ASE~マリアの神域探検~

 類稀なる運命力により本来無いとされていた第一階層で未発見のトラップを引き当ててしまった我は、魔方陣の放つ強烈な光によって視界を奪われはしたもののそこまで慌てることはなかった。

 なぜなら、どんな困難が待ち受けようとも我と我が天使アリスが共にある限り、どんな苦難であろうと必ず乗り越えられると信じていたからだ。


 だが—―


「なぜ、我一人しかおらぬのじゃ!?」


 どうやらあのトラップは正式にはトラップではなかったらしく、あのダンジョンとこの神域を繋ぐゲートでたまたま我が拾い上げて投げ捨てた石が門を開くためのカギだったらしく、本来手順を踏んで正しい位置から発動させるべき仕掛けをおかしな角度で発動させてしまったために転移座標がずれるという事故が発生してしまったようだ。

 正直、石をいじっている最中にも多少『この石、妙に重い気がするんじゃが』とか疑問に思わなかったわけでは無いが、あの時の我はこの世の物とは思えぬ多数の足が生えたあのおぞましい生物と戦いたくない一心だったのでそこまで思考が回らなかったのだ。


(それにしても……ここは誰が管轄する神域じゃったか。まあ、あの程度の魔物しか湧かぬ小さき迷宮と繋がっている程度じゃし、それほど高位の者ではないのじゃろうが)


 そんなことを考えながらも我は周囲に視線を巡らせ、どこかに我が愛しの聖女アリスの姿(とついでにヒスイも)を探すが、陣の中心に近い位置にいた我と違って2人は端の方にいた影響か全然その姿を見つけることができなかった。


(とりあえず、この神域の中心である神殿を目指すべきじゃろうか?)


 我はそんなことを考えながらまっすぐ飛んでいけば5分ほどで辿り着けそうな距離にある門となぜか壊されている入り口に目を向けるが、すぐに視線をそれとは180度逆の方向へ向ける。


「まあ、せっかく久々にマナに溢れておる神域に来たのじゃから、ここがどれほどの広さなのか探検するのが先じゃな! それに、ここなら神気を開放したとて必要最低限の出力に抑えればあやつにバレることも無いじゃろうし、いざと言う時にびっくりさせるため極秘にしておる力をアリスに見られることもないのじゃからな!」


 あえてそう言葉に出しながら決意を固めた我はいったん体内でマナを魔力に変換させる作業を止め、体内に残る魔力を全て空にする。

 そして、今度は体内で生成されるマナを神気へと変換し、今迄相性が合わずに体外へ放出できなかったことで体内に溜まり続けていた魔力の残滓と共に、一気に神気を体外に放出した。


「ふぅ……。やはり、たまには体内で循環し続けるマナをいったん外に出してやらねば調子が戻らぬな! ……これからはこっそりと定期的に放出しても……いや、神の血が混じっておる気配を感じるアリスは間違いなく我が神気に気付くであろうし、これほどのマナがあふれる世界で紛らせでもしない限りあやつが確実に気付くであろうから我慢せざる得ないじゃろうなぁ。……まあ、アリスの場合はあれだけはっきりと我は邪神であると宣言しているにも関わらず信じてくれぬし、多少力を見せた程度では気付かれぬ可能性もあるのじゃが」


 そう愚痴を漏らしながら肩を落とすが、いつまでもここに留まっていてはこの神域の主に捕捉される危険性もあるし、この世界に満ちるマナの影響でどこにいるのか不明な2人に見つかって自由な探索が制限される可能性もあるのでとっととこの場を離れることに決める。


「さて、それでは行くか」


 我はそう告げると、開放した神気を消費してそれぞれの浮島にかかる誓約(今回の場合1つ1つの島が1つの世界と定義されているようで、次の島に移らない限りその島の地面こそが唯一の大地として重力などに縛られる)から自身の肉体を開放、要は上も下もない神域内を自由に飛べるようにする。

 そして、我はさらに神気を消費することで推進力を得るとこの神域の果てを目指して自由な空へと飛び出すのだった。


――――――――――


 ワクワクを胸に、飛び出して早5分弱。

 我は眼下に見える他に比べて明らかにちゃんとした道が整備されている大きな島々に視線を向けながらつぶやく。


「飽きた……」


 どうやらこの神域の主はかなり格下の神(と言えど、現代でも並大抵の人類に比べれば強いのだろうが)らしく、神殿へと通じる正規のルート以外はあまりきちんと整備されていないのかとても大雑把で、おそらくこのまま端まで進んでも待っているのは本来正規の手順でこの神域に辿り着いた場合に到着する入り口しかないだろうことを察してしまった。


(もう少し神気を消費して速度を上げる? いやいや、いくらマナに満ちた世界と言えど必要最低限以上の奇跡を行使すればバレる危険性が……)


 そんなことを考えていると、不意に背後に感じた殺気に反応して思わず背中に背負っていた大斧を素早く抜き放つとそのまま背後へ振り抜く。

 すると、こちらに飛び込んできた白い影がその手に装着していた鈎爪状の武器を殴り飛ばし、その衝撃でその小さな体を派手に後方へと吹き飛ばす。


(まだじゃ!)


