵じゃないよ?ライバルだよ」

「ら・・・らいばる?」

「そう、強い敵と書いてライバル・・・友とも読むね、ライバルなら友達になっても良いんだよ」


そう言って葵ちゃんがすごく良い笑顔を向けてくる・・・これがイケメン達を虜にした主人公パワーか。

や、なんで私を攻略してるの?お前はイケメンを攻略しろよ・・・って、それも困るけど。


「ほら、私達もう友達だよ、三本木さん」

「・・・三本木さんは・・・ここにもいるから・・・姉さん、行こう」


おお・・・

さっきから会話に入れずにふて腐れていた左子が、ここで抜群のアシスト・・・ナイスだ左子。

綾乃様も待たせてるしね、もう行かないとね。


「じゃ、じゃあそういう事なので・・・ご、ごきげんよう」


そう言って葵ちゃんに背を向ける・・・よし、これでいい、これでいいんだ。

さらば葵ちゃん・・・



「あ、明日の昼休み!待ってるからね!み・・・右子ちゃん!」


なにその精一杯勇気を出して名前を呼んだよ、みたいなの。

あざとい、あざといよ葵ちゃん・・・このチート庶民め。




・・・翌日の昼休み、私はそこにいた。


「ちゅるちゅーるだよー、鯛とホタテ味だよー」

「にゃーにゃー」


ね、猫に釣られただけなんだからね!


「姉さん・・・私も鯛とホタテ・・・食べたい」

「左子、これは猫用だからね?人間用じゃないからね?」

「・・・にゃー」

「左子ちゃんかわいい、ちゅるちゅーるあげようか?」

「うちの妹まで攻略しないで、このチート庶民が!」

「ち、チート・・・庶民?」

「アンタみたいなあざといやつの事よ!左子もそれ食べちゃダメ!」

「もぐもぐ・・・」


もう食べてるし・・・葵ちゃん、恐ろしい子。

でも私達がこうしている間に、綾乃様はイケメンの好感度を稼いでいるはず・・・たぶん。

最後に勝つのは綾乃様、このチート庶民には絶対に負けないんだから!

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