第三傷 糸と、糸が事故を呼ぶ 第25話

 沙々の家は豪邸という言葉が相応しいほど、大きく立派な家だ。

 思わず零から「おー」と声が漏れる。

 沙々の父親は資産家で、富裕層の人間。

 リビングに招かれたが、吹き抜けで天井がとても高い上に、窓も壁に合わせて大きい。

 まるでショーウインドウのようだ。

 白を基調としたインテリアで、清潔感と高級感が溢れる。


「利一は少し遅れてくるって連絡きた」


 きいろが上着をハンガーにかける時に、そう伝えた。


「そうなんだ……」


 若干、沙々が落ち込んでいるようにみえる。


太刀川タチカワさんへのお礼を買ってくるんだって」


「そうなんだ。僕はケーキをお母さんにつくってもらった。

 勉強が終わったら、みんなで食べよう」


「やったーっ、沙々のお母さんのケーキって超美味しいから楽しみだわー。

 プロ並みだもん」


「お母さんに言っておくよ」


「うん。あれ、今日は沙々のお母さん居ないの?」


「父さんとデートだって」


「あー、仲良からね。羨ましい」


 きいろは沙々と会話を弾ませている間、零にちらりと視線を送る。

 零は身を置く場がなく、気配薄くちょこんと正座をしている。


 沙々は飲み物を運んでくると、カーペットの上に座る。


「太刀川さんは何が苦手なの?」


「あ、わたしも聞きたい。

 あんまり教室に居ないからさ、勉強ってどんな感じなの?

 遅れちゃわない?」


 沙々の前では心配する素振りを見せることで、いい女友達を演出する。


「家でできるゼミに入ってるから、遅れても、大丈夫、だよ」


「そうなんだ。じゃあ、勉強は得意なかんじ?」


 零は小さく頷いた。


「それ以外することないから……」


「趣味とかないんだ。何やってもお金かかるしね。部活は?」


「……陸上部の幽霊、部員」


「すごー、わたし長距離が苦手なんだよねー。沙々は知ってた?」


 さりげなく、会話に沙々を混ぜる。

 沙々の性格を鑑みてのサーブだ。


「……知らない」


「そっかー、まだお試しで付き合ってるだけだしね」


 きいろの言葉に、零が伏せていた目を上げた。


「そうなの……?」と小さな呟きをきいろは聞き逃さなかった。


「えー? 沙々がお試しで付き合ってるって言ってたよー、違うの?」


 あえて仰々しく言う。


「…………ごめん、僕の間違った認識かも」


「じゃあ、沙々はわたしと太刀川さんに嘘を吐いたの? 太刀川さん、沙々が酷くなーい?」


「……いいよ、わたしの思い違いだったみたい」


 この恋人感あふれる会話にきいろは痺れを切らし、話の舵を取った。


「じゃ、じゃあさ、勉強はじめよ。たく利一のやつ遅いなー」


「そうだね、始めよ。解らないとこあったら訊いて」


「沙々さまー、教えてくださーいっ」


 きいろは沙々を拝む。

 きいろは勉強をしている方に入るが、テストの広い範囲を網羅するのは難しい。

 そこで、テストの山を当てられる沙々のおかげで、テストで点数をとれている。

 だが、それもきいろの先生たちの授業をしっかり聞いているからできること。

 二人の力が合わさっているのだ。


「どれ? いつもと同じ国語から?」


「そー、じゃあ、古文からおねしゃす」


 そうして、中間テストの勉強会が始まった。


 黙々と勉強を進めていると、インターフォンが鳴った。


「あ、わたし出るよ。どーせ利一でしょ」


 ときいろが玄関へ向かった。

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