 だが、我はさらに真横から感じるもう一つの殺気にも気付いていたため、そのまま勢いを殺すことなく武器を振り回すと遅れてこちらに飛び込んできた黒い影も接近を許す前に振り払う。


 我が前に現れた2名の刺客は、腰まで伸びた白い髪と黒い髪、それにそれぞれの頭に生える同じ色の猫耳など、色合い以外は全く同じ姿形をした童女だった。

 140行くか行かないかの小さい身長や幼い容姿から10に達するかどうか言った風貌に見えるが、その瞳はまるで人形のように一切の感情を映していなかった。


「ん? まさかお前達、メイとアンか! 久しぶりではないか! 二千年ぶりくらいか?」


 さすがに長いこと離れていたのですぐには気付けなかったが、よく見ると2匹は我の眷属として使役していた使い魔ペットであることに気付き、思わずそう声を掛ける。

 だが、そんな我の呼びかけに2匹の眷属は答えを返すこともなく、ただ無言で両腕に装着した鈎爪型の武器を構えるのだった。


(そう言えば、2匹と別れることとなった原因はどこぞの神にその支配権を奪われた故、だったな。確か名前は……そう、アルフレッド・アイゼンロードじゃ! 結局どれだけ探し回っても見つからぬし、仕方なくしらみつぶしに邪魔する神々を退治して回っておったら父上……いや、勘当されておるから元父上か? まあ、どちらでも構わんが、やつと覇権を掛けて争うこととなった故、すっかり忘れておったな)


 次々と襲い来る2匹の猛攻を避けながら、我は遠い過去の記憶に思いを馳せる。


(そう言えば、元父上と最後に会ったのは我が我が運命アリスと出会う切っ掛けとなった10年前のあの日じゃったか? 封印が解けたばかりで油断しておったとはいえ、まさかあそこまで手酷くやられるとは予想外であったなぁ……)


 我は頭の中に長い白髪に深紅の瞳、それに年齢を感じさせない若々しい男性とも女性とも見える男(正確には完全なる存在であり、神々の唯一にして絶対の王であるやつに性別など無いのだが)の姿を思い出す。

 そして、同時に10年前の屈辱を鮮明に思い出してしまった影響で思わず我は必死にじゃれつく2匹に反撃を加え、眼下に見える一際巨大な島へと叩き落してしまう。


「あっ!? ……そ、そうじゃ! あの2匹を連れ帰るなら、たとえ何かの手違いで暴走したとしてもアリスの前であの2匹を制する必要があるのじゃから、今のうちに神気なしでも我が上だと教え込む必要があるな! 故に、今のは神気なしで戦える舞台に2匹を移動させたということで、別にミスしたわけでは無いと捉えることもできるのではないか!?」


 誰に説明するわけでもなく一人でそう呟くと、我は急いで2匹が墜落した島へと降り立ち神気からいつもの魔力を纏った状態に戻す。


「さ、さあ眷属達よ! 我が今、真なる主が誰であるかその身に刻み込んでくれるわ!」


 立ち上る土煙に向かい、大斧を構えながらそう宣言するものの2匹が我に襲い掛かる気配はいない。

 そして、じっと武器を突き出した姿勢で2匹のどちらかかがこちらに向かって来ることを期待しながら粘り強く1分ほど待ってみたが、結局2匹の内どちらも我に襲い掛かることはなかった。

 そのため、風が吹いていない影響かまだ土煙が消えておらずそのせいで視界の悪い墜落地点へ恐る恐る近づくと、霊核までは破損していないがかなりのダメージを受けた影響で人間体を保つのがやっとという瀕死の重傷を受けた2匹の姿を発見する。


「……………」


 しばらく無言で思考を巡らせた後、我はそっと2匹に手を触れていったん霊核状態へと戻し、その霊核をそっとアイテムポーチへと詰め込む。

 そして、誰かに見つかる前にこの場を逃げ出そうと再び神気を開放するかこのまま行くか迷っていると、不意に背後から声を掛けられることとなる。


「ほう、侵入者か。眷属達との繋がりが切れたと思って来てみれば……まさか、この程度の相手に負けたのか?」


 それは男の声だった。

 年齢はそれほど若くはなさそうだが、だからと言って年寄かと聞かれればそれほどではない程度の年齢だろう声色だ。

 だが、結局振り返った我が男の年齢を正確に知ることはできなかった。

 なぜなら男はローブに付いたフードをすっぽりと顔を覆い隠すほど目深に被っており、口元以外の露出がほとんどない状態だったので容姿や年齢を知ることができなかったのだ。


「女。お前はここで白と黒、2匹の人型をした魔物を見なかったか?」


「フッ。……さ、さあ? ななななんのことか、我にはさっぱり分からぬな!」


 間抜けな失態を見られていたかも知れない焦りから、我は背筋を伝う冷や汗を無視しながら努めて冷静な態度でそう返答を返す。


「そうか、知らぬか」


「ああ! 全く! 全然!! これっぽっちも!!!」


「ククク。では、万が一にもお前が我が主より監視を命じられていた大事なエサを横取りしたハイエナでないことを確認するため、ここで死んでもらうとするか」


 こうして我は、突如現れた話の通じない謎のローブ男との戦闘を余儀なくされるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